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癒やしの札と第三の進路  作者: 孔雀丸


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第12話 七つの戦線

こんばんは、孔雀丸です。


第12話をお届けします。


前話で九人は、慎悟を家に残したまま福江南高校へと走り出しました。


今回はいよいよ、その九人だけの初めての総力戦です。


十色のうち、青だけがそこにない。


その欠落を抱えたまま、友紀たちがどう戦場を作っていくのか。


七人の鬼もまた、一枚岩ではありません。


指揮系統も忠誠心もバラバラな敵を相手に、九人がどんな布陣で立ち向かうのか、ぜひ見届けてください。


慎悟が積み上げてきたものが、彼がいない場所でどう形になるのか。


そんな視点でも楽しんでいただけると思います。


それでは、第12話「七つの戦線」をどうぞ。

 福江南(ふくえみなみ)高校は、もう昨日までの学び舎の姿を留めていなかった。

 正面玄関のガラスは粉々に砕け、校庭の白線の上まで散らばり、夏の日差しを乱反射させている。

 廊下には倒れた机とロッカーが折り重なり、通路を塞いでいた。

 壁のあちこちに、刃物で抉られたような深い傷と、雷撃に焼かれた黒い焦げ跡が刻まれている。

 体育館の方角からは、金属がぶつかり合う音と、押し殺しきれない悲鳴が途切れ途切れに響いてくる。

 グラウンドには、まるで巨大な爪で引っ掻いたような深い溝が幾筋も走り、白線は土に埋もれて見えなくなっていた。

 野球部の用具入れは倒れ、バットやヘルメット、転がったボールが土の上に散らばっている。

 七人の鬼は、校内を統制の取れた軍隊のように制圧しているわけではなかった。

 それぞれが、自分の中にある怒りや嫉妬や執着のままに暴れ、逃げ遅れた生徒を追い詰めているだけだった。

 その光景の向こうから、九人が駆けつける。

 北潟友紀(きたがたゆき)坪江南海(つぼえみなみ)細呂木蓮(ほそろぎれん)瓜生翼(うりゅうつばさ)富津歩美(とみつあゆみ)柿原翔一(かきばらしょういち)山室綾実(やまむろあやみ)波松伊織(なみまついおり)熊坂健太(くまさかけんた)

