快勝Ⅱ
昨日、リオネル城砦に西方簡易砦における大勝利の早馬が駆け込んできた。
わずか三百余りの自衛隊が、十倍に及ぶシエル伯軍三千を完膚なきまでに撃破したという。居並ぶ家臣や兵たちが歓声を上げ、城内が熱狂に包まれる中で、私の胸に安堵の光が差すことはついに一度もなかった。
(……ライモンド兄様は、いったいどうなってしまうの……?)
冷え切った自室の窓辺に立ち、西の空を見つめる私の心は、暗い霧に閉ざされたままだった。
兄と弟が望んだ戦いではない。そんなことは誰よりもよく分かっている。
武勇に誇り高くも不器用な長兄と、幼い身で家を守るためだけに知恵を絞り続けてきた末弟。二人が憎み合って剣を交えたわけではないのだ。
けれど、望もうと望むまいと、周囲の思惑と欲望によって二人はそれぞれの神輿として担ぎ上げられてしまった。他領の大軍を巻き込んだこの内紛は、もはや兄弟の喧嘩などという生易しい枠組みをとうに越え、グレリオ家の存亡と未来を根底から揺るがす大罪へと姿を変えていた。
「ロメロ兄様、ライモンド兄様はどうなるのですか」
政務に追われる次兄にそう問いかけた時の光景が、痛いほど頭から離れない。
ロメロ兄様は羽ペンを握ったまま、ただ硬く唇を結び、視線を書類に落として沈黙を守るだけだった。その痛ましげな沈黙こそが、何よりも重い答えだったのだ。
家中の重臣や文官たちの間では、すでに囁かれている。
『たとえ御本人が望まれたことでなくとも、ライモンド様の名の下に他領の軍勢が越境した以上、責任を問わぬわけにはいかぬ』
『血を分けた兄弟であろうと、ここで厳罰に処さねば法と秩序が示せぬ』
胸が張り裂けそうになる。
ドレスの裾の上で、指の節が白くなるほど両のこぶしを固く握りしめた。
爪が手のひらに深く食い込み、鈍い痛みが走る。
(……嫌。絶対に、そんなことさせない)
何としてでも、家族を守らなければならない。
厳しくも温かく私たちを導いてくれた亡き父様が。
幼い私たちを優しく抱きしめてくれた亡き母様が。
遺された子供たちが互いに首を刎ね合い、家を血で染めることなど、絶対に望んでいるはずがないのだ。
レオだって、血も涙もない怪物などではない。冷徹な策を弄して見せても、その奥に優しい心を持っていることは姉の私が一番よく知っている。彼が無事に戻ってきたら、膝を突き合わせて懇願しよう。頭を下げて、どんな罰でも代わりに受けると訴えれば、レオならきっと耳を傾けてくれるはずだ。
けれど、私の感傷を置き去りにするかのように、事態は容赦のない速度で動き続けていた。
机の上に置かれた羊皮紙には、次々と舞い込んできた報告が走り書きされている。
――ザウロ小隊の手により、敗走中のシエル伯リオン卿を捕縛。明日にも身柄が領都へ到着する。
――防衛を完遂したレオナルド率いる本隊は、西方砦を整え、二日後に領都へ凱旋する。
――そして、シエル伯領からは前伯爵の孫娘であるアンソニー嬢が、戦後処理の和平交渉を名目にリオネル領都へと向かっている。
すべての役者が、すべての因縁が、このリオネル城砦へと集まりつつあった。
戦いの火蓋は切って落とされ、盤面は今や「戦後」という名の、血を流さぬ政治の決戦へと移り変わろうとしている。
(私に、何ができるというの……?)
ただ部屋で祈り、誰かの温情を待つだけの無力な妹のままでいていいはずがない。
グレリオの血を引く娘として、この歪んだ糸を手繰り寄せ、兄弟を、家族を繋ぎ止めるために――私は何を成すべきなのだろうか。
城門を吹き抜ける秋の風の音が、答えの出ない私の問いに冷たく応えるように、低く唸りを上げていた。




