2話 無敵属性
威嚇してくる影の竜の後ろには、宝箱が置いてある。中身が欲しければ倒してみろと言わんばかりだ。
「影のモンスターと宝箱……これって、シャドウトラップ?」
室内の状況を一目見て、蓮華はそう言った。
「トラップ? そうは見えないのだよ」
俺はまっすぐ影の竜へ向かっていく。
「ま、待て待てっ!」
血相を変えて走ってきたのは杉浦だ。彼は引き留めるように俺の腕をつかんだ。
「なにをしてるんだっ!? シャドウトラップには手を出さないってのが、ダンジョン攻略の定石だろうがっ!!!」
血管がはち切れるんじゃないかという勢いで杉浦が俺を怒鳴りつけてくる。
どうやらウィザードにとっては大事のようだ。
「よくわからないな。なんの話をしているんだ?」
「知らねえのかよ……ド素人がっ! いいか、あの影の竜には無敵属性が付与されてるんだよっ!! どんな攻撃でも傷一つつかねえし、それどころか攻撃した瞬間に周囲の壁が動いてこの部屋から出られなくなる。室内のトラップが発動して、なぶり殺しにされるぞっ!! わかったらとっとと引き返――」
杉浦の手が空を切った。
「な……えっ……? あれっ?」
俺の手首をしっかりとつかんでいたと思っていたのだろう。俺がそのまま、影の竜のもとへ歩いていくのを見て、彼は叫んだ。
「や、やめろぉぉぉぉぉっっっ!!!」
「【全光照灯】」
杉浦が絶望的な表情を浮かべる。
俺が放った【全光照灯】は室内全体を光で満たす。一瞬にして、影の竜は消え去った。
「な……はぁっ……!? 嘘……だろ……今の光に、S級魔法以上の威力があるってのか……?」
はあ、と俺はため息をつき、肩をすくめた。
まるでわかっていない。それどころか、はっきり言ってセンスがない。
「答えを目の当たりにして、なぜ威力なのだよ?」
「な……なにが言いてえんだ、てめえはっ!?」
その上、教えを請う勤勉さもないときたか。
これだから、ウィザードは。
「どういうことっ? シャドウトラップは無敵属性なのに、なんで消えたの?」
男の方に比べ、蓮華はまだ見込みがあるようだな。
「考えてもみたまえよ。そもそも、さっきなに属性と言った?」
「無敵属性のこと?」
「そう、無敵だ。無敵。くくくく、馬鹿かね。無敵などこの世にあるかい? それはゲームの世界であって、現実的な魔法とは言えないね」
「だけど、実際に……」
「実際には? 違っただろう?」
「う、うん。でも、どうやって……?」
俺は蓮華の影を指さす。
「どれだけの力で殴っても影は消えないだろう。ではどうするのだ?」
「……光を当てればいいけど……でも、この部屋は最初から明るいんだし……魔法の影だから消えないはずで……」
「そこが要点だ。この部屋は実は明るくはなくてね」
「え?」
パチンッと指を鳴らす。
すると、室内が真っ暗になった。
「わっ!」
「おっ、おいっ! なんだ、急に真っ暗になったぞっ!」
怯えるような杉浦の声が響く。
「【全光照灯】」
天井に光源が出現し、部屋が照らし出される。
「ついたっ。あれ?」
蓮華は室内に置いてあった宝箱に注目する。その箱には魔法陣が描かれていた。
「……魔法陣は、なかったよね?」
「つまり、最初に見えていた明るい部屋は幻覚だったのだ」
「幻覚……?」
蓮華ははっとした。
「そっか! 暗い部屋を幻覚で明るく見せてたんだ! 全然困らないから、本当は暗いってことにも、幻覚にも気がつかなかったんだね」
「この影の魔法の用途は本来、偵察だ。術者は自分の影を動かすことで、遠くを知覚することができる。知らずに魔法で攻撃をすれば、その魔力を利用され、反撃されていた。極めて、基礎的な影魔法の運用。それが、お前たちウィザードが無敵属性と大層な評価をしていたシャドウトラップの正体だ」
魔法の常識すら知らない連中が、突如として魔法を使えるようになったから、このようなことが起こる。
ぐうの音も出ないといった顔で、杉浦は俺を見ていた。
「そんなにダンジョンに詳しいのに、蒼夜はどうして後発隊なの?」
「後発隊とはなにかね?」
「あー、それは知らないんだ。えっとね、ダンジョン攻略は先発隊と後発隊に分かれるのね。先発隊はダンジョンのボスを倒して、魔石とか、A級ダンジョンだったら、宝玉を回収するのがお仕事。後発隊は後から入っていって、先発隊が取りこぼしたモンスターを倒したり、見落とした宝物を手に入れるのがお仕事」
蓮華が丁寧に説明してくれる。
ウィザードの仕事には、俺はあまり詳しくない。
「俺の目的は宝玉だ」
「そうなんだ。じゃ、違うダンジョンに行った方がいいかも? 私、探すのに協力しよっか?」
「それには及ばないのだよ。先程の影の魔法はダンジョンの主のものだ。つまり、まだ討伐されていない。宝玉は誰の手にも渡っていないということになる」
「お、おいっ! ちょっとシャドウトラップに詳しいぐらいで、ふざけたことを言うなっ! 後発隊が宝玉を回収するのは完全にルール違反だ!」
意気消沈していた杉浦が、突然口を挟んできた。
「そうなのか? では、ルール違反にならない方法は?」
「は……? い、いや、それはルール違反じゃないからって、なんでもしていいってわけじゃないんだから。先発隊の隊長はS級ウィザードだ! しかも、あの核兵器って呼ばれてる有馬さんだぞっ! 目をつけられたら、ウィザード業界じゃもう生きていけないって!」
要領を得ない回答だな。
俺にはあまり関係がないことばかりだ。
「構わないのだよ」
「いやっ! いやいやいやっ! それに、有馬さんたちはもうボスの部屋に着いてる頃だろうから、今から追いかけたんじゃ、絶対間に合わないってっ! ダンジョンの最下層まで行くには、どう考えたって一週間はかかるからなっ!」
「その考えがすでにデジタルなのだよ。ダンジョンの主の影はここにあった。それが消えれば、当然影は主のところへ戻るだろう。つまり、影があったこの場所と、その魔法陣が刻まれたこの宝箱、そしてダンジョンの主には、魔法的なつながりがある」
「はあ? わけのわからねえことを。頭イカれてんのかっ?」
「この程度の話もわからんかね? 魔法的には近いと言っているのだ」
俺は宝箱に手を触れて、魔法陣の上に重ねるように魔法陣を描く。
悪くない。いけそうだ。
「【魔手繰糸】」
魔法のつながりを辿り、糸をたぐり寄せるように、そのつながりをたぐり寄せる。
「つかんだ」
風景がぐにゃりと歪み、魔法的空間に様変わりする。それが再び現実空間に戻っていくと、俺たちの体は巨大な影の上にあった。
「なっ、う、うわぁぁぁぁっっ!!? な、なんでぇっ!!!?」
杉浦が恐怖と驚き、そして混乱が入り交じった悲鳴を上げた。
目の前にいるのは、このダンジョンの主、赤き炎竜である。
お読みくださり、ありがとうございます。
お楽しみいただけましたら、ブックマークや★の評価をいただけますと、すごく頑張れる気分になれます!




