対峙Ⅱ
愛馬の背を揺らしながら見上げる小高い丘の頂。そこに腰を据える簡易砦は、遠目にもそれなりに堅牢な佇まいを見せていた。
軍勢を進め、砦までおよそ三百メートル。この地点を境に、それまで緩やかだった丘陵の勾配がぐっと険しさを増し、足元には剥き出しの土と小石が目立ち始めていた。鎧を着たままで一気に駆け上がるには躊躇を覚えるような傾斜だ。
さらに目を凝らせば、そのきつくなった斜面を縫うように、頑丈な防護柵が幾重にも張り巡らされているのがわかる。
一本一本が男の胴ほどもある丸太を先端だけ鋭く削り、地面へ斜めに深く打ち込んだ乱杭や逆茂木の類いだ。一兵も通さぬよう隙間なく埋め尽くされているわけではない。だが、大軍が横に広がって一斉に斜面を押し寄せるのを防ぐため、侵入者を強制的に曲がりくねった一本の細い筋へと誘導するよう、巧みに蛇行して配置されていた。力任せに打ち壊して進むのも一手だが、太い丸太を組んだ柵を崩すには骨が折れる。避けて通れば済む話ではあるが、足並みを崩さざるを得ない嫌な配置だった。
その三百メートルの境界に差し掛かっても、砦から矢の一本すら飛んでくる気配はない。
風が吹き抜ける音だけが耳を撫でる、不気味なほどの静寂が丘を包んでいる。
(……ふん、我が三千の大軍を目の当たりにして、恐れをなして裏手から逃げ出したか?)
そんな侮りが頭をよぎったが、目を細めて改めて砦の全貌を凝視する。
壁は皮を剥いだばかりの生々しい太丸太を縦横に頑丈に組み上げ、土を突き固めて補強した急造の防壁だ。だが、突貫工事の粗雑さは微塵もなく、角々には張り出しが設けられ、互いの死角を補い合うように組まれている。
さらに物見櫓の隙間からは、数名の兵がじっと身を潜めてこちらを窺っているのが見て取れた。逃げ出したわけではない。
簡易ではあるが、地形と防護柵を組み合わせた、実に立派で堅牢な砦と言えた。
(……チッ、また厄介なものを築きおって)
心の中で忌々しく毒づく。
それにしても、領境の目と鼻の先でこれほどの土木工事が進められていたというのに、まったく察知できなかった我が領の斥候どもはいったい何をしていたのか。戦が終われば、無能な偵察の責任者どもをきつく締め上げねばならん。
もし、ゼノスの口車に乗って数百程度の少数で攻め寄せていれば、この勾配と柵、そして堅い守りを前に少なからず苦戦を強いられていただろう。無理をしてでも、最初から三千もの大軍を率いてきた己の判断に、胸中で安堵の息を漏らした。数で押し潰せば、このような急造砦などただの薪の山に過ぎん。
(さて……どう料理してやるか)
長旅と登攀で疲れた兵たちを一度後退させ、充分に休息をとらせてからじっくり攻めるか。
それとも、相手が浮足立っているこの機を逃さず、一気に今ここで攻め落としてしまうべきか。
思案しながら砦を見やると、物見櫓の上にふっと小さな人影が現れた。
側で控えていた配下の騎士が進み出て、耳打ちしてくる。
「閣下、あれにございます。櫓に姿を見せた小僧が、グレリオ家の三男――レオナルドです」
三男の忌々しい小僧か。
三百メートルの傾斜を隔て、私の視線と、櫓の上の小僧の視線が空中で交差した。
私は手綱を強く引き締め、全軍に轟くようなよく通る大声を張り上げた。
「――聞け! 砦の兵どもよ!」
腹の底から声を張り上げ、小僧を庇い立てる平民どもを揺さぶりにかかる。
「我らは正当なるリオネルの主君、ライモンド殿を支援するために馳せ参じたシエル伯リオンである! おとなしく門を開き、投降せよ! 即時に武装を解いて投降するならば、命までは取らん! そなたらに危害は加えぬと約束しよう!」
堂々たる口上を述べ、砦の兵たちの動揺を誘う。
これで内部から崩れてくれれば、無駄な損害を出さずに済むというものだ。
だが――櫓の上に立つ少年は、微動だにしなかった。
三千の大軍に包囲され、名うての領主から降伏を迫られているというのに、その表情には怯えも、絶望も、取り乱した様子すら見当たらない。
ただ、冷やかで、どこか得体の知れない複雑な色を宿した瞳で、こちらの陣容を静かに見下ろしていた。
それは、死を前にした子供が浮かべる『恐れ』とは、明らかに違う何かであった。




