7話 神雷
S級ウィザード、神雷・周防晴人は剣を俺に向けた。刃は激しい雷を纏う。柄から手を放せば、そのまま剣は宙に浮く。
「【誘導雷走】」
雷を放つ剣の上に、周防はふわりと飛び乗った。
「レベル-1。君は不可解な魔法を使う。威力の弱い魔法がなぜか強固な魔法障壁を撃ち破り、必中で放たれた魔法がなぜか効かない」
周防が魔法陣を描くと、そこから雷が撃ち放たれた。【魔雷撃】の魔法だ。ジグザグに走りながらも、向かってきた雷撃を俺は魔法障壁で弾き返す。
まっすぐ前に出て、そのまま周防に接近していく。
「【空波】」
空気の塊を周防にぶつける――その寸前で雷が走り、奴は俺の右後方に移動していた。【誘導雷走】の魔法。あの帯電した剣にサーフィンのように乗ることで、雷並みの速度で動けるようだ。
「そう、君の魔法は不可解だが、君の能力値を強化するわけではない。あの炎竜を押し潰した時も、君の筋力が上がったわけでも、体重が増したわけでもない」
雷の如く、奴は剣ごと俺に突っ込んでくる。
魔法陣を描いた瞬間、周防は進路をかくんと変えて、ジグザグに俺の周囲を旋回していく。
狙いを絞らせないつもりか。
「【空波】」
空気の塊を射出するも、雷の速度で奴はそれを難なく避ける。
「つまり、君の弱点は基礎能力値が極めて低いこと。レベル-1なのだから当然だ。こちらは君の魔法にはつき合わず、速度と体力でゴリ押しして、君が魔法を使っていない時だけ攻撃すればいい」
「ウィザードにしてはない頭を搾ったのだよ。しかし、どこまでいってもデジタルな考えだ」
最早、雷そのものにしか見えない速度で疾走する周防に俺は言った。
「君たちはなぜ誤解しているのだ? 君たちを追い詰めているこのダンジョンを、君たちは資源だと都合の良い捉え方をしている。なぜ10年前、こんなものが突然できたのか、一度も考えたことはないのか?」
「それはどういう――あがはぁっっ!!!」
周防が【空波】に直撃し、吹っ飛ばされて床を転がっていく。
「す、周防さんっ!! なんでっ!? あいつ、【誘導雷走】の剣に乗った周防さんに……!? 雷を撃ったっていうのか……!」
木下が混乱したように声をあげる。
「……貴様……どうやって魔法を当てたっ……?」
ゆっくりと身を起こしながら、周防が問うてくる。
「当てた? 違うね。君は俺の話に耳を傾けた。つまり、君が自ら当たりに来たのだ。これが魔法の文学的表現なのだよ」
苦々しい顔で周防は奥歯を噛む。
理解できないといったところか。見込みがないな。
「ならば、貴様の話に耳を傾けるのはやめだ! 僕が神雷と言われる所以を、見せてあげよう」
再び彼は魔導器の剣の上に乗る。そうして、その剣に無数の魔法陣が描かれた。
「【神速雷走縮地】」
俺の周囲を囲むように無数の雷が落雷した。瞬間、周防の姿が影も形もなく消えた。
視界にかろうじて映るのは迸る雷のみだ。人知を超えた速さは、まさに神速の雷を彷彿させる。
「目に見えないのならば、防ぎようがない。レベルー1、貴様の負けだっ!」
「目に見えないという事象は強烈に心に印象づけられる。速すぎる魔法はその実、極めて感知しやすい」
「ぐあっはあぁぁっ……!!」
周防は吹き飛び、壁に激突した。
「がっ……! ぐ……く……」
両手をつき、彼は血を吐き出した。内蔵がひどく損傷している。すぐに戦闘はできないだろう。
周防のそばまで俺は歩いた。
「……ありえない……こんな……はずはないんだ……」
「そうかね? 心で感知した【神速雷走縮地】に、【空波】をぶつけたのだから、当然の結果だ。本来、魔法使いを相手に派手な印象を残す魔法を使うべきではないのだよ」
俺の話が耳に入っていないのか、暗い目をしながら、周防はただぶつぶつと何事かを呟いている。
「おっと、よちよち歩きのヒヨコに少し難しい話をしすぎたな。本音を言えば、君は筋は悪くない。80歳になるまでには魔法の入り口が見えてくるだろう。10人に一人の特別な才能の持ち主だ。これからも頑張りたまえ」