 九人は校門の前で足を止め、変わり果てた高校の姿を見た。

 歩美は真っ先に、倒れた生徒がいないかと視線を走らせる。

 綾実と翼は、無言のまま敵の位置を数えている。

 健太は、逃げ遅れた生徒が見えた方向へ、無言で一歩前へ出た。

 翔一の口から、いつもの軽口は出てこない。

 南海は、二階の窓に映る小さな影に気づき、息を呑んだ。

 友紀は、自分の隣を見た。

 そこにいるはずの兄はいない。

 九人が横に並んでも、本来そこにあるはずの青がなかった。

 誰も言葉にしなかったが、その空白は、九人全員の意識の端に確かに存在していた。

 ◇

 校舎正面に、悪路漢が立っていた。

 赤いアクロカントサウルスの巨躯が、割れたガラスの上に堂々と立ち、日本刀「松影(まつかげ)」を肩に担いでいる。

 悪路漢(あくろかん)は九人を見渡し、口の端を歪めた。

北潟慎悟(きたがたしんご)はどうした。俺に斬られて、とうとう立つこともできなくなったか」

 友紀の中で、何かが焼けるように熱くなった。

 朱迅剣(しゅじんけん)の柄を握る手に力がこもる。

 今すぐ飛び出して、あの刃を叩き折ってやりたい。

 しかし友紀は、飛び出さなかった。

 先に、校舎の窓に見える生徒の影を見た。

 七人の鬼の配置を見た。

 隣に並ぶ仲間たちの顔を見た。

 慎悟がいないことを、敵に弱点だと思わせてはならない。

 友紀は静かに息を吸い、朱迅剣を抜いた。

「兄ちゃんはいない。でも、だからって私たちが止まる理由にはならない」

 その言葉が合図だった。

 赤、桃、水色、緑、黄、橙、紫、白、黒。

 九色の光が、荒れ果てた校庭に立ち並ぶ。

 一角獣、オオヤマネコ、狼、孔雀、ノウサギ、鷲、鶴、白鳥、ヒグマ。

 それぞれの霊護獣を身にまとった戦士たちの輪郭が、割れたガラスの照り返しの中に浮かび上がった。

 美しい十色ではない。

 青だけが、そこにない。

 けれど、欠けているのに崩れていなかった。

 九人は、それぞれの足で、地面に立っていた。

 ◇

 校舎二階では、東善寺里佳(とうぜんじりか)里沙(りさ)里奈(りな)の三つ子姉妹が、逃げ遅れた生徒たちを助けていた。

 里佳は廊下の先、階段の状況、窓の外の敵の位置を素早く確認し、使える避難経路を頭の中で組み立てていく。

 里沙は倒れたロッカーを両手で押し動かし、足を挫いた後輩の肩を自分の肩へ担ぎ上げる。

 里奈は額から血を流す女子生徒の傷口へハンカチを当てながら、呼吸が乱れて震えている生徒の背中をさすり、ゆっくり息をするよう静かに声をかけている。

 三人とも、怖くないわけではなかった。

 里佳の声は落ち着いているように聞こえたが、指先はかすかに震えていた。

 里沙は気丈に振る舞っていたが、窓の外で何かが動くたび、肩がびくりと跳ねた。

 里奈は、泣きそうな顔を隠すために、無理に微笑もうとしていた。

 それでも三人は、逃げなかった。

 校庭に九色の光が立ったのを見て、里佳が窓へ駆け寄る。

「あの人たちは、私たちが逃げられるように戦ってる」

 里佳は北側非常階段から生徒たちを逃がすと決めた。

 だが、その経路の先に、麗刃(れいじん)がいた。

 ◇

 麗刃は、北側非常階段へ向かおうとする生徒たちの群れを見つけていた。

 逃げられると思っている顔。

 助かると信じている顔。

 麗刃はその表情が、たまらなく気に入らなかった。

 黄色い雷光が麗刃刀(れいじんとう)にまとわりつく。

「逃げる場所があると思っている顔って、本当に腹が立つ」

 雷撃が校舎の壁を走り、非常階段の方向へ伸びていく。

 その直前、桃色の斬撃が横から割り込み、雷を切り裂いた。

 南海が、三姉妹と生徒たちを庇うように前へ出て、桃麗刀(とうれいとう)を構える。

「ここは通さないよ」

 麗刃は、守りながら自分と戦えるつもりかと嘲笑った。

 南海は余裕など見せなかった。

「余裕なんてないよ。怖いし、逃げたい。でも、あの子たちを置いていく方がもっと嫌だから」

 麗刃が雷をまとって高速で間合いを詰める。

 南海は正面から受け止め続けるのではなく、刀の角度、身体の向き、足の位置を細かく調整し、攻撃を校舎から、生徒たちから外側へ逸らし続けた。

