10話 空の塔
一〇日後――
S級ウィザード、核兵器・有馬虚子は清澄庭園に発生したA級ダンジョンの攻略を終えたところだった。
手には回収してきた宝玉がある。ウィザード連盟を通じて、研究してもらう手筈となっていた。
力に溺れたウィザードが宝玉の力でダンジョンと化す。彼女が出会った魔法使い、赤杖蒼夜の言葉である。目の前でそれを見ていなければ、彼女にとっても半信半疑だっただろう。
だが、知ってしまった以上は行動を起こさなければならない。それが責務だと思った。
S級ウィザードの進言は連盟内でも強い影響力を持つ。有力ギルドのマスターだった周防晴人がダンジョン化した事実も大きい。しかし、だからといって、手順が必要なのはどこの業界も同じである。
宝玉を使えば、ダンジョンが増える。そして、ダンジョンがただの資源ではなく、危険な物だとウィザード業界に広めるには、ウィザードの力でその根拠を確立する必要があるのだ。
そして今のところ、大きな進展はなかった。
彼女は隅田川大橋の欄干にもたれかかりながら、ぼんやりと川の流れを眺めていた。
「地道に進めるしか、ありませんわね」
呟いたその瞬間、ドゴゴォォッと地割れのような音が鳴り響いた。
次第にガタガタと大地が激しく揺れ始める。
「地震……?」
いや、違う、と虚子は咄嗟に判断した。強い魔力が辺りに溢れ返っているのだ。
「……なんなのですか、これは……? A級ダンジョンよりも、強大な魔力が……」
虚子の目の前に映るのは、清洲橋。そして、その奥には世界で最も高いタワー、地上634mの電波塔、東京スカイツリーがある。
光っていた。太陽の光よりもなお強く、スカイツリーが輝きを放つ。
それは魔力の光である。
次の瞬間、ゆっくりとスカイツリーが動いた。
虚子は目の錯覚かと思った。だが、やはり確実に動いている。スカイツリーが上昇しているのだ。
一際大きく、地響きがした。虚子は目を丸くする。大地ごと深く抉りとって、スカイツリーが空に浮かび上がっていくのだ。
それはあたかも浮遊大陸にそびえ立つ塔のようだった。
虚子のスマホが鳴る。すぐに彼女は通話に出た。
「有馬です」
発信元はウィザードタワーの司令室からだ。
「S級ウィザードに緊急招集がかかりました。ダンジョン外にいるウィザードは、至急ウィザードタワーにお戻りください、とのことです」
司令室のオペレーターはそう伝達した。
「スカイツリーの件ですか?」
「そうです」
「わかりました」
通話を切ると、虚子は新宿区にあるウィザードタワーへ向かった。
◇
まったく。
しばらく楽をできるかと思ったのだが、想像以上に面倒くさい事態になった。
突如、東京上空に浮かび上がった浮遊大陸とスカイツリー。S級ウィザードたちによる調査の結果、浮遊大陸の最下部に扉が一つ確認された。
また魔法の仕掛けが施されており、その中へ入るためには四人一組でなければならないことが判明する。
そして、扉の向こう側からは宝玉の魔力が感じられたという。
ウィザード連盟は、これを史上初のS級ダンジョンと認定し、名称をスカイツリーダンジョンとした。
これを攻略できるのはA級ギルドマスターを含む同ギルドメンバー四名という条件がつけられた。
その一週間後のことだ。
ウィザードタワーの職員に案内された試験会場で、俺は聞き覚えのある声を耳にした。
「納得できませんっ! 会長っ」
声を荒らげたのは有馬である。
「何度も話しましたでしょうっ。宝玉は危険なのです! その上、スカイツリーダンジョンはわからないことが多すぎますっ。もっと慎重に調査を重ねるべきですわっ!!」
「わしも何度も言ったはずじゃ」
有馬と話をしているのは和服を着た老人である。ウィザード連盟の会長なのだろう。
「ダンジョンは我々にとって貴重な資源じゃ。ぬしの報告には目を通した。一定の危険性は認めよう。じゃが、我々には10年の歳月で培ったダンジョン攻略のノウハウと、優秀なウィザードがいる。なんら恐るるに足らんよ」
「しかし、あまりに未知のダンジョンですから」
「だから、攻略するギルドを広く募集しているのじゃろうが。いいから、ぬしもとっとと自分の役目を果たせ」
と、会長は視線を移す。そこに俺を含め、受験者たちの集団がいた。
「そら、もう学科試験は終わったようじゃぞ」
そう言い捨て、会長は室内から出て行った。
はあ、とため息をつき、有馬は受験者たちの集団に入ってきた。しかし、ウィザードの仕組みはわからんね。
「君はS級ウィザードではなかったのかね?」
隣に行き、そう話しかけた。
有馬は驚いたようにばっと顔を上げると、俺を見て、大きく口を開けた。
「れ、れ……レベル-1……っ」
「なぜ今更A級ギルドマスター試験など受けるんだ?」
「S級は個人のウィザードランクですから、ギルドマスターの試験とは違います」
なるほど。よくわからん。ウィザードの社会はややこしい。
「それより、どうしてあなたが……?」
「聞くまでもなかろう。君と目的は同じなのだよ」
それを聞き、有馬ははっとする。
「スカイツリーダンジョンですか……!?」
「君の見立て通り、あれは危険な代物だよ」
「……いえ、なにもわかっていないのですが……どう危険なんですか……?」
恐る恐るといった風に有馬が聞いてくる。