俺はねぎらうように彼の肩を軽く叩き、階段の方へ歩いて行く。
「あ、待って待って。私もっ!」
慌てて、蓮華が追いかけてくる。
俺が階段を一段上ったその時、ダンジョンの上階から何かが落ちてきた。
ドゴオォォォンと派手な音と砂煙を立てながら、着地したのはウィザードである。以前にも一度会ったな。
核兵器――有馬虚子だ。
「待ってください、赤杖さん」
「少しは勉強してきたかね? 俺に勝つ方法を」
「いえ……聞きたいことがあります」
真剣な顔つきで有馬は言った。
階段から足を下ろし、俺は彼女に向き直る。
「そのクソ真面目な顔に免じて、質問を受け付けよう。ただし、一つだ。一つの質問で核心をつきたまえ。それが魔法を扱う者の言葉遣いというものだ」
「一つ……」
強い瞳で俺を見ながら、彼女はじっと考える。
「では、教えてください。ダンジョンとはいったいなんですか? 10年前、なぜこんなものが世界中に出現したのですか?」
なるほど。
彼女は筋が良い。
「良い質問だ。一言で答えるならば、ダンジョンとは――」
「僕を無視するなぁぁっっ!!!」
唐突に声を荒らげたのは、床に這いつくばっている周防である。
彼は暗い衝動を目に宿しながら、よろよろと立ち上がろうとした。
様子がおかしいことに、同じS級ウィザードの有馬も困惑している様子だ。
「周防さん……突然なにをおっしゃって……」
「こんなことは許されない……僕は、常にナンバー1だった……勉強も運動も……魔法だって……誰にも負けたことがない……いつでも僕は世界の中心にいて、軽視されるなどあってはならない……この僕がナンバー1であるべきなんだっ……!!!」
周防は思いきり魔導器の剣を床に叩きつける。
鈍い音立てて剣身は折れ、そこからいくつもの光の球が溢れ出てきた。
「宝玉……こんなに……?」
驚いたように有馬が呟く。
「見せてあげるよ、レベル-1。S級ウィザードの切り札をっ!」
周囲の宝玉が周防の体に引き寄せられ、吸収されていく。ウィザードの潜在能力を引き上げるという宝玉。そのランクを上昇させ、劇的な成長をうながす力を有している。
だが、S級はウィザードにとっての最高ランクだ。周防は先程戦った時点で、すでに限界まで宝玉を使っていた。
「いけませんっ! 周防さんっ! それ以上宝玉を使えば、体が耐えきれませんっ!」
「いいや、僕なら限界を超えられる。僕がナンバー1だっ!!」
周防の体がぐんと一回り以上大きくなり、肌が硬質化していく。その全身からは、かつての彼の10倍以上の魔力が溢れ出した。
「見たかいっ? これが天才ウィザード、周防晴人なんだっ!! さあ、泣いて謝った後に殺してあげるよっ!」
「【悪粉砕砲】」
俺が放った魔法は、周防の体を粉砕した。残ったのは頭部だけだ。
「え……?」
一瞬、きょとんとした目で周防は自らの体を見た。すでに消滅してしまったなにもない空間を。
「なんで……嘘……だ……嘘だ……嫌だっ……死にたくないっ……!!!」
「前言を撤回しよう。君は無能だ。さようなら」
周防の顔に亀裂が走り、真っ二つに割れた。
「……周防……さん……」
有馬がかつての仲間の死を悼むように彼のもとに駆け寄ろうとする。そんな彼女を俺は手で制止した。
「あの……?」
「有馬君。先程の君の質問に答えよう」
割れた周防の顔が更に硬質化して、最早石に近い形へ変貌した。変化は止まらず、その石はみるみる巨大化していき、アーチ状の入り口を作った。
その入り口の奥には地下へ続く階段が見えている。途方もない魔力がその入り口から溢れてくるのがわかった。
「ダンジョンとは、力に溺れたウィザードのなれの果てだ」
そう、周防晴人はダンジョンと化したのだった。
お読みくださり、ありがとうございます。
お楽しみいただけましたら、ブックマークや★の評価をいただけますと、すごく頑張れる気分になれます!




