蜂起Ⅳ
――終わった。 絶望が脳裏をよぎり、息が止まりかけた、その瞬間だった。
ドォォォォンッ!!
天地を揺るがすような轟音と、目も眩むような紅蓮の炎がホールの中央で炸裂した。
「ぐわぁぁっ!?」
「な、なんだッ!?」
熱風と爆風に煽られ、押し入ってきた騎士たちが悲鳴を上げてたじろぐ。
火の粉が舞い散るホールの奥、煙の中から凛然と仁王立ちして現れたのは――メイド服の裾を翻した、私の妻フローラだった。
「ここはグレリオ家のお屋敷です! 家臣の身でありながら、主家の姫君を人質に取ろうなどと……恥を知りなさいッ!」
怒りのあまり眉をつり上げ、手にした細身の樫のワンドを騎士たちへとビシッと突きつけるフローラ。
かつてレオナルド様の幼少期にメイド見習いを務め、生まれつき『炎の精霊の加護』をその身に宿すメイド。
その凄まじい迫力に、血気盛んな騎士たちが気圧され、玄関口へとずるずると後退していく。
だが、我が愛しの妻の怒りはそんなものでは収まらなかった。容赦なく次の呪文を紡ぎ始める。
「炎の精霊よ力を貸して! レムリア・クロノス・ウェザグリア!――ファイアーボールッ!!」
ワンドの先端から生み出された灼熱の火球が、唸りを上げて玄関の扉口へと一直線に撃ち出された。
「ひぃっ、伏せろッ!」
騎士たちは間一髪で左右へと身を投げ、火球そのものの直撃は免れた。
しかし――直後に巻き起こった激しい二次爆発が、狭い玄関口一帯を容赦なく飲み込んだ。
ドガァンと木片と瓦礫が吹き飛び、黒煙と爆風が騎士たちを容赦なく叩きのめす。
命を奪うほどの致命傷ではないにせよ、鎧の表面を焼き焦がし、戦意を完全にへし折るには十二分すぎる破壊力だった。
「くそっ、化け物め……!」
「退け、一旦退くぞ!」
煤まみれになった騎士たちが命からがらマナーハウスの外へと逃げ出した、まさにその時――。
「そこまでだッ! 不届き者ども!」
城砦の方向から、数名の騎馬の騎士たちが怒号と共に駆けつけてきた。
ロメロ様が城から差し向けてくださった、正規の救援部隊だ。
さらにその後方からは、甲冑を着たロメロ様ご自身も、直属の騎士たちを率いてこちらへと馬を飛ばしてこられるのが見えた。
挟み撃ちの形となった襲撃犯たちは、もはや抗戦の余地なしと悟り、蜘蛛の子を散らすように散り散りになって逃走していった。
「た、助かったぁ……」
全身の力が抜け、私は二階の踊り場の床にしりもちをついて、へたり込むように大きく息を吐き出した。冷や汗で背中のシャツがびっしょりと張り付いている。
やがて、煙の立ち込めるホールへとロメロ様が入ってこられた。
煤けた玄関を見渡し、二階の私とレティーシャ様を見上げて声をかけてくださる。
「ジェロット! レティーシャ! 怪我人はないか!?」
「は、はいっ……! 全員無事でございます、ロメロ様……」
情けない声を絞り出して立ち上がろうとする私を、ロメロ様は見上げ、そしてワンドを構えたままツンと胸を張っているフローラへと視線を移した。
黒焦げになった床と、我が妻の仁王立ちする姿を見比べたロメロ様は、状況のすべてを察したのか、口元にニヤリとした笑みを浮かべた。
「……なるほど。彼らが魔法との戦いに慣れていなくて助かったね」
ロメロ様は焼け焦げた玄関口を見渡し、少しだけ表情を引き締めた。
「最初の一撃を受けたあと、怯んで下がったのが致命的だ。逆に距離を詰められていたら、フローラも次の魔法を撃つ余裕はなかっただろう」
「え……」
言われてみれば、その通りだった。
あの三人は炎に怯え、自分たちから玄関口まで後退した。だからこそフローラは悠々と次の呪文を唱える時間を得たのだ。
「フローラ。君も無茶をしたね」
「……申し訳ございません」
先ほどまでの勢いはどこへやら、妻が少しだけ肩をすくめた。
そして階段を上がってくると、腰が抜けて座り込む私へ向かって、ポンと手を差し伸べてくださった。
「……ジェロット。君は奥方と喧嘩はしない方がよさそうだね」
ロメロ様の差し伸べてくださった手を握りながら、私はまだ煙の立ち上る一階の妻を見下ろし、心底から「絶対に怒らせてはいけない」と背筋を凍らせるのだった。
-----世界設定-----
リオネル自衛隊
リオネル男爵領の専守防衛を目的として創設された常備軍
創設者であるレオナルドが、前世の記憶にちなんだ皮肉を込めて「自衛隊」と命名した
基本編制は五人一組の「分隊」、四個分隊で「小隊」、四個小隊で「中隊」、四個中隊で「大隊」を構成する
また、小隊以上の部隊には任務に応じて、偵察や工兵など特定の任務を専門に担う部隊が編成される場合もある
従来の騎士を中心とした軍とは異なり、個人の武勇よりも集団での規律と連携を重視している