「下手を打てば、東京は壊滅だろうね」
「…………………壊……滅? ちょ、ちょっとお待ちになって……それはどういう……?」
「来たぞ」
俺が顔を向けると、試験会場に入ってきたのは短い髭を整えた中年男性だった。
「よう。俺がA級ギルドマスター試験を担当する試験官、S級ウィザードの荒瀬半蔵だ。よろしく頼むわ」
荒瀬は砕けた挨拶をする。
「早速だが、パーティ分けを行う。入ってこい」
試験会場に通されたのは、C級、B級、A級ウィザードたちだ。
その中に紀野蓮華の姿を見つけると、彼女は飼い犬が尻尾を振るように、「やっほーっ」と俺に手を振ってくる。
「こいつらは集団戦ランク認定を受けるC級からA級のウィザードたちだ。A級ギルドマスター試験を受ける受験者は、こいつらの三名と四人一組のパーティを組み、集団戦を行ってもらう」
荒瀬が試験内容を説明していく。
つまり、集団戦ランク認定とA級ギルドマスター試験が同時に行われるというわけか。
「ただし、マスターを選ぶのはパーティメンバーの方だ。与えられる情報は一つ、学科試験の結果だ」
パチンッと荒瀬が指を鳴らすと、モニターに学科試験の結果が映し出される。
一位 498点 森熊大地
二位 412点 角田有言
三位 376点 雨宮みのり
(中略)
最下位 14点 赤杖蒼夜
「えっ……? 14……」
マジマジと有馬は俺を見た。
正直、失礼な視線と言わざるを得ない。
「もっとがっかりしたまえよ。君たちの試験問題がそれだけ間違っていたという証明なのだからね」
ムッと唇を引き結び、ジトッと有馬が横目で睨んでくる。どうやら、それはそれで不服らしい。
やがて、ざわざわと集団戦ランク認定の受験者たちが騒ぎ始めた。
「一位がぶっちぎりなのはそうだけど、最下位の赤杖って奴は点数が低すぎないか?」
「記念受験じゃねえの。A級の実力はないと見たね」
「赤杖だけは無しだな。ランク認定に合格したかったら、三位以上か、あるいは実技の実力が抜きん出ている奴を選ぶしかない」
ウィザードというのは、どいつもこいつも見る目がない。
「ようし、目星はついたな。パーティが四人以上になるなら、選ぶのはマスターだ。んじゃ、パーティ分け開始ぃっ!」
一切にウィザードたちが、マスターのもとに群がり始める。人気なのはやはり、学科一位、二位、三位の者たちだ。
この分なら、彼らはA級ウィザード三人をメンバーにつけることができるだろう。
「あーあ。みんな、見る目がないなぁ」
当たり前のように俺のもとへ来たのは蓮華だ。
「絶対、蒼夜が一番いいでしょっ」
彼女は人懐っこい笑みを覗かせる。
「それはそうだが、合格するとは限らんね」
「えー? なんでぇ? 試験官が思ったよりバカかもってこと?」
クハッと思わず笑い声が漏れた。
「な、なんで笑うのっ!?」
「いやいや、その通りだと思ったのでね。しかし、おかしなことがあるものだ」
「ん?」
ずいと俺に接近し、蓮華は不思議そうな顔を向けてくる。
「有馬はS級ウィザードだろう? 学科が免除で点数は出ていないが、顔は知られている。彼女のもとに人が集まらないのは不自然だ」
有馬は一人、ぽつんと立っている。
「あー、そだね。なんでかな?」
軽く答えた蓮華の魔力が一瞬、揺れた。それを見逃さず、俺は彼女の目をじっと覗き込む。
負けじと彼女は大きな瞳でじっと見つめ返してきた。
「魔力が泳いでいるね」
「な、なんのこと?」
「嘘が下手だということだ」
俺はざっとこの場にいるウィザードの人数を数える。
A級ギルドマスター試験の受験者が一一人。
C級ウィザード七人。
B級ウィザード一三人。
A級ウィザード九人。
合計四〇人。つまり、マスター受験者一一人に対して、ウィザードが三人足りないのだ。
つまり、このA級ギルドマスター試験の出題者の意図とは――
「有馬」
俺は一人立っている彼女に声をかけた。
「マスターを決めかねているなら、俺を選びたまえ」
すると、嫋やかに彼女は微笑んだ。
「あなたなら気がつかれると思いましたわ。お言葉に甘えて、S級ウィザード有馬虚子は、赤杖蒼夜をマスターに選びます」
それを聞き、他のギルドマスター受験者たちがどよめいた。
「なっ……有馬虚子が……!?」
「いえ、彼女はそもそも、ギルドマスター受験者じゃなかったんですか……?」
「クソッ……! そういうことか……! 有馬虚子は試験官が仕込んだ問題の一つだったんだ!」
気がついたのは学科一位の森熊大地だ。
「彼女はあたかもA級ギルドマスター受験者のように振る舞っているが、実際はパーティメンバー側で唯一のS級ウィザード。本来なら、集団戦ランク認定の受験者はS級ウィザードの彼女をマスターにしたいと思うのが自然だ。にもかかわらず、誰も選ばなかったということは、彼らにだけ彼女はマスターではないと説明があったんだろう」
そして、それを口にしてはならないと釘を刺されていたから蓮華は嘘をついた。
そこに気がつけるかどうかが、このパーティ分けに隠された一つの出題だったのだ。
見事、正解すればS級ウィザードがメンバーになり、その後の試験が楽になるというわけだ。
それにしても、だ。
「こういうデジタルな思考はウィザード諸君の得意分野だと思ったのだがね」




