19話 伝統
辺りは夜空から、ダンジョンフロアに戻った。無道を押し潰していた星の破片も消えたが、傷が治るわけでもない。
奴はひれ伏すように石畳に倒れ込んでいた。かろうじて息がある。星の破片に潰される瞬間、全ての魔力を守りに費やしたのだろう。
最早、抵抗することは不可能だ。
「父上、母上。今、解放する」
この部屋に置かれた首全てに、俺は【魔力分解】を使った。それらは光になって分解されていき、全ての首が霧散した。
ここにあった首がスタークリスタル同様に【輝ノ月】を作り出している大元だったはずだ。なくなれば、もう【輝ノ月】を発動することはできない。
「……止まらぬ、ぞ……」
息も絶え絶えながら、無道がそんな言葉を絞り出す。
「そなたに【輝ノ月】を止めることは……でき、ない……もうまもなく……朱理の結界が消える……東京は壊滅、だ……」
「君の目的は俺を魔法使いの王にすることではなかったかね?」
俺は無道に言う。至極当然の結論を。
「君の経験が、俺の才能に及ばないことは理解したはずだ。俺は俺の力で魔法使いの王となる。つまり、君の目的は達成されたのだよ」
無道の想定の上をいったのだ。少なくとも、無道が手を出すよりは良いということは火を見るより明らかだ。
「なら、スカイツリーダンジョンも【輝ノ月】も役目を終えた。止めたまえ」
そう口にすると、無道は醜悪な笑みを覗かせた。
「いいや。蒼夜、そなたは俺には勝てん。引き分けだ。不世出の天才も、魔法に殉じた俺を止めることはできず、相打ちとなるのだっ!」
「……魔法使いの王はいいのかね?」
「フ、フフフ、死ぬのが怖いか、蒼夜。圧倒的な才能をもってしても、生涯をかけた俺の努力を上回ることはできなかったなぁっ……!!」
それは妄執といっていいほど、暗い感情だった。
「俺を侮ったことを後悔し、あの世への土産とするがいい。無道という、天才を止めた男がいたことを」
その時、ダンジョンにずっと満ちていた穏やかなマナの気配が消えた。朱理の結界が消失したのだ。
「さあっ! 結界が消えたぞっっ!! さらばだ、天才と呼ばれた魔法使い。そなたは我が人生で最強の敵だったっ!!!」
己の美学に陶酔しながら、無道は叫んだ。
「【輝ノ月】ッッッ!!!」
有馬は衝撃に備えるように目を閉じ、蓮華は目を丸くする。【輝ノ月】が放たれれば、その反動でダンジョンは崩壊する。中にいる者は決して無事にはすまない。
だが、スカイツリーダンジョンは沈黙していた。
「あれ……?」
静まりかえったダンジョンを、蓮華が見渡す。
「……なにも起こらない……ですね……」
不思議そうに有馬が呟く。
「……なぜ、だ……?」
無道からは疑問がこぼれ落ちていた。
「目星はつけていたのだよ。このスカイツリーダンジョンを制御していたのは、こいつだとね」
人差し指を伸ばす。その先にいるのは、S級ウィザードの荒瀬だった。
驚いたように有馬が言う。
「……荒瀬さん、が……?」
「荒瀬ではない。こいつはダンジョンゴーレムだ」
【魔力分解】を使えば、荒瀬の体が黒い石でできたダンジョンゴーレムに変化した後、光となって分解されていく。
すると、その内側から濃縮された宝玉が現れた。
そしてそれも【魔力分解】によって、光に分解されていく。
ガゴンッとフロアが揺れ、落下する感覚があった。スカイツリーダンジョンが落ち始めたのだ。
「最初に荒瀬にギロチンをかけようとした時に不審に思ってね。俺と荒瀬は接点が薄い。人質に使うなら蓮華か有馬だろう。つまり、荒瀬がいらないと思わせたかったのだ」
スカイツリーダンジョンを落とさせないため、【輝ノ月】を止められないために。
