9話 ダンジョンゴーレム
ダンジョンの天井が変形していき、宝玉を覆う。更にそれは変形を続け、大きくなっていく。
俺の目の前で完成したのは巨大な人型である。
「ダンジョンゴーレムか」
俺が言うと、すぐに有馬が反応した。
「……ダンジョンゴーレムはダンジョンのボスのはず……どうして最下層から、こんなところに上がってきたんですか?」
「ダンジョン化する前のウィザードの意識なのだよ。どうやら、アレは俺に強い恨みを抱いているようだ」
有馬はダンジョンゴーレムに視線を向け、心苦しそうに言った。
「元に戻せないんですか?」
「まあ、戻せないことはない」
「それなら……!」
「ただ死ぬがね」
有馬が絶句する。
「元々、アレはダンジョン化しなければ死んでいたのだ。戻せば当然そうなる。選択肢は二つだ。ダンジョンとして消すか、人として死なせてやるか。どちらがいいかね?」
「なにをゴチャゴチャ言っているんだい?」
ダンジョンゴーレムが周防の声で言った。
ここまで綺麗に怨念が残るのも珍しい。余程、歪んだ心の持ち主だったか。
「調子に乗っているようだね、レベル-1。宝玉の力を取り込んだ僕は、これまでとは一味違うよっ!!」
ダンジョンゴーレムが急加速し、大きく腕を振り上げる。その全身が雷の魔法で帯電していた。
「粉々になれっ!!!!」
「取り込んだ? 大間違いだね。君は宝玉に取り込まれたのだ」
魔法障壁でダンジョンゴーレムの拳を受けると、俺は魔法陣を描く。
「【魔力分解】」
一瞬、ダンジョンゴーレムが目映い光に包まれる。だが、なにも起こらなかった。
「完全に理解したよ、レベル-1。君の使う魔法の情緒というものがねっ!」
ダンジョンゴーレムが掌をかざすと、そこに雷が集まり、無数の球体を形成していく。
「レベル-1の君に侮られた僕の怒りは、まさに雷が落ちたいうに相応しい。僕の怒りを全身に浴びろっ! 【神真球電魔雷撃】!!」
球状の雷が逃げ場がないほど無数に飛んでくる。
「魔法使いの俺に対して、侮られたと怒りをぶつけるのは認知が歪んでいる。君の性根は曲がっているのだよ」
魔法陣を描き、展開したのは【歪曲障壁】。目の前に展開されたその魔法障壁に触れた瞬間、雷球は曲がり、俺の体には当たらない。
「この程度の理解で完全とでも?」
そう俺はダンジョンゴーレムを煽ってやる。
「君は防げるかもしれないよ。君一人だけならね」
放った【神真球電魔雷撃】の内、何発かの雷球が有馬と蓮華に向かっていた。
「さあ、助けてみろよ。その隙を見逃すS級ウィザードだと思うな」
挑発するようにダンジョンゴーレムが言う。
俺は迷わず、前へ出た。
「なにっ……!?」
「俺が彼女たちを助けると思い込んでいる。その心の隙を見逃す手はないね」
ダンジョンゴーレムが【魔雷撃】で壁を作る。しかし、俺の体はそれをすり抜けた。心の隙をついたのだ。
「それぐらいでっ!」
ダンジョンゴーレムが迎え撃つように拳で殴りつけてくる。俺はその拳に魔法陣を描いた。
「少しは歴史を勉強したまえ、【千年歴史魔法】」
ダンジョンゴーレムの周囲を取り囲むように、100個の魔法陣が現れる。火、水、風、土、雷、刃、毒、結界、罠、熱など100属性の魔法が発動しようとしていた。
ダンジョンゴーレムは、全ての魔法陣に視線を配る。どう防ぐべきか思考しているのだろう。
その瞬間、ダンジョンゴーレムの体が光に包まれた。
「理解したかね? これが【千年歴史魔法】なのだよ」
ダンジョンゴーレムに無数の切れ目が入った。
次の瞬間、その全身がバラバラに崩れ落ちている。
「なぜ……だ? その魔法は発動条件を満たさないと発動しない、条件付き魔法だった。だから、僕は身動き一つとらなかったのに……」
「【千年歴史魔法】の発動条件は、【千年歴史魔法】を理解しようとすること。それは千年の歴史を知らぬ者が支払うことになる代償だ」
ガラガラと音を立てて崩れ落ちていくダンジョンゴーレムに俺は言った。
「【千年歴史魔法】を知らなかった時点で、君の敗北は決まっていたのだよ」
「馬鹿……な……嫌だ……僕が……ナンバー……わ……」
声が途絶え、完全に分解されたダンジョンゴーレムから、宝玉が溢れ出してきた。
通常の宝玉よりも、濃密な光の塊である。周防はいくつもの宝玉を使い、ダンジョン化した。その全てが、この一つに凝縮しているのだ。
「【魔力分解】」
指先を伸ばし、魔法陣を描く。