 腕が痺れていく。

 呼吸が乱れていく。

 一撃ごとに足元が滑り、桃麗刀を握る指の感覚が薄れていく。

 麗刃は南海本人ではなく、その背後にいる生徒たちへ攻撃を抜こうとする。

 南海が恐れているのは、自分が傷つくことではなかった。

 攻撃が背中を通り抜けることだった。

 里佳は南海の意図を察し、里沙と里奈へ避難を続けるよう指示を出す。

 里沙は、南海を一人残していくことをためらった。

「大丈夫じゃない! だから早く逃げて!」

 南海が叫ぶ。

 無理に安心させようとはしなかった。

 自分も危険だと認めた上で、それでも守ると伝えた。

 里沙は歯を食いしばり、

「分かった。絶対、あとで追いついてよ!」

 そう叫び返し、生徒たちを連れて走り出す。

 南海には返事をする余裕がなかった。

 桃麗刀と麗刃刀が再び衝突し、雷と桃色の光が校舎の壁を明滅させた。

 ◇

 校庭中央では、友紀と鱗華(りんか)が向き合っていた。

 鱗華は冷たいピンク色の装甲鱗を光らせ、鱗華刀(りんかとう)へ水流をまとわせる。

「友紀」

 名前を呼ばれ、友紀は一瞬眉をひそめた。

「私を知ってるの」

 鱗華の唇が歪む。

「知ってるも何も。あんたはいつも隣に誰かがいる女でしょ」

 水流の斬撃が地面を走る。

 友紀はそれを避けながら、鱗華の言葉の奥にある何かに気づいた。

 双子の兄がいる。

 親友がいる。

 慎悟や南海から大切にされている。

 後輩たちにも慕われている。

 鱗華は、友紀がそうした関係を持っていること自体を、憎んでいた。

「家族の中でいつも比べられて」

 鱗華の声が途切れる。

「誰にも、誕生日なんて祝われたこともない」

 一瞬だけ、鱗華の脳裏に、マクドネルの店内で智徳を囲んで笑っていた五人の姿が浮かぶ。

 だがそれ以上、鱗華は語らなかった。

 言葉より先に、水流の刃が友紀へ襲いかかる。

 友紀は最初、反射的に否定しようとした。

 けれど鱗華の怒りが、嘘ではないことに気づいた。

「私が恵まれてるのは、たぶん本当」

 友紀は朱迅剣を構え直しながら、静かに言った。

 鱗華の目に、さらなる怒りが宿る。

 友紀は続けた。

「でも、何もしなくても愛されたわけじゃない」

 兄とも喧嘩した。

 南海や仲間を傷つけたこともある。

 離れそうになったことだってある。

 それでも、何度も向き合ってきた。

「人間関係って、完成した状態でもらえるものじゃないと思う」

 鱗華が叫ぶ。

「持ってる人間の綺麗事だ!」

 その言葉には、一部の正しさが確かにあった。

 友紀は、鱗華の孤独をすべて本人の努力不足のせいにするつもりはなかった。

 けれど、だからといって他人の幸福を壊すことを認めるつもりもなかった。

 水流と赤い光が正面から激突する。

 水煙の中から友紀が飛び出し、鱗華の懐へ踏み込む。

「羨ましいなら、壊すんじゃなくて、自分で作ればよかった!」

 完全な答えではない。

 それでも、鱗華の嫉妬に迎合しない、友紀自身が選んだ言葉だった。

 鱗華は激昂し、受け身を捨てて友紀へ斬りかかった。

 ◇

 体育館前では、邪顎(じゃがく)が水をまとわせた槍を連続して突き出していた。

 胸、肩、脚と、狙いを細かく変えてくる。

 蓮は力で押し返さず、蒼流槍(そうりゅうそう)の穂先を軽く逸らし、軌道だけをずらしていく。

 一撃ごとに半歩ずつ横へ動き、邪顎を他の鬼たちから引き離していった。

 邪顎の声が尖った。

「逃げてばかりか、水色」

「逃げてるんじゃない。見てるだけだよ」

 蓮の視線は、邪顎だけを見ていなかった。

 悪路漢は綾実と伊織へ執着している。

 鱗華は友紀しか見ていない。

 麗刃は逃げる生徒を追っている。

 牛竜(ぎゅうりゅう)はグラウンドから離れようとしない。

 冥顎(めいがく)は負傷を隠そうとしている。

 咬覇(こうは)は健太との過去に囚われている。

 邪顎自身も、悪路漢の指示など聞こうとしない。

 七人が、同じ学校を襲っていながら、目的も位置もばらばらだった。

「お前たち、仲が悪いって程度じゃないな」

 蓮の声は静かだった。

「誰も仲間を助けようとしてない。悪路漢がやられても、たぶん君は笑うだろ」