荒瀬がダンジョンゴーレムであることから、目をそらせようとした。俺がギロチンを防ぐことも織り込み済みだったのだろう。
「……それじゃ、本物の荒瀬さんは?」
有馬が問う。
「しばらくは本当に弟子だったのだろうね。彼のコンプレックスを上手く煽り、大量の宝玉を用いてダンジョン化させた。それがこのスカイツリーダンジョンだ」
倒れた無道の前まで俺は歩いていく。
「まだ他に言い残すことがあるかね」
奴は奥歯を噛み、顔面を強ばらせた。ふるふるとその顔が震えているのは悔しさなのか、悲しさなのか、俺にはわからない。
「では……それ、では……」
涙をこぼしながら、無道は言う。
「……才、能が……全てを上回るというのなら……魔法に殉じた俺の人生はいったい……なんだったというのだ……?」
すがるような問いだった。
魔法の礎となることが無道の生涯をかけた願いだ。しかし、彼の残した功績は全て、一人の天才の手によって塗り替えられる。
自分の全てが無駄であるかのように感じられたのだろう。
しかし――
「君が間違えたのはそこではないよ」
俺は答えた。
「俺を魔法使いの王にすることが君の目的ではなかった。君は君自身の魔法を世界に知らしめたかったのだ。にもかかわらず、自分自身に嘘をついてしまった」
足りない実力を欺瞞で塗りつぶし、目的を違えていたのだ。
「だから、君の望む場所には到達できなかった。君が間違えたのは才能がなかったからではない」
最早、反論する余地もなく、無道は黙りこくった。
俺は告げた。
「君が魔法に対して真摯でなかったからだ」
はっと息を呑む音が聞こえた。
とめどなく無道の瞳から涙がこぼれ落ち、がくがくと体を震わせる。がはっと無道は血を吐き出した。
先の傷は最早、致命傷なのだ。
その上生きたいという気力さえ、萎えてしまった。
「……確かにそなたは真摯だ……残酷なほどにね……」
そう口にした後、無道はがっくりと項垂れた。
二度と口を開くことはなかった。
次の瞬間、ドゴゴゴゴゴォォッとけたたましい音がして、スカイツリーダンジョンが激しく揺れた。
「な、なっ、なんですのっ……!?」
「着水したのだよ。宝玉を破壊する前に、スカイツリーダンジョンの落下地点を、海にしておいた」
「じゃあ……助かったんですか?」
「まだだ」
「え?」
「このダンジョンは深海に沈む。その前に出なければ危険なのだよ」
「先に言ってくださいっ! 行きましょうっ!」
有馬がそう口にして、いち早く走り出す。蓮華が追い、俺もその後を追った。
みるみる沈んでいくスカイツリーダンジョン。その頂点が海に沈んでしまうぎりぎり前に、俺たちは外へ飛び出した。
「蒼夜お兄様っ……!」
朱理の声が聞こえた。
ヘリコプターから救助用のはしごが投げ出され、俺たちはそれに捕まった。
ゆっくりとヘリコプターは上昇していく。
眼下に見えるのはスカイツリーダンジョンが完全に海に飲み込まれていく光景だ。
ふと、無道の言葉を思い出した。
――そなたが望む望まずにかかわらず、赤杖蒼夜は多くの魔法使いを狂わせ、従え、破滅へ導く。
そうなのかもしれない。
誰もが魔法と向き合うとき、己の業を突きつけられる。
圧倒的な魔法を前に、嫉妬も羨望も感じない者は最早、魔法使いとは呼べないだろう。
父も、母も、無道も、魔法に人生を狂わされた一人だ。そして、狂わせてしまった原因の一端は、俺にあったのかもしれない。
嘆くのではなく、憂うのではなく、だからこそ、それを心に刻み、礎としよう。
なぜならば、そうやって魔法は代々紡がれてきたのだから――




