5話 結界
東京都新宿区。ウィザードタワー。
その巨大な高層ビルは、ウィザードたちを管理・統括するウィザード連盟の本拠地である。
現在、最上階に位置する司令室にはS級ウィザードが二人いた。
一人は核兵器こと、有馬虚子。
もう一人は神雷の異名を持つ青年、周防晴人である。
二人はモニターに映った映像を見ていた。
「これが最近、A級ダンジョンの宝玉を壊して回っているレベル-1か」
思考するように口元に手をやり、周防が言った。
「ええ。わたくしと遭遇したダンジョンから数えて、もう五つも宝玉を壊されました。三日で五つのダンジョンを攻略されたんですよ。信じられないペースですわ」
苦々しい表情を浮かべながらも、有馬が説明する。
「本当にレベル-1なのかい? これも、A級ダンジョンのボスを一撃じゃないか。三ツ目の巨人は耐久力が桁外れだ。S級ウィザードでも、討伐には時間がかかる」
映像には赤杖蒼夜、通称レベル-1の戦闘風景が流れていた。
「君ならいけるかい?」
「……いえ。核属性魔法でも、三発は必要です……」
何度見ても、有馬にはレベル-1のしていることが理解できなかった。
「なんの魔法なんだろうね、これは? 巨人が分解されているようにも見える。わかっているのは、これが核属性魔法よりも威力があるということだ」
モニターに映る蒼夜の魔法を見ながら、周防は思考に没入していく。
「だけど、一つ弱点を見つけた」
「本当ですかっ?」
驚いたように有馬が聞く。
「次にレベル-1が現れれば、僕が捕らえるよ」
そう周防は自信を覗かせる。
と、その時、ウィザードタワーに警報が鳴り響いた。赤いランプが明滅を繰り返す。
司令室の職員が言った。
「ごっ、ご報告します! 中野区、練馬区、杉並区にモンスターが出現しました。付近のウィザードの報告によれば、A級と推定されます!」
「なにっ?」
モニタが切り替わり、地図の映像に変わった。モンスター出現箇所にマークがつけられている。
「原因はなんだ? モンスターはダンジョンから出られないはずだ」
「わかりませんっ! 想定外の事態のため、出現エリアの住人の避難も遅れていますっ」
「至急、付近のウィザードを向かわせてくださいっ! わたくしは中野に行きますわっ!」
素早く有馬が指示を出す。
「では、僕は練馬だ。有馬」
周防は言った。
「モンスターはダンジョンから出てきたと考えるのが自然だ。恐らく、入り口の結界が消失してしまったのだろう。それを見つけなければ、モンスターは無限に湧いてくるぞ」
こくり、と有馬はうなずく。
「モンスターの討伐と合わせて、捜しますわ」
◇
その数分前――
俺は六つ目の宝玉を破壊するべく、次のダンジョンに向かっていた。
場所は練馬区だ。
「あー、見つけたぁっ! やほー、蒼夜、久しぶりっ」
元気良く俺に手を振ってきたのは、一つ目のダンジョンで出会ったポニーテールの高校生、紀野蓮華である。
「蓮華か。なにか用か?」
「うん! あのね、私、S級ウィザードになりたいんだよね。だから、蒼夜に魔法を教えてもらおうと思って」
「補助輪の使い方なら、ウィザードに聞くのだな。デジタル評価なら、俺はランク外でね」
「ランク外でも、こないだのダンジョンじゃ、蒼夜が一番魔法に詳しかったでしょ。それに習うんなら、強い人がいいんだ」
「お前はデジタルではないな」
「え?」
きょとんとした顔で蓮華は俺を見返した。
彼女の瞳を指さし、こう言った。
「その目で見て覚えたまえ。見込みがあるなら、弟子にしてやるのだよ」
「ほんとっ! ありがとうっ!」
嬉しそうにぴょんぴょん跳ねて、蓮華は俺の後についてくる。
「もっとも、魔法使いの弟子というのは長生きできないことが多い。見込みがない方が幸せだとは思うがね」
「えー、脅さないでよぉ。怖いなぁ」
蓮華はあまり本気にしていないようだ。
まあ、言葉で言ってわかることでもないか。
「それでそれで? 今日はなにかするの?」
「目的はこの先にあるA級ダンジョンだ」
しばらく歩けば、ダンジョンの入り口が見えてきた。
その前に六人のウィザードが待機している。
「あの人たち、ギルド『雷雲の使徒』だよ」
ウィザードたちの姿を見て蓮華が教えてくれる。
「有名なのか?」
「うん。S級ウィザード、神雷・周防晴人が作ったギルドだよ。A級ダンジョン攻略数が年間最多のトップギルド」
すると、こちらに気がついたか、ウィザードの一人が視線を向けてきた。
上背があり、筋骨隆々とした肉体の持ち主だ。
俺は好かんな。魔法使いの体つきではない。
「お前たち、ウィザードだな?」
「はい」
と、蓮華が答えた。
「このダンジョンは、先発隊も後発隊も雷雲の使徒が担当ギルドだ。悪いがうちのルールで部外者の参加は認めていない」
「お前が周防晴人か?」
俺が問うと、その男は訝しむような表情を見せた。
「いや。俺は副マスターの木下真吾だ。うちのマスターは、このダンジョン攻略には参加しない」
「木下。一度しか言わないから、よく聞くのだよ。今すぐ俺をダンジョンの中に入れろ。さもなくば、モンスターが外に出てくることになる」
「だそうだ」
木下が振り返ると、仲間が肩をすくめる。
「どこの素人か知らないが、嘘をつくにしてももっとマシな嘘をついてくれ。ダンジョンの入り口には恒常的に結界が張られている。だから、モンスターが外に出ることは絶対にない。現にダンジョン発生後からこの10年間、モンスターがダンジョンの外に出たことなど一度も――」
瞬間、周囲の気温が急激に下がり、魔力が溢れかえった。
「う、うわああああああああああああああああぁぁぁぁぁっっっ!!!」
悲鳴が聞こえ、木下はすぐさまそちらに視線を向けた。
モンスターだ。冷気を放つ巨大な虎、氷虎がウィザードの一人を口にくわえていた。
一体だけではない。何体もの氷虎がダンジョンからわらわらと出てきている。
「なっ!? そんな馬鹿なっ!? モンスターがダンジョンから出てくるなど、絶対にあり得ないっ!?」
目の前の光景が信じられないとばかりに木下が声を上げた。
「10年程度の知識で魔法を語るから、そのような勘違いをするのだよ」
「……なぜ……わかったんだ? お前はいったい何者だっ?」
俺はダンジョンの入り口に向かって魔法陣を描く。
「【聖絨毯】」
俺の足下から、赤い絨毯が伸びていき、ダンジョンの入り口に届く。
氷虎どもはその聖なる光に弾かれ、絨毯の中に入ることができない。
「では、行くのだよ、蓮華」
「う、うんっ」
若干戸惑いながらも、蓮華は俺の後についてくる。
「待てっ! このダンジョンの攻略権利は雷雲の使徒にあるっ!」
「そんな場合かね? モンスターが街に溢れているぞ?」
「くっ」
木下が迷った隙に、俺はダンジョンの中に入っていく。
彼は周囲を見回し、仲間たちに言った。
「ウィザード連盟に報告しろっ。マスターも司令部にいる。モンスターどもを討伐しつつ、時間を稼げっ。僕は中に入った奴から、事情を聞き出してくるっ」
それだけ言うと、俺の後を追って木下もダンジョンに入ってきたのだった。