 邪顎の顔が歪んだ。

 図星だった。

 槍を大きく振りかぶり、蓮を吹き飛ばそうとする。

 蓮は柄を滑らせるように受け流し、邪顎の横をすり抜けた。

「図星みたいだね」

 蓮はわざと体育館裏へ下がっていく。

 邪顎は怒りのまま追った。

 これで、邪顎は他の六人から完全に引き離される。

 蓮が求めていたのは勝利ではなく、敵の感情を利用して配置そのものを変えることだった。

 ◇

 校舎西側では、冥顎が巨大な冥顎槌(めいがくつい)を振り下ろしていた。

 地面が砕け、黒い衝撃波が放射状に広がる。

 翼は複数の翠凰(すいおう)の御札を投げ、校舎の壁、街路樹、地面へ次々と貼り付けていく。

 札同士を緑の光で結び、冥顎の移動範囲を少しずつ狭めていった。

 歩美は高速で足元へ潜り込み、光刃双剣(こうじんそうけん)で足首や槌の柄を狙う。

 冥顎が大槌を横へ薙ぎ払う。

 歩美はノウサギの跳躍力で槌を飛び越え、空中で回転しながら、肩の装甲へ双剣を叩き込んだ。

 装甲を深くは斬れない。

 だが、冥顎が左脚を踏み込んだ瞬間、動きがわずかに鈍った。

 歩美はそれに気づいた。

 左脛に、以前の負傷が残っている。

 一瞬、脳裏に黄色い光と絶叫と灰が過ぎった。

 だが今は、その記憶を振り払う。

 歩美は傷口を攻撃しようとはせず、視線だけで翼へ意図を伝えた。

 翼はすぐに読み取った。

「歩美さん、右から追い込んで。左へ逃がす」

「左は傷があるよ」

 歩美が返す。

「だからこそ、自分からは選ばない。選ばない方向へ誘導すれば、判断が遅れる」

 歩美が右側から攻め、翼が結界を段階的に狭めていく。

 冥顎は、左へ逃げるか、右から来る歩美を迎え撃つか、一瞬迷った。

 その隙に、翼が冥顎槌の柄へ拘束札を貼り付ける。

 緑色の光の帯が槌へ巻きついた。

 歩美は膝裏へ双剣を交差させ、冥顎の重心を崩す。

 二人が狙っていたのは、冥顎を倒すことではなかった。

 攻撃、移動、判断の選択肢を、一つずつ奪うことだった。

 冥顎は冥顎槌を握る手に力を込め、悪路漢へ援護を求めた。

 だが、返事はなかった。

 ◇

 校舎正面では、悪路漢が松影を振るい、炎をまとった斬撃を放っていた。

 炎の斬撃は校庭から校舎の廊下まで横断するほどの威力を持っている。

 綾実は紫舞盾(しぶじゅん)で斬撃の軌道を逸らす。

 完全に止めるのではなく、校舎にも生徒にも当たらない方向へ流していく。

 伊織は離れた位置から、泉純(せんじゅん)の力を宿した清澄弓(せいちょうきゅう)を構える。

 悪路漢が綾実へ踏み込めば、伊織が側面を射る。

 伊織を狙えば、綾実が月影剣(げつえいけん)で背後を制する。

 二人は長い相談などしなかった。

 綾実が悪路漢の視線、肩、手首の動きから攻撃を読む。

「右から来ます」

 短く告げた時には、伊織はすでに弓を引いていた。

 白い矢が炎の斬撃の中心を射抜き、軌道を上へ逸らす。

 その隙に綾実が踏み込み、悪路漢の手元を狙った。

 綾実の目的は松影を落とすことではなかった。

 悪路漢を校舎内へ進ませないことだった。

 悪路漢は喉の奥で低く唸り、慎悟の名を持ち出す。

「慎悟の後ろに隠れていた連中が、偉そうに俺を止めるのか」

 伊織は弓を引いたまま、静かに答えた。

「慎悟さんの後ろにいた覚えはありません」

 綾実も続く。

「彼がいなければ立てないと、あなたが思いたいだけです」

 最後に、伊織が告げた。

「私たちは、誰か一人の影ではありません」

 悪路漢の笑みが消えた。

 怒りに任せて炎を増幅させる。

 綾実と伊織は左右へ分かれ、攻撃方向をさらに限定していった。

 勝ち急ぐつもりはなかった。

 最も危険な敵を、その場へ縫い止めることだけが目的だった。

 ◇

 中庭では、玄牙棒(げんがぼう)咬覇偃月刀(こうはえんげつとう)が正面から衝突していた。

 地面が揺れ、遠くの窓ガラスまで震えるほどの重い一撃だった。

 咬覇は健太へ、異様なほどの敵意を見せている。

 その声、武器の振り方、自分への執着から、健太は確信していた。

「やっぱり、お前だったか。前谷耕士(まえだにこうじ)

