8話 なれの果て
「……ダンジョンが……ウィザードのなれの果て……ですか……?」
目の前に構築された新たなダンジョンを見つめながら、有馬は信じられないといった表情を浮かべている。
周防晴人がダンジョンに変化したという事実を受け止めきれていないのだろう。
「それじゃ……これまで攻略してきた……すべてのダンジョンが元はウィザードだったというのですか?」
おぞましさに身震いするように彼女は聞いた。
「俺は神ではないのだ。そんなことまではわからんよ。しかし、それ以外にダンジョンを作る方法は思いつかんがね」
「……あなたはどうして、そんな方法を知っているのですか? ウィザード連盟でも、ダンジョン発生については、まったく未知の知識だっていうのに……」
そう有馬は言った。
「魔法使いをウィザードと一緒にするな。失礼極まりない」
「なっ……!! 失礼って、今はそんな話……答えてくださいっ!」
「自分で考えたまえ。魔法とはどこまでいっても自分の世界をいかに確立するかにかかっているのだからね」
たった今構築されたばかりのダンジョンの入り口に向かって俺は歩き出す。
「お、お待ちなさい。中に入るんですか?」
「当然なのだよ。ダンジョン発生直後の今が、一番宝玉を破壊しやすい」
言いながら、ダンジョンの中に入った。
「あれ?」
と、不思議そうに声を上げたのが蓮華だ。
彼女は俺を追うように走ってきて、ダンジョンの中に入った。
「結界がない……なんで?」
「このダンジョンには作る必要がない」
「必要がない? 結界って必要とか不必要とかで、できたりできなかったりするの?」
「そんはずありません。ダンジョンは発生直後すぐ入り口に結界を構築するはずです。これまでに発見されたダンジョンで、結界が作られなかったものは一つもありませんでした」
俺たちを追いかけてきて、有馬はそう言った。
「ダンジョンが結界を構築するというのが君の認識か、有馬君?」
「……ほ、他になにがあると言いますの?」
「では聞くが、ダンジョンはなんのために結界を作るのかね?」
「それは侵入者を阻むためではありませんか? 私たちのようなウィザードが中に入れば、ボスを討伐され、宝玉を回収されてしまいます」
「つまり、ダンジョンは平和主義者で、自分たちが侵略者だと言いたいのか?」
痛いところを突かれたといったように、有馬は一瞬押し黙る。
「……言い方は悪いですけど、構造上はそうなってしまいますわね」
「では、ダンジョンはなんのために存在するのだ?」
「なんのため……? 理由があるんですか?」
「このダンジョンになったウィザードは、周防君といったね。彼が、争いを望まず、侵略者を阻むだけの結界を作り、放っておけば無害だと?」
「それは……」
有馬は言い淀む。
「あんまりよく知らない人だけど、最後に言ってたこととかは、ヤバそうだったよね。平和主義には全然見えなかったな」
と、蓮華が率直な感想を述べる。
「力に溺れるような輩は、力を誇示したいものだよ。ゆえに、なれの果てのダンジョンにはモンスターという力の塊が生まれ、外に出て暴れ回る。つい数十分前のように」
「で、ですが……それだと殆どのダンジョンが結界を持つのは矛盾しませんか……?」
「矛盾するね」
「でしたら……?」
「あ、わかった! 結界はダンジョンじゃなくて、誰か他の人が作ってるんでしょ!」
蓮華が嬉々とした表情を向けてくる。
「そんなこと常識的に考えてありえませんっ! どう考えても不可能――」
「正解だ」
「えっ……!?」
驚いたように有馬が振り返った。
ウィザードの文化に染まっていないからか、魔法使いとしては蓮華の方が筋が良いようだな。
「ダンジョンができればモンスターが外に出てくる。その被害を防ぐために、赤杖家が結界を構築しているのだよ」
彼女たちウィザードが知らないのはある意味当然だ。推察が及ばないのは、未熟極まりないがね。
「……ですけど、ダンジョンは日本中にあるんですよ。あんな広範囲に、あれだけ強い結界をどうやって維持し続けられるんですか?」
「良い質問だ」
そう言うと、有馬は肩透かしを食らったような顔をした。そして、ほんの少し頬を綻ばせる。
「べ、別に褒められたいわけではありませんわ。で、どうですの?」
照れ隠しのように早口で彼女は言う。
「魔法使いにとっても、極めて困難と言わざるを得ない。よって、術者が命を削ることで、結界を維持しているのだよ」
術者の命を、結界の寿命に変換しているのだ。
「命を削るって……? それでは、結界を維持している方は、このままでは死んでしまうということですか?」
「だからこそ、宝玉を破壊して回っているというわけだ」
ダンジョンなど、魔法災害を防ぐのは古来から赤杖家の使命だ。1000年間、赤杖の一族はそうして悪しき魔法から人知れず人々を守ってきたのだ。
ダンジョンが少ない内は寿命を削らずとも、対処ができた。しかし、この10年でみるみるダンジョンは増え、その分布もより広範囲なものとなった。
その上、ウィザードはダンジョンの結界を破る。術者にはその度に結界を再構築する負担がかかっているのだ。
「……それなら、ちゃんと説明してウィザード連盟におっしゃっていただければ……!」
「ダンジョンの破棄を認めたかね?」
「人命がかかっていますし、そんな危険なものでしたら、協力し合えるはずですわ」
「そうは思えんね」
有馬は根本的に人が好いのだろう。だが、ウィザードの全てが有馬のような人間ばかりではない。
「なぜですか?」
「ウィザード連盟は、魔法庁の管轄下だろう。近年は魔法庁からの天下りも多い。ダンジョンを破棄するということは、ウィザードがいなくなるということだ」
「……え?」
「ダンジョン出現と同時に人間は魔法に目覚めた。つまり、ダンジョンが君たちウィザードの補助輪になっているのだ。なくなれば、当然魔法は使えなくなる」
「だとしても、元に戻るだけですわ。人が死ぬくらいでしたら……」
「だが、ダンジョンを資源と捉えている人間はそうは思わない。どんなに危険でもコントロールしようとするものだ。人一人の命を削って安全を保てるなら、安いものだと思う者もいるだろうね」
元々、魔法使いは潜むもの。赤杖家の伝統では表立って動くことは禁じられている。ウィザードたちが魔法を社会に引っ張り出したため、彼らと積極的に交渉するのは由とされなかった。
その上、利権にまみれた権力者が相手だ。話をしたとして、伝統的な魔法使いの言い分が通るとは思えない。
ダンジョンを制御しようとするウィザード連盟と、完全破棄を主張する魔法使いととの間には、そもそも深い溝がある。喧嘩別れになるのが関の山だっただろう。
だから、俺が宝玉を破壊して回っているのだ。
「術者って、蒼夜がやってるの?」
蓮華が聞いてくる。
「俺は三割ほどだよ。残りの七割は、妹の朱理が担っている」
「私は手伝うよっ。ウィザードじゃなくなるのは残念だけど、ダンジョンが悪いものなら仕方ないもんね」
蓮華は明るく笑った。
俺のことを気遣ってくれているのだろう。
「ではまず最下層を目指そう」
「その必要はない」
聞き覚えのある声。それは先程ダンジョンと化したS級ウィザード、周防のものだ。
俺が振り向けば、そこに宝玉があった。
声が聞こえた。力に溺れた愚者の声が、怨念とともに染みだしてくる。
「君はここで僕が殺してあげる」




