18話 憧れ
赤杖無道は俺を見下すように笑っている。
このダンジョンに魔法使いがいる理由など、どう考えても一つしかない。
「……あんたが、殺したのか?」
「滑稽だったぞ、蒼夜。両親を殺した張本人を、あろうことか当主に迎えるというのだからな」
俺の両親が亡くなり、赤杖家は没落の危機にあった。それを助けたのが、元々鷹司杖家の有力者だった無道だ。
鷹司杖と赤杖は懇意にしており、俺も朱理とは元々兄妹同然に育った。なぜなら、無道と俺の両親に交友があったからだ。
「父上と母上は、あんたのことを親友だと言っていた」
「その通りぞ。俺も同じように思っていた」
「ならば、なぜだ?」
暗い瞳で無道はじっと俺を見据えた。
「そうだな。ひとえに、親切心だ」
無道の言葉は理解し難かった。
「何年前だったか。俺はあやつらに話をもちかけた。不世出の天才、赤杖蒼夜がいれば、本家に成り変わって実権を握ることができる。【輝ノ月】を使い、我々こそが魔法使いの頂点に立つのだ、と」
堂々と無道は言った。それが魔法使いの正義だと信じて疑わぬように。
「だが、あやつらは断りおった。魔法使いの頂点になど興味がないと言ってな」
「だから、殺したのか?」
「いいや、魔法を使いの頂点を目指さぬ、魔法を極めようともせぬ者など、もはや魔法使いとして死んでいる。なんのことはない。あやつらは、最初から死んでおったのだ。ならば、せめて魔法の礎となるようにしてやったまでだ」
まるでそれが両親のためだったと言わんばかりの論調である。
「それもこれも、すべてそなたのためであるのだぞ、蒼夜」
「……どういう意味だ?」
「そなたは間違いなく魔法使いの王となる器ぞ。されど、魔法に殉ずることのできぬ両親の元では、真価を発揮することができん。さすれば、やがて朱理に抜かれることになったであろう!!」
熱に浮かされたように、無道は熱く語る。
「その境遇からこの俺が救ってやったのだ!!!」
「救った?」
冷めたように俺は問う。
それとは裏腹に、無道はますます熱くなる。
「そうだっ! このスカイツリーダンジョンはそなたの城だっ! 四大杖家でも、黒瞳でもない。赤杖蒼夜こそが魔法使いの頂点であることの象徴となるのだっ!!」
「勝手なことを言うものだね」
「勝手だとも。そなたが望む望まずにかかわらず、赤杖蒼夜は多くの魔法使いを狂わせ、従え、破滅へ導く。そなたを中心に争いは起き、そして魔法は成熟していく。それこそが、王の宿命ぞ」
「俺が願い下げだと言ったらどうするのだよ?」
「言ったはずぞ。望む望まずにかかわらず、と」
無道は魔法陣を描く。
するとそこに有馬、蓮華、荒瀬の三人が現れた。彼女たちは皆、残虐な処刑台――ギロチンに拘束されていた。
「すみません。捕まってしまいました……」
有馬が言った。ギロチンに拘束されている上、魔導器を奪われている。アレがなければウィザードは魔法を使えない。
「師匠っ! 東条師匠っ! これはどういうことですかっ!? なぜ俺を……!?」
そう荒瀬は無道に問い質す。
無道が東条泰然を名乗り、荒瀬の師匠として上手く操っていたのだろう。
「自分で考えることぞ。そんなこともできぬから、お前は半人前なのだ」
無道は冷たく言い放つ。
荒瀬は困惑するばかりだった。
「蒼夜」
蓮華がじっと俺を見つめてきた。
彼女の言わんとすることはわかっている。
「そなたが従わなければ、彼女たちの首を一人ずつ刎ね、【輝ノ月】の糧としようぞ」
なるほど。
スカイツリーダンジョンは俺の自由を奪うための罠だったか。四人でなければ入れないのも、人質が欲しかったからだ。
「さあ、改めて聞くぞ、蒼夜。俺のもとで、魔法使いの王となれ」
答えは一つしかない。
「断る」
「そうか」
パチン、と無道が指を鳴らす。
瞬間、荒瀬のギロチンの刃が勢いよく落下した。
「蓮華っ!」
「【炎魔火球】!」
蓮華の体を中心に膨れ上がった青い炎が、荒瀬のギロチンの刃を燃やし、灰に変えた。
「…………っ!? 魔導器は奪ったはず――」
一瞬、想定外の事態に無道が気をとられた瞬間、俺は奴の至近距離まで接近を果たしていた。
「俺の弟子なのでね。ウィザードだが、アレはなかなか筋を良い」
無道の体に触れ、俺は【魔力分解】を使う。このスカイツリーダンジョンを制御するために奴は宝玉を持っているはずだ。
それを破壊すれば、無道の計画は瓦解する。そう思ったが、【魔力分解】はなんの効果も発揮しなかった。宝玉がそこにないのだ。
「ぬあっ!!」
距離をとるように俺を蹴りつけ、無道は飛び退いた。
「まあよい。人質など、ほんの余興。したらば、見せてやろう。歳経た魔法使いの神髄を。そなたの気が変わるほどに、憧れる魔法ぞっ!!!」
無道を中心に球体の魔法陣が描かれる。
それが一気に広がっていくと、空間に絵を描くが如く、ダンジョンが夜空に変わっていく。
「【魔夜憧憬流星】」
空には幾千の星が瞬いた。
その一つ一つから、宝玉並みの魔力を感じる。
「俺はな、蒼夜。五三年間、ずっと憧れ続けていたのだ。魔法黎明期、古の魔法使い、魔法の礎を作った始祖たちに。手が届かぬと嘆き、それでも諦めきれず、ただひたすらにこの身を魔導に殉じてきた」
無道の頭上に溢れんばかりの星が輝く。
その星一つ一つが、彼の抱く、魔法への憧れなのだ。
「その結果がこれぞ。齢五〇にして、ようやく俺の憧れは星へと変わった。刮目し、恐れおののき、憧憬に至れっ! これが俺の生涯をかけた瞬きぞぉぉっ!!!!」
夜空から星が落ちてくる。
まるで世界の終わりを彷彿させるそんな光景だった。
その大魔法に対して、俺はまっすぐ指を伸ばす。
「【蹂躙】」
星の瞬きが止まった。
「……な、に……?」
先程まで眩しいぐらいに輝いていた空が、深い闇に閉ざされている。その奥で、爆発にも似た激しい音が何度も何度も繰り返し聞こえてくる。
「……なんだ、この音は……?」
「わからないかね?」
はっとしたように無道は俺を見た。
「君の星が砕け散っているのだ」
驚愕のあまり無道は目を丸くする。
「馬鹿な……! ありえんっ! 俺の生涯をかけた魔法ぞっ! いかにそなたに才があろうと、まだ二〇にも満たぬ若輩にどうこうできる領域ではないのだっ!!!」
無道は大きく手をあげて、空を見上げた。
「再び輝け、【魔夜憧憬流星】!!!」
夜空には巨大な丸い星が出現する。
鮮やかに輝くその球体に、次の瞬間亀裂が走った。
「いい加減、理解したまえよ」
星が砕け、その破片が落ちてくる。それは無道自身へと降り注いだ。
彼は驚愕のあまり、目を見開く。
「君が憧れている存在こそ、俺なのだ」
「うっ、うっ、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっ!!!」
グッシャアアアアァッと無道は星の破片に押し潰された。