 咬覇が牙を軋ませる。

「その名前で呼ぶな」

 健太は、顔や身体が変わっても、やっていることは変わらないと返す。

 侮辱はしなかった。

 過去の勝利を誇りもしなかった。

 咬覇の刃を地面へ逃がしたあとも、追撃せず半歩下がる。

 それは、かつての喧嘩で健太が咬覇を倒しながら追撃しなかった時と同じ動きだった。

 咬覇は、それを見下されていると受け取った。肩を怒らせ、声を荒げる。

「また俺を見下してやがるのか!」

「あの時も、今も、俺は喧嘩を終わらせたいだけだ」

 咬覇は昔話を拒絶する。

「なら、今の話をする」

 健太は続けた。

 咬覇が強くなったことは認める。

 だが、強い者の後ろに隠れ、弱い生徒を襲うことしかしていないと指摘した。

 咬覇は全身の力を込めて健太を押し倒そうとする。

 健太は玄牙の力を解放し、一歩も引かなかった。

 力によって序列を作ろうとする者と、力によって被害を止めようとする者。

 二つの価値観が、真っ向からぶつかっていた。

 ◇

 グラウンドでは、翔一と牛竜が高速で戦っていた。

 翔一は翼状のエネルギーで上空へ跳び、烈翔棍(れっしょうこん)を振り下ろす。

 牛竜は二挺の手斧をバットのように構え、棍の先端を打ち返した。

 重量級でありながら、一歩目が異様に速い。

 元一番打者として、相手の肩、腰、足の向きから初動を読んでくる。

 翔一が右から来ると見せかけて上へ跳んでも、牛竜は先に軌道を読み、斧を振り上げる。

 翔一は直前で烈翔棍を短く持ち替え、反対側で牛竜の脇腹を打った。

 牛竜はよろめきながらも、

「変化球か。面白え」

 と笑う。

 牛竜は双斧を連結し、両刃の長柄斧へ変えた。

 その構えは、長距離打者が打席に立つ姿を思わせた。

 翔一は軽口を叩きながらも、牛竜の足、肩、視線を注意深く追っていた。

「野球部の先輩ってのは、校舎を壊すのが伝統なのか?」

「あんな学校、俺を捨てた時点で母校じゃねえ」

 牛竜が長柄斧を振り抜く。

 衝撃波がバックネットや野球部のベンチへ向かいかけた。

 だが牛竜は、斧を途中で強引に止めた。

 衝撃波はグラウンドの脇の地面だけを削った。

 牛竜の視線が、打席、一塁ベース、三塁線へ流れる。

 何度も走った場所。

 後輩を威圧しながらも、本気で野球へ打ち込んでいた場所。

 牛竜は母校を憎んでいる。

 同時に、その記憶を完全には壊せない。

 翔一はその迷いを見逃さなかった。

 頭部を狙わず、烈翔棍を長柄斧へ叩きつける。

 斧が手から弾かれ、地面へ突き刺さった。

「捨てたって言うわりに、大事そうじゃん」

 牛竜の頬が強張った。

 斧を拾わず、二本の角を前へ向けて突進した。

 翔一は正面衝突を避け、牛竜をグラウンドの外側へ誘導する。

「じゃあ追ってこいよ、一番打者! ホームベースから逃げたくないならな!」

 牛竜は挑発に乗った。

 しかし、無意識に、グラウンドを傷つけない進路を選んでいた。

 翔一はその迷いを利用し、牛竜を他の鬼たちから切り離していく。

 ◇

 健太と戦いながら、咬覇は戦場全体を見ていた。

 七人が、完全に別々の相手へ執着している。

 悪路漢は慎悟への劣等感。

 邪顎と冥顎は悪路漢への反発。

 鱗華は友紀への嫉妬。

 麗刃は逃げる生徒への苛立ち。

 牛竜は母校への怒りと未練。

 自分自身は健太との過去。

