誰が為の剣Ⅲ
ゼノスをはじめとする多くの騎士たちが、シエル伯領で開かれる婚姻の祝賀とやらに旅立っていった翌日。
明け方の冷え切った空気が張り詰める自衛隊寄宿舎の広場には、金属具の擦れ合う硬い音と、隊員たちの整然とした足音が響き渡っていた。
私は、新設された簡易砦へと先行派遣する二個中隊の装備点検に立ち会っていた。
レオナルド様が練り上げられた軍制に基づき、自衛隊は五人一組の「分隊」を四つ束ねて二十名の「小隊」とし、さらにそれを四小隊集めて八十名の「中隊」を構成する。
今回砦へと向かうのは、その中隊を二つ合わせた百六十名。
残る二個中隊百六十名もまた、寄宿舎内で武装と補給の準備を整え、いつでも出撃できる厳戒待機態勢に置かれる手筈となっていた。
隊列の間を歩きながら、私は前方に立つ二人の若武者に視線を留めた。
「ザウロ、ルーカス」
我が息子の名を呼ぶ。
振り返ったのは、二十名の部下を率いる小隊長として参陣する長男と次男だった。
鎧を身にまとった二人の立ち姿は、若き日の己を鏡で見ているかのようだ。歴戦の古参騎士たちすら浮足立つこの非常時にあっても、その面持ちに無駄な緊張や怯えの色は微塵も見当たらない。
「先行部隊だ。砦の受け入れ態勢と周囲の警戒、それぞれの役目は分かっているな」
「はっ、抜かりなく」
長男のザウロが澱みなく答え、次男のルーカスもまた力強く頷いてみせる。
文官の道を選んだ三男オズモの活躍も誇らしいが、こうして自らの背中を追い、武門の棟梁たる風格を備え始めた二人の姿は、武人として実に頼もしく、心強いものだった。
――だが、父親としての誇らしさの裏腹で、私の胸の奥底には冷たい澱のような不安が渦巻いていた。
先刻、物資の調達と偵察を差配するジェロットから密かに知らされた情勢分析が、重く脳裏にこびりついて離れない。
(……二千から、最悪の場合は三千を超える、か)
シエル伯が本腰を入れて兵を動かし、さらにゼノスに同調した反乱騎士どもが合流すれば、千を優に超える大軍勢となる。対するこちらは、砦に詰める百六十名と、後詰めの百六十名を合わせてもわずか三百二十名に過ぎない。
この一戦は、レオナルド様が心血を注ぎ、亡きアントニウス閣下の御代から温めてこられた「常備軍構想」の真価と成否が問われる、まさに乾坤一擲の戦いだ。
主家を守るためにも、この革新を無に帰さぬためにも、断じて敗北など許されない。
隊員たちの練度、装備、そして日々重ねてきた集団戦の訓練には、絶対の自信がある。
だが――古今東西、五倍から十倍という圧倒的な戦力差を突きつけられて、平然と勝利を確信できる将などこの世に存在するのだろうか。
歴戦の戦場を潜り抜けてきた武辺者であればこそ、数の暴力というものがどれほど恐ろしく、どれほど容易く戦局を押し潰すかを知っているのだ。
「――中隊、前へ!」
中隊長を務める同僚の騎士から、出発を告げる野太い号令が下された。
号令一下、百六十名の隊員たちが一糸乱れぬ規律を保ち、軍靴を鳴らして前進を始める。
ザウロとルーカスが、私に向かって深く敬礼を捧げた。
「父上、砦にてお待ちしております」
「後詰めの御着陣、遅れることなきよう」
二人は恐れなど微塵も感じさせない頼もしい笑顔を残すと、自らの小隊を率いて行軍の列へと溶け込んでいった。
朝日を浴びて鈍く銀色に光る長槍の穂先が、静かに門の外へと伸びていく。
その隊列の先頭を行く愛息たちの背中を、私はただ拳を固く握りしめ、じっと見つめ続けていた。
(必ず、守り抜いてみせる……。お前たちも、レオナルド様の理想もだ)
胸の内に燻る不安を押し殺し、私は寄宿舎に残る兵たちへ向けて鋭く踵を返した。
-----領地紹介-----
シエル伯爵領
ノルテン公国北部に位置する、ベルトレ伯爵家の領地
西のレムノ辺境伯領、東のノルデン伯領とともに公国北部を構成する三伯爵領の一つ
海には面しておらず、北方のアルヴァ王国へ直接通じる主要街道も持たない
領域は伯爵領としては小さく、目立った鉱物資源や大規模な交易拠点にも乏しいことから、ノルテン公国内では比較的貧しい領地として知られる
代々ベルトレ家が治め、先代までは保守的ながら堅実な領地運営が続けられてきた
政治的には公国内の分権派に属するものの、伝統的には急進的な主張を避ける穏健な立場を取っていた
しかし、現当主リオン・ベルトレの代となってからはその姿勢を変え、同じ分権派のモンターニャ伯爵らとの関係を急速に深めている




