1話 魔法使い
10年前、突如、世界中にダンジョンが発生した。
マナという超自然的なエネルギーに満ち、獰猛なモンスターが跋扈する迷宮。その中には従来の科学では説明できない不思議な力を宿す宝物がある。
同時に、ダンジョンの影響により人類は魔法に目覚めた。
精霊が宿った魔導器を操り、強力な魔法にてモンスターを倒すことのできる者たちを、ウィザードと呼んだ。
ウィザードたちはギルドという特別な会社に属し、ダンジョンを攻略することで生計を立てている。
――東京都杉並区。
住宅地が封鎖され、ウィザードたちが警備についていた。
A級ダンジョンが数時間前に活動を再開したのだ。
「あそこか」
ダンジョンの入り口――外観は地下道の入り口のようになっている――そこへ俺は歩いていく。
俺の名は赤杖蒼夜。ウィザードではない。ダンジョンが発生する以前より魔法を探求してきた、千年の歴史を誇る魔法使いの一族だ。
赤杖家はこれまで表舞台に立つことはなく、陰ながら魔法によって生じる大小様々な事件を解決してきた。人々が魔法の存在を知らなかったからだ。
だが、この10年で世界がガラッと変わってしまった。
「こんにちは」
俺に声かけてきたのは、高校生ぐらいの女の子だ。体にフィットした近代的な魔法使いの法衣を身につけている。ウィザードだろう。
俺は軽く会釈した。
「私、紀野蓮華です。それ、変わった法衣ですね。動きにくくないんですか?」
俺が身につけているのは由緒正しい魔法使いのマントだ。ウィザードからしてみれば、動きにくいだけで実用性がないように見えるのだろう。
俺に言わせれば、彼女の法衣の方がみっともないがね。
「魔法使いだからな」
「え?」
ポカンとしている彼女を置いて、俺は足早にダンジョンの入り口に向かう。
「よう、見ない顔だな」
入り口の前にいた体格の良い短髪の男が俺の前に立ちはだかった。
「俺が後発隊のリーダー、B級レベル27の杉浦健吾だ。隊に加わりたいのか?」
「世話になるつもりはない」
そう言って、入り口に入ろうとすると肩をつかまれた。
「おいおい、兄ちゃんさては素人だな。そこは普通に入ろうとしたら、死んじまうぜ」
杉浦はそう言って、石ころを拾う。
「見てな。そら」
石ころを放り投げる。すると、ダンジョンの入り口に魔力の結界が現れた。それに焼かれ、石ころは粉々に砕け散った。
「活動しているダンジョンは、入り口に常時結界が張り巡らされている。結界と同レベル以上の魔力をぶつけなきゃ、安全に通ることはできねえ」
杉浦の手に魔剣が現れる。彼はそれに魔力を纏わせ、振り下ろした。
「こんな風に、なっ!!」
ズバァッと結界は切断される。彼はそのままダンジョンの中に入っていき、こちらを振り向いた。
すると、すぐに結界が復元する。
「結界は壊しても、すぐに元通りになる。ダンジョンに入る資格は、結界の単独突破だ。ランクの高いダンジョンほど、結界は強くなる。まあ、要は自力で通れないようなら、中に入ったって死ぬだけってこった」
俺を素人だと判断し、杉浦は結界についてのレクチャーをした。
「あの、私、挑戦します」
紀野が杖を手にしている。彼女が精神を集中するように目を閉じると、先端の魔石に魔力が集っていく。魔法の前準備か。
一言で言えば、未熟だ。
「ラーニング」
杉浦が魔剣を寝かせ、紀野を見た。
「ふむ。C級レベル17か。能力値は大体平均だが、魔力は41と突出している。このステータスならばダンジョンでも、戦力になるだろう」
紀野の能力を杉浦がそう評価した。
次の瞬間――
「【炎魔火球】」
燃え盛る火球がダンジョンの結界を容易く打ち破り、その隙に彼女は入り口に入った。
またすぐに結界は元通りになる。
「兄ちゃんは帰んな。素人なんだろ? もっと低ランクから始めるんだな」
「いいや。魔法なら、18年学んだ」
「ぷっ!」
思わずといった風に、杉浦は吹きだした。
彼はおかしくてたまらないといった風に腹を抱えて笑い出す。
「どわはははははっっっ! あのなぁ、兄ちゃん、ダンジョンが発生してから、まだ10年しか経ってねえんだよ。つまり、ウィザードは大ベテランでもキャリア10年なんだよ。10年。算数できるか? そんな知識じゃ、どうせレベル1か2ってところだろ?」
杉浦は再びラーニングを使い、今度は俺のステータスを見た。
「は? なんだこりゃ……?」
彼は眉根を寄せ、腕で目を何度か擦る。
そうして、マジマジと魔法で出力されたステータスに目を凝らす。だが、数字は変わるはずもない。
「レベル-1だぁっ!? どうやったらマイナスになるんだよっ。つーか、魔力もマナも-1じゃねーかっ! こんなもん一般人以下だろうがっ! クッッソ雑魚じゃねえかっ!」
「-1か。近代魔法にはそう表示されるのだな。まったく風情がない」
俺が入り口に向かって歩き出すと、
「おいおいっ、待てよ、兄ちゃんっ! やめとけってっ! 死ぬぞっ!」
「【魔鍵】」
俺の手にマナの光が集い、鍵が出現した。その魔法、【魔鍵】はダンジョンの結界に光を放つ。
そのまま俺は歩いていき、結界を壊すことなく素通りした。
「はっ、はあぁっ!!? どっ、どういうことだよっ!!?」
驚愕の表情で、杉浦は声を上げた。
「ランク外のレベル-1がA級ダンジョンに入れるわけが……いや、そもそも、結界が壊れていないって、なんでだ? あり得ない……S級ウィザードだって、結界を壊さずに入るなんて不可能なはず……」
「これだから、ウィザードはデジタルなのだよ。君たちの近代魔法は魔力が強いか弱いか、0か1かの力比べしかない。魔法にはもっと情緒が必要だ」
意味がわからないといった風にポカンとする杉浦。俺は気にとめず、ダンジョンの奥へ進むこととする。
放っておいてはいけないと思ったのか、慌てて杉浦が追いかけてきた。
「お、おいっ……だから、勝手に……」
「魔法使いさんは、なんていうお名前なんですか?」
小走りで俺に並んだ紀野が、そう声をかけてくる。
「赤杖蒼夜だ」
「じゃあさ、蒼夜でいい? 歳同じぐらいっぽいし。私も蓮華でいいよ」
友好的なのだな。珍しいことだ。
「構わないよ」
「ねえねえ。蒼夜のさっきのって、どうなってるの? 結界をすり抜けたでしょ?」
「すり抜けたのではない。開けたのだ」
わからないといったように蓮華は首を捻る。
「開けた……?」
「君たちウィザードが魔法結界だと思っていたものは、施錠された魔法の扉だったのだ。ならば、解錠すれば扉が行く手を妨げることはない」
「なにそれっ。魔法の扉を開けるっ? そんなことできるのっ?」
興奮したように彼女は言った。好奇心が強いタイプのようだ。
「それが本来の魔法なのだよ」
俺は立ち止まった。
広大な部屋の中に現れたのは、立体的な影の竜である。そいつが臨戦態勢とばかりに耳を劈くような咆吼を上げた。
お読みくださり、ありがとうございます。
お楽しみいただけましたら、ブックマークや★の評価をいただけますと、すごく頑張れる気分になれます!




