16話 励起
「……殺された……? 蒼夜のお父さんとお母さんが……?」
震えた声で蓮華が言った。ウィザードはモンスターと戦うのが専門だ。人間同士が殺し合う状況に慣れていないのだろう。
「頭を吹き飛ばされたのだよ。そいつは赤杖家から【輝ノ月】の魔導書を盗み、そして、あのスカイツリーダンジョンを作ったのだ。推測だがね」
偶然というには、あまりに関連性が多い。最初からそれが狙いだったように思えてならないのだ。
「……それは、赤杖家に恨みを持っている人物の犯行ということですか?」
有馬が問う。
「恨まれる覚えないがね。人間というのは、なにがきっかけで恨みを抱くかわからないものだ」
「蒼夜は、お父さんとお母さんの仇を取りたいってこと?」
ストレートに蓮華が聞いてきた。
「月並みだが、そうだ。【輝ノ月】の発動を止めれば、そいつはまた次の手を打つ。スカイツリーダンジョンよりも、派手な一手を」
政略結婚、俺の両親の殺害、スカイツリーダンジョンの構築、犯人が打つ手はどんどん大胆になっている。
「正体に近づきやすくなるはずだ」
「……あなたが花嫁を迎えたというお話しも、四大杖家に伝わるでしょうからね」
有馬が言った。
「そういうことだ。赤杖家を潰したい連中にとっては、面倒な事態だろう」
「事情はわかりました。そういうことでしたら、協力いたしますわ」
「私もっ! 許せないもんっ!」
蓮華は犯人に怒りを燃やしている。
「それで次はどうなさるんですか?」
「やっぱり結婚式じゃないっ? えー、ウェディングドレスどうしよっかなぁ? こんなに早く着るって思ってなかったよー!」
「必要ない」
「あ、そうなんだ……」
がっかりしたように蓮華は肩を落とす。
「意外とその気だったのですね」
「ちっ、ち、違うよぉっ! ちょっとね、ちょっと着てみたかっただけっ! だって、女の子の憧れじゃんっ!」
「そうなのですか? わたくしは別に」
「えー? なんで? 虚子ってお金持ちっぽいのに変わってるね」
「……別に財産は関係ないですわ。わたくしが稼いだわけでもありませんし。それより、さっきの質問ですけども……?」
それた話を有馬は元に戻す。
「スカイツリーダンジョンを落とす。安全な場所にな。空になければ、【輝ノ月】は発動しない」
「あんな大きなダンジョン、どうやって落としますの?」
「アレは魔法で飛んでいる。外から落とすのは難しいが、中に入ればどうとでもなる」
落とすのは簡単だ。安全なところに持っていくのは少々骨が折れるがね。
スカイツリーダンジョンに入るためのライセンスは入手した。頭数も揃っている。
「了解ー。じゃ、いつ行く? 今から?」
「明日だ」
◇
翌日。墨田区。
蓮華、朱理とともに俺はスカイツリーダンジョンを見上げていた。
「あれ? そういえば、あそこまでどうやって行くの?」
スカイツリーダンジョンは上空にある。飛ばなければ中に入りようがない。
「こ、虚子さんが、準備するって言ってました……」
おどおどしながら、朱理が言う。
すると、ちょうど空気をかき混ぜる爆音が聞こえてきた。ヘリコプターである。
立ち入り禁止区画になっている駐車場にヘリコプターは着陸する。ドアが開き、有馬が顔を出した。
「乗ってください」
俺たちがヘリコプターに乗り込むと、すぐに上昇を始めた。次第にスカイツリーダンジョンの下部が見えてくる。
近づけば、浮遊大陸部分だけでも全体が見渡せないほどの巨大さである。
その最下層に見えているのは、中へ続く上り階段だ。
「そ、蒼夜お兄様……」
か細い声で朱理が言う。
「時間が……ないかもしれません……」
思ったよりもかなり早いな。
「有馬。スタークリスタルを見せてくれ」
俺がそう言うと、有馬はパイロットに指示を出し、ヘリコプターを更に上昇させた。
やがて、スカイツリー部分に取りつけられた巨大なスタークリスタルが姿を現した。
それをじっと見つめ、朱理は言った。
「……励起……しています……」
思わず奥歯を噛んだ。自分の表情が険しくなっていくのがわかった。
「励起って?」
蓮華が聞く。
「いつでも【輝ノ月】が発動可能な状態なのだよ」
つまり、いつ撃たれてもおかしくはない。そして撃つつもりがなければ、励起することはないだろう。魔力を消耗する以上、励起状態を長くは続けられないからだ。
「じゃ、じゃあ、すぐ止めに行かないとっ!」
「落ち着きたまえ。【輝ノ月】が撃たれれば、その莫大な魔力がスタークリスタル自体を崩壊させる。一体化しているダンジョンもただではすまないのだよ」
「それではスカイツリーダンジョンの中にいる時に【輝ノ月】が撃たれた場合……?」
嫌な予感がするといった風に有馬が聞いてくる。
「死ぬだろうね。あの中に入ってしまえば、防ぐのは難しい」
「……それじゃ、どうすれば……」
すると、朱理が手を伸ばす。指先から黄金の光が放たれたかと思えば、それはスカイツリーダンジョンを丸々包み込んだ。
「これって……?」
「結界……ですか?」
こくりと朱理はうなずいた。
「一五分なら、励起状態を押さえ込めます」
「朱理ちゃんっ、すごいっ! だって、東京を壊滅させる魔法なのにっ!?」
蓮華が朱理を褒め称える。
「……で、でも、その間、他のダンジョンの結界は維持できません……」
「え……?」
そう、日本にあるダンジョンの大半の結界を維持しているのは朱理だ。そのマナを全てかき集めても、【輝ノ月】を抑止できるのは一五分が限界なのだ。
「それじゃ、その間、他のダンジョンから……?」
「モンスターが出てきます」
この間の練馬区のダンジョンと同じことが、今度は日本中で起きることになる。
だが、そうでもしなければ今この瞬間にも【輝ノ月】で東京は壊滅していたかもしれない。
「朱理はここに残れ。行くぞ。とっととスカイツリーダンジョンを攻略する」
「うんっ!」
ヘリコプターは再び浮遊大陸最下層の階段にまで下降していく。ぎりぎり寄れるところまで寄ってもらうと、ドアを開け、その階段に一気に飛び降りた。