 咬覇は、美里が学校の制圧を目的にしていないことに気づいた。

 誰が単独で戦えるか。

 誰が感情に呑まれるか。

 誰が命令に従うか。

 誰が利用できて、誰を切り捨てるか。

 七人が勝手に戦っているこの状況そのものが、美里による選別だった。

「俺たちは最初から、試されてやがったのか」

 咬覇が呟く。

 健太がそれを聞き、

「仲間じゃないのか」

 と尋ねた。

 咬覇は自嘲するように笑う。

「仲間? 鬼になった連中が、そんな言葉を信じてると思うか」

 笑い声の奥に、乾いた棘があった。

 ◇

 翼は冥顎を拘束しながら、翠凰の御札を空へ放った。

 御札は上空で孔雀の羽根のように広がり、九人へ位置情報と短い声を届け始める。

「全員、聞いて」

 翼の声が届いた。

「七人を倒そうとしなくていい。まず、それぞれの戦場から出さないで」

 友紀が鱗華の攻撃を受け流しながら尋ねる。

「分断するの?」

「そう。敵は七人いる。でも、七人の部隊じゃない」

 蓮も、邪顎の槍を受け流しながら情報を補足した。

「あいつらは、互いに助けられるのを嫌がってる。援護すれば、借りを作ったと思うタイプだ」

 翼は各戦線の状況を確認していく。

 蓮は邪顎を体育館裏へ誘導している。

 南海は麗刃を非常階段から遠ざけている。

 翔一は牛竜をグラウンド外周へ引き出している。

 友紀は鱗華を校庭中央に留めている。

 綾実と伊織は悪路漢を校舎正面から動かしていない。

 健太は咬覇を中庭で止めている。

 翼は校内を七つの区画へ分けるよう、結界札を配置していく。

 校庭中央。

 北側非常階段から東側。

 体育館裏。

 西校舎前。

 校舎正面。

 中庭。

 グラウンド外周。

 緑色の光が、校舎と校庭を七つに分けていく。

 ただし完全な壁ではない。

 歩美が負傷者や仲間のもとへ移動できるよう、細い経路が残されていた。

 この作戦は、翼一人の発想ではなかった。

 蓮が敵の心理を読んだ。

 南海と翔一が敵を適切な方向へ誘導した。

 綾実と伊織が最も危険な敵を固定した。

 健太が咬覇を止め続けた。

 友紀が即座に、全体の方針として受け入れた。

 複数の人物の判断が重なり合って、七つの戦線が完成していく。

 七人の鬼は近くにいるのに、孤立していた。

 九人は離れているのに、情報と信頼でつながっていた。

 ◇

 校庭に広がる緑色の境界を、避難する三姉妹が目にした。

 里佳が、九人の戦い方が途中で変わったことに気づく。

 里沙が、

「あの青い人がいなくても、動けるんだ」

 里沙の声が裏返った。

 里奈が、静かに答えた。

「いないから、みんなで考えてるんだと思う」

 その言葉が示す通り、九人は慎悟の担っていた役割を分担し始めていた。

 友紀は前線の決断を引き受ける。

 蓮は敵の心理と配置を読む。

 翼は戦場全体を設計する。

 綾実は危険を予測する。

 伊織は必要な一点へ攻撃を通す。

 南海は避難路を守る。

 歩美は戦線同士をつなぐ命綱になる。

 健太は最も重い敵を受け止める。

 翔一は敵を戦場の外側へ動かす。

 誰か一人が慎悟の代わりになったわけではなかった。

 九人全員が、慎悟が担っていた役割の一部を、それぞれ引き受けていた。

 友紀は翼の提案を受け、全員へ方針を告げる。

