蜂起Ⅰ
領都を発ってから、丸二日の行軍。
私と弟のルーカスがそれぞれ小隊長として参加している先遣隊二個中隊百六十名は、シエル伯領からほど近い、深い森と底知れぬ湿地に挟まれた丘陵地に建てられた簡易砦へと無事に到着した。
城砦に足を踏み入れ、改めてその堅牢な造りを確かめる。
急造された簡易砦ではあるが、太い丸太が隙間なく組み上げられた防壁は分厚く頼もしい。砦へと続く唯一の登攀路には幾重にも頑丈な木柵が打ち込まれ、敵の進入路を一本の細い筋へと限定させている。
そして何より恐ろしいのは、その狭い進入路に対し、砦の張り出し構造によって二方向から十字の矢を浴びせかけられる形状になっている点だ。短期間で建てられたとは思えないほど、守る側の理と攻める側の地獄が計算し尽くされた構造だった。
父上が率いる後詰めの二個中隊百六十名は、敵が実際に蜂起の動きを見せてから出立する手筈となっている。
弟オズモら文官衆の手際も見事なもので、砦の地下貯蔵庫には、一個大隊三百名余りが十日間は持ち堪えられるだけの食料と水、そして夥しい数の矢がすでに整然と備蓄されていた。
明日からは一個中隊を動かし、シエル領境の村々から住民を速やかに後方の安全な村へと移動させる疎開計画も控えている。村の自警団とも連携は取れており、避難の手順に抜かりはない。
「よし、午後からの教練を始めるぞ!」
午後、私たちは練習用の鏑矢を用い、砦の防衛訓練を開始した。
この簡易砦には、通常の城壁に見られるようなマーロン――兵が身を隠しながら外を覗き見て矢を放つための隙間は設計されていない。
つまり、射手たちは防壁の外にいる敵の姿を『見ない』まま、防壁の内側から矢を放つのだ。
それを可能にしているのが、弟ルーカスが考案した射撃術だった。
防壁の外へ延びる進入路は、距離と位置ごとにあらかじめ区切られており、防壁の内側には矢を番える立ち位置と、見上げる空に向けた射角を示す『番号』が刻まれている。
高所から戦況を見渡す小隊長が指定した番号に合わせ、射手たちがその角度へと機械的に矢を放つという合理的なシステムだ。
物見台の上に立つルーカスが、進入路の仮想敵の位置を指し示す。
私はその地点を一瞥し、眼下の防壁内に並ぶ射手たちへ鋭く号令を飛ばした。
「――四番! 放てッ!」
バシュッ、と弦が空を打つ低い音が揃って響いた。
放たれた数十本の矢は綺麗な放物線を描いて防壁の向こうへと吸い込まれ、進入路の仮想敵の頭上へと一斉に降り注いだ。
続けてルーカスがすぐさま別の地点を示す。
「――七番! 放てッ!」
間髪を入れずに番号を命じる。
次なる矢の雨が、再び狙い通りの区画を正確に埋め尽くした。
(よし……! 練習の成果は確実に出ている!)
思わず拳を握りしめた。
自衛隊はまだ立ち上げられて日が浅く、全体の規模も小さい。本来であれば、専属の長弓兵や弩兵部隊を独立して編成したいところだが、現状はそこまでの人的余裕がないのだ。
砦に籠もる以上、一人たりとも戦力を無駄にはできない。歩兵といえども、防壁の上から弓を引いてもらわねば数は補えないのだ。
だが、急造の歩兵たちの弓の個々の練度は、当然ながら本職の射手には遠く及ばない。
だからこその、この戦術だった。
一人ひとりが正確に敵を狙い撃つ必要などない。指定された角度と位置へ、全員で同時に矢を撃ち上げる。それで充分に『面』を制圧できるのだ。
敵の進入路を地形と木柵で極限まで限定させているからこそ成り立つ、城砦設計と射撃理論の融合。
伝統的な騎士団の固定観念に囚われない、この徹底した柔軟性と合理性こそが、私たち自衛隊の真骨頂だった。
私自身、騎士団の一員としてその戦い方を学んできた。だからこそ分かる。
これは寄せ集めの新兵などではない。一つの軍として見れば、すでに従来の騎士団を凌いでいる。
その後も、敵の先頭が崩れた隙を突いて門を開け、長槍部隊が突撃して敵を押し返す訓練や、深追いせずに撤退する境界線の確認、開閉にかかる時間の計測などを念入りに繰り返した。
額の汗を拭いながら、夕暮れの空の下で規律正しく動く部下たちを見渡す。
自衛隊の将校として、弟ルーカスと共に鍛え上げてきたこの部隊の仕上がりは完璧だ。
(この練度と砦の仕掛けを見れば……きっと父上も驚かれるに違いない)
敵の戦力がこちらの何倍あろうと、この砦と自衛隊の戦術があれば決して破られはしない。
私の胸の奥底には、不安を完全に押し流すほどの確固たる自信と誇りが、熱くみなぎっていた。