すると、宝玉は分解され、砕け散った。
俺は後ろを振り向いた。ダンジョンゴーレムの【神真球電魔雷撃】により、壁や天井、床がボロボロに破壊されている。
その瓦礫の下から、有馬が這いずり出てきた。
「無事でなにより。即死はないと踏んでいたが、読み通りなのだよ」
「……ぶ、無事なものですかっ……!」
よろよろと立ち上がった有馬は足を引きずっている。出血も多く、かろうじて即死を免れたといったところだろう。
「私はS級ウィザードですから、どうにか耐えられましたけど、もう一人の子は死にましたよっ!!」
その時、ザザッと物音がした。
ガタンッと瓦礫がはね除けられ、そこから蓮華が顔を出した。
「あー、死ぬかと思っちゃったぁっ……!」
安堵した表情で、彼女は瓦礫の中から這い出てきた。負傷はしているが、有馬よりも軽傷だ。
「え……」
唖然とした顔で、有馬は蓮華を見つめている。
「よく……無事でしたね……?」
「もう駄目かと思ったんですけど、強気でいけばなんとなるかもって気がして、危ないところでした!」
元気いっぱいに彼女は言う。
魔法の情緒がわかってきたようだな。
蓮華はC級ウィザードだが、筋が良い。本物の魔法を何度か見れば、ある程度の理合をつかめても不思議はないだろう。
「蒼夜は、宝玉壊せた?」
「上手くいった。思った以上に宝玉をため込んでいたのだよ。しばらくは、これで寿命を削らずとも、結界を維持できそうだ」
「そうなの。よかったぁ。じゃ、蒼夜も妹さんも大丈夫だね!」
自分のことのように蓮華は喜んでいる。奇特な奴だ。
「ではな。しばらくは会うこともないだろう」
俺はふわりと浮遊し、ダンジョンの外を目指す。
「あ、ま、待ってくださいっ」
俺の背中に有馬が言った。
「どうしたのだ?」
「お話しでは、力に溺れたウィザードがダンジョン化するんですよね。ですけど、それには宝玉が必要なんじゃありませんか?」
「その通りだよ」
「それじゃ、宝玉というのはいったいなんなんですか?」
「実に良い質問だ」
彼女も魔法について少しずつ理解を深めてきたようだ。
「この世界にはマナがある。そのマナが濃密な場所で、長い年月をかけ、凝縮されたマナの塊が宝玉だという説が今のところは有力だ」
「有力……? ということは、違う説もあるんですか?」
俺はうなずく。
「悪しき魔法使いが世界に混乱をもたらすために作った説もある」
「な、なんのためにですか?」
「わからんよ。とはいえ、可能性は低い。魔法使いというのは魔法を探求する者だ。世俗に興味はない。あったとして、そんな者は大した魔法を使えない」
だから、最初の説が有力なのだ。
「実際、宝玉を壊して回っても邪魔をしに現れないのがその証明になるだろう」
「確かにそれはそうですね」
「ではな。できれば、宝玉はあまり使うな。新しいダンジョンが作られる原因になる。もっとも、ウィザードには無理だろうがな」
「いいえ」
毅然と有馬は答えた。
「やってみます。時間はかかるかもしれませんが、宝玉が危険なものなら、魔法が使えなくなっても手放した方がいいはずですから」
意外な答えだ。
そんな物わかりのいいウィザードばかりなら、こんなダンジョンだらけの世界にはなっていないのだが、彼女の目に嘘はないように思える。
表に出てきたが甲斐があったのかもしれないな。
「困ったことがあったら呼んでくれ」
それだけ伝え、俺はダンジョンを後にした。
思ったよりも早く片がついた。
正味の話、肩透かしの感は否めない。
10年前、突如世界にダンジョンが現れた。ダンジョンが現れた影響を受けて、魔法を使えなかった者たちがウィザードとなった。
しかし、ダンジョンというのは力に溺れたウィザードのなれの果てだ。
では、ダンジョン化にあたって最初のウィザードはどこから来たのか?
宝玉が自然発生するものだとしても、魔法に精通した魔法使いはダンジョン化はしない。であるならば、ウィザードも突然変異で生まれることがあるのだろうか?
可能性がないとは言い切れないだろう。
今回、表に出てきたことでなにかしらわかるのならと思っていたが、そう上手くはいかないようだ。
もっとも、これが魔法というものだ。完全に正しい答えなど存在しない。あらゆる表現により、自由に記述することができる。
そうして、答えの出ない問いに、あれやこれやと様々な角度から思いの丈をぶつけて回るのだ。
なぜならば、魔法とは情緒なのだから――




