6話 宝玉の秘密
ダンジョンの中を俺は走り回っていた。
蓮華は後ろを黙ってついてきている。うるさいのは勝手に追いかけてきている雷雲の使徒の副マスター、木下真吾だ。
「おいっ、いつまでこうやって走り回っているつもりだっ? 目的はなんだっ?」
「宝玉だ」
「宝玉なら最下層のボスを目指せっ。地下1階を走り回っていても仕方がないっ!」
あーだこーだと叫いている木下を無視して、見えてきた階段を通り過ぎる。俺はそのまま奥へと走った。
「おいっ。だから、どこへ行くんだっ? 階段ならそこにあるっ!」
「君たちウィザードはダンジョンの進み方も知らない。階段なんぞ使っていたら、全モンスターが街に繰り出すぞ」
「……やっぱり、お前、モンスターがダンジョンの外へ出た理由を知っているのか……!?」
はっとしたように木下が言う。
「その通りだよ。わかったなら、黙っていたまえ」
「いいや! 宝玉が必要なら、A級ウィザードの僕に頼った方がいいっ。 ダンジョン攻略なら、僕たち雷雲の使徒より早い人間は存在しない! そもそも、君のランクとレベルは? 現場で会ったこともないが……」
彼は魔導器の盾をかかげて、俺をラーニングした。
「……なっ、レベル-1……!? 駆け出し以下の雑魚じゃないかっ!! レベル1以下なんてのは、聞いたこともないほどだぞっ!」
「君たちウィザードは皆、言うことが変わらんね」
木下の言葉をそう聞き流して、俺は足を止める。
「どうやら、ないようだ」
「なんの話だ?」
怪訝そうに木下が問う。
すると、蓮華が気がついたように言った。
「あ……シャドウトラップ、ですよね?」
彼女には一度見せたからな。ランクが低いからか、元々の素質ゆえか、ウィザードの常識に毒されていないのは助かる。
「そうだ。アレがあれば、最下層が近いのだが、影を使っていないのならば仕方がない」
足下に視線を向ける。
「最下層まで床をぶち抜くのだよ」
「ばっ……そんな馬鹿なことができるわけがないっ! ダンジョンの建材は、あの核兵器、有馬虚子の魔法にさえ耐えるっ! レベル-1で、おまけに魔力も-1! そんなもんじゃ、床に傷一つつけられないっ」
頭ごなしに木下が否定してくる。
「君たちは、いつも数字の話ばかりだ。もっと、魔法の情緒を考えたまえ」
床に手をかざし、俺は魔法陣を描く。
「あれ? ない……でも、ないわけ……」
ふと気になったといった風に、蓮華が言った。
「なにかね?」
「あ、えっと……蒼夜の魔導器って、どこにあるの? そのマント?」
蓮華が聞いてくる。
「ない」
「え? だって、魔導器がないと魔法は使えないはずじゃ……?」
「それは近代魔法だからだよ。精霊が宿った魔導器の力で魔力を集め、素早く撃ち出す。魔力出力こそ凄まじいが、魔法とは本来そんなデジタルで計るものではない」
淡い光が床から立ち上り始めた。
「魔法使いが語りかけるのは魔力ではなく、魔力になる前のマナ。それは自然の中に溶け込んでいる。己の身の魔力を高めれば高めるだけ、マナは離れていく。もっと静かに、己を無とし、そして外界との隔たりをなくす。そうなれば、全てのマナが己が手足となるだろう。その境地こそ、魔法の理合だ」
魔法陣に光が満ちた。
今、このダンジョンの地下一階から最下層まで、すべてのマナが俺の手中にある。
「【魔力分解】」
魔法物質である床が魔力に分解され、マナに戻っていく。
すべての階層の床が消滅していき、俺たちの体は落下した。
「……し……! 信じられないっ……!? 本当にダンジョンの床を……最下層まで、ぶち抜いたっていうのかっ……!?」
木下が驚愕の声を漏らす。
加速し続ける俺たちの視界に見えてきたのは、このダンジョンの主、凍てつく冷気を纏う長き体の大蛇、ギニアガロンズである。
「あ、あいつは……まずいっ……! あの大蛇の射程に入れば、問答無用で凍りつく――」
言葉の途中で冷気に覆われ、木下は足下から凍結されていく。
「くっ……遅かったか――!?」
彼は俺に視線を向け、目を丸くした。凍てつく冷気の真っ只中を、凍らずに突き進んでいるからだ。
「なぜ……? ギニアガロンズの冷気は絶対零度のはず……!」
「どれほどの寒さであろうとも、魂の火を凍てつかせることはできないのだよ」
ギニアガロンズが纏う冷気を突き破り、俺は一直線にその頭部に突っ込んだ。
「邪魔だ。消え失せたまえ」
ギニアガロンズの体が千切れ飛び、一瞬にして消滅した。
最下層に着地した俺は、落ちてきた蓮華と木下を魔法で浮かせ、床に下ろす。ギニアガロンズを倒したことで、二人とも体の凍結は解けていた。
「……お、お前はいったい、なんなんだ……? A級ダンジョンのボスを一撃で倒すなんて……そんなことはS級ウィザードにも不可能だ……」
「魔法使いなのでね」
木下の疑問に短く答え、俺は魔石の鉱床へと歩いていく。
そこに、宝玉があった。
「これがあれば、モンスターが外に出ないようにできるの?」
後ろから、蓮華が聞いてきた。
「それは誤った解釈だよ」
「え? えと……じゃ、どうして……?」
「宝玉があるから、ダンジョンがあるのだ」
「な、に……?」
予想外の答えだったか、木下は驚いたように目を丸くしていた。
「そもそも、不思議に思わなかったかね? ダンジョンの最下層に必ず宝玉があり、それを主が守っていることに。ダンジョンに力を与えているのが宝玉だ。これがあるからダンジョンが存在し、モンスターが溢れ出てくる」
「い、いや、だが宝玉はウィザードのクラスアップに使用される。使用した後も、ダンジョンが消えることはないはず……」
木下がそう反論する。
「それは極めてデジタルな考え方だ。宝玉は使用されてなくなったわけではない。保管されるダンジョンを移し変えたにすぎない」
「保管されるダンジョン……?」
木下が眉根を寄せる。
「もしかして、それって……?」
「人体なのだよ。宝玉は人体をダンジョンと見なし、力を与えている。だから、C級ウィザードをB級ウィザードにクラスアップさせるという現象が起こる」
それが宝玉でクラスアップを行っても、ダンジョンが消えない理由だ。
人体に移動した宝玉は、元々のダンジョンにも力を与え続けているのである。
「つまり、この宝玉を消せば、モンスターも消える」
「その必要はない」
振り向けば、そこに一人のウィザードがいた。
「周防さんっ!」
木下が声をあげる。
彼が雷雲の使徒のマスター、神雷・周防晴人か。
「外に出たモンスターは粗方押さえた。外にもウィザードが待機している。どれだけ、モンスターが出てきても討伐可能だ。ダンジョンは貴重な資源、みだりに消せば社会全体の損害となるからね」
「【魔力分解】」
構わず俺は指先を伸ばし、宝玉を消滅させた。
「なっ……!?」
「やっぱり、こうなるか。レベル-1」
全身から魔力を放ちながら、周防は腰に下げた魔導器の剣を抜き放つ。
その切っ先をまっすぐ俺に向けた。
「ウィザード協定により、君を始末させてもらう」