「この形で行こう。倒せなくてもいい。三姉妹と生徒たちが逃げ切るまで、七人をここから動かさない!」

 九人は長々とした返事をしなかった。

 それぞれが短く応じただけだった。

 慎悟の号令ではない。

 友紀だけの命令でもない。

 九人それぞれの判断が重なり、十彩獣団自身の意思になっていた。

 ◇

 戦闘に決着はついていなかった。

 九人は七人の鬼を圧倒してはいない。

 南海の腕は痺れきっている。

 友紀は鱗華の水流を完全には突破できない。

 健太は咬覇の重圧を受け続けている。

 綾実と伊織も、一度でも連携が崩れれば悪路漢に突破される危うさを抱えている。

 翼と歩美の拘束も、長くは持たない。

 それでも、生徒たちの避難は進んでいた。

 七人の鬼は、互いを援護できないままだった。

 戦場の主導権が、少しずつ九人へ移っていく。

 鱗華は、友紀が仲間と声を交わす姿を見て、鱗華刀を握る手にひときわ強く力を込めた。

「結局、あなたにはみんながいる!」

 友紀は否定しなかった。

「いるよ。だから私も、みんなの一人として戦う」

 自分が新しい中心だとは言わなかった。

 守られる妹でもない。

 九人のうちの一人として、自分の戦線を守っている。

 翼が、七つの戦線が固定されたことを確認する。

「これで、敵は七人いても七倍にはならない」

 蓮が邪顎の槍を受け流しながら返す。

「むしろ、七つの孤立した弱点になる」

 咬覇だけが、十彩獣団の狙いに気づいていた。

 だが健太が正面を塞いでいるため、他の六人へ警告することができない。

 校庭を俯瞰すれば、七つに分かれた戦場が、緑色の結界によって一つの巨大な布陣へと変わっていた。

 それは、慎悟が作った陣形ではない。

 慎悟のいない九人が、初めて自分たちだけで作り上げた戦場だった。

 戦闘の喧騒の中、友紀は一瞬だけ、青のない九色の光を見渡した。

 そして、小さく呟く。

「兄ちゃん。私たち、ちゃんと戦えてるよ」

 助けを求める言葉ではなかった。

 帰ってきた慎悟へ、成長した自分たちを見せるための、報告だった。

 友紀はすぐに視線を鱗華へ戻し、朱迅剣を構え直す。

 戦いは、まだ続いていた。


第12話、お読みいただきありがとうございました。


慎悟不在の戦場、いかがだったでしょうか。


これまで前線に立ち続けてきた慎悟という「柱」が抜けた瞬間、九人がどう動くのか。


書いていて一番意識したのは、誰かが慎悟の代わりになるのではなく、九人それぞれが自分の役割を持ったまま戦場を組み立てていく過程でした。


友紀は中心になろうとせず、「みんなの一人として戦う」と言い切ります。


翼と蓮が敵の分断を戦術として言語化する場面も、今までの十彩獣団にはなかった景色だったと思います。


そして戦いの裏側で、歩美だけがまだ動けずにいます。


恨卑を消してしまった記憶が、彼女の足を止め続けている。


けれど戦況は、彼女にその手を使わせる方向へ動き始めています。


次話「鬼を癒やす光」では、歩美がついに回復札を敵へ向けて使います。


治すはずの力が、鬼をどう変えていくのか。


そしてその力が持つ本当の意味が、少しずつ明らかになっていきます。


続きもどうぞよろしくお願いいたします。

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