3話 宝玉
魔法のつながりを辿り、俺たちは上手く炎竜の影に移動していた。
目の前には巨大な炎竜の背中が見えている。
「た、隊長っ! なにかが炎竜の足下に!? あれは……ひ、人ですっ! ウィザードですっ!!」
少し離れた位置で、炎竜と向かい合っているのは五人のウィザードだ。
先頭に立っているのは、赤髪の令嬢。エリート然とした雰囲気を醸しながら、命令するように声を飛ばした。
「どなたか存じませんが、ウィザードなら自力でなんとかなさい」
彼女が先発隊の隊長、有馬だろう。彼女は右手の中指を、炎竜に向ける。白銀の指輪がはめられていた。魔導器だ。
「【紅蓮炎輝線】」
魔導器が魔法陣を描く。放出されたのは紅蓮のレーザーだ。それが炎竜の喉元に直撃する。ジジジジジと激しい火花を立てながら、その竜鱗を削っていた。
「はっ、離れようぜっ! ここじゃ、邪魔になるっ!」
そう言いながら、杉浦は走っていく。だが、俺がついてきていないことに気がつき、驚いたように振り返った。
「おいっ! 聞いてたかっ! なにしてるんだっ!?」
「距離をとる必要はないのだよ。近い方が倒しやすいのでね」
すると、目を剥いて杉浦は怒鳴ってきた。
「お前、見てわからないのかよっ!? 相手は竜だぞ! まずは竜鱗を剥がさなきゃ、どうにもなんねえっ! 接近戦なんて、あの巨体に押し潰された終わりだっ!!」
杉浦が言っている間にも、炎竜はその尻尾を鞭のようにしならせ、俺にぶち当てた。
「蒼夜っ!!」
蓮華が叫ぶ。彼女の顔が恐怖に染まっていく。
「軽い」
と、俺はその尻尾を片手で受け止めていた。
「はあっ!? んな、馬鹿なっ……!?」
「魔法生物を相手に、つくづくデジタルな表現だ。この竜の目方はざっと100トン。だが、俺が背負う赤杖家の伝統は――」
ふわりと飛び上がり、俺は炎竜の頭に乗った。
「1000年だ!」
ドゴオオオオオオオオオォォォォンッ、と炎竜は俺の重みに押し潰された。
ダンジョンの石畳に亀裂が走り、その顔面がめり込んでいる。
「100トンと1000年、どちらが重いかを考える。これが魔法の風情というものだよ」
「な……なんでしょう、あれは……?」
有馬隊のウィザードが、踏みつけられている炎竜を見て、戸惑った声を上げている。彼らも本物の魔法を見たことがないのだろう。この状況を瞬時には理解できない様子だ。
「重力魔法でしょうか? 竜の体が押さえつけられているような……?」
「状況はわかりませんが、今の内に竜鱗を全て剥がします!」
有馬は【紅蓮炎輝線】を撃ち放ち、竜の喉元を削っていく。
先程と寸分違わず同じ場所に当てているのか。S級というだけのことはある。
しかしだ。
「竜燐は1000年の歴史の重みに耐えられるようにできていない」
ズゴオオォォンッと更に炎竜が押さえつけられ、床の石畳に埋め込まれた。ピクピクとその体を痙攣させるばかりで、動くことはできない。
どうやら、自分より重たいものへの耐性が今ひとつだったようだ。
「炎竜が……完全に沈黙しています……HP0。討伐完了です……」
なにが起きたかわからないといった風に、ウィザードの一人がそう報告する。
「有馬隊長の【紅蓮炎輝線】が、急所を捉えたのでしょうか?」
「いいえ。喉元の竜燐を剥がしたばかりで、まだ攻撃は通っていませんでした」
そう有馬は言った。
鋭い視線で彼女は俺を睨んでいる。
「あ、あの~、これ、蒼夜が倒しちゃったの?」
蓮華がそう声をかけてくる。
「しかし、反省をしている」
「なにが?」
「もっと情緒のある倒し方があったかもしれないのだよ」
「え? 情緒っ? 倒せればなんでもいいんじゃないのっ?」
「ウィザードは即物的だ。それは魔法の考え方ではない」
俺は踵を返すと、部屋の奥にある魔石の鉱床に目をつける。そこに、一際輝く光の石が浮かんでいた。
「これって……?」
「宝玉だ」
「ウィザードの潜在能力を引き出すんだよね? しかも、一個売れば、億万長者になれるんでしょっ!」
目を輝かせて彼女は拳を握る。
「デジタルな価値観だ」
そう答え、俺は宝玉に手を伸ばす。
「待ちなさい」
俺を制止するように言ったのは、S級ウィザードの有馬である。
咎めるように彼女は言った。
「宝玉の所有権は先発隊にありますよ。横取りを認めるようなことになれば、ウィザード業界の秩序が乱れます」
「炎竜を倒したのは俺だ。それで言うなら、横取りは君ではないか?」
苛立ちを覗かせながら、有馬は答える。
「あなたが来なければ、わたくしが倒していましたよ」
「倒していたかもしれない。負けていたかもしれない。だとすれば、俺は命の恩人になってしまうか。礼なら、宝玉で構わないのだよ」
ギリッと有馬は奥歯を噛んだ。
「あなた、わたくしを煽っているんですか?」
「君が先に言い出したのだよ。俺が来なければ、と。仮定の話に、仮定で応じただけで怒るとは、特権意識の塊だ」
ギロリ、と有馬は俺を睨む。
「そもそも、あなたは誰ですか? 後発隊の隊長は杉浦でしょう?」
「す、すみませんっ、有馬さんっ!!」
血相を変えて、杉浦がこちらへ走ってきた。
「こいつ、ウィザードに成り立ての素人なんでっ! よくわかってないんですっ! 俺がよく言って聞かせるんで!」
よくわからん言葉を吐く奴だな。
「宝玉の所有権はどうなさるんですか?」
「勿論、有馬さんにお譲りしますよ。有馬さんのものです」
そう言って、杉浦は宝玉を手にすると、直角にお辞儀をしながら有馬に差し出す。
はあ、と彼女はため息をついた。
「ちゃんと言っておいてちょうだいね」
有馬が宝玉を受け取ろうとする。
まあ、こいつらが勝手に話を進めるのならば、俺もそうさせてもらうか。
「【魔力分解】」
人差し指を一本伸ばす。有馬が受け取る前に宝玉は木っ端微塵に砕け散った。
「は?」
「え……?」
その場にいた誰もが驚愕の表情を浮かべていた。
「な、なにしてんだぁっ!? てめえはぁっ!?」
「目的は果たした。君たちにもう用はない」
「はっ? お、おいっ」
杉浦を無視し、俺はもう歩き始めていた。
「止まりなさい」
俺は足を止めた。振り向けば、有馬が中指を伸ばし、魔導器の指輪に魔力を集中していた。
「なぜ宝玉を破壊したのですか? 理由を説明なさい」
「では先に答えるのだよ」
柳眉を逆立てる彼女に、俺は問うた。
「なぜ宝玉が作られた?」




