13話 悲しみの炎
お父さんの葬式が終わってすぐのことだった。
「行くわよ、みのりちゃん。荷物は用意したの?」
お母さんがお姉ちゃんにだけ声をかけた。泣き続けていた私は戸惑うことしかできなかった。
「もう車に積んだよ。あーあ、やっとこの辛気くさい家から出られるんだ。ホント、せいせいする」
これみよがしに私を見下ろした後、お姉ちゃんは玄関に向かう。
「ま、待ってっ!」
慌てて、私は二人を呼び止めた。
「ど、どこに行くの? 私も一緒に……あっ……あれっ……」
立ち上がろうとしたが、足が痺れていて上手く動かなかった。不格好に這いつくばる私を、二人は冷たく見下ろしていた。
「お父さんから聞いてないの、蓮華? お母さんとお父さん、離婚したのよ」
「離婚……? え、なんで……そんなの、なにも……」
初耳だった私は、ただただ頭が混乱した。お父さんが亡くなったことだけでも衝撃だったのに、お母さんと離婚していたなんて昨日までは想像すらしていなかった。
「お母さんはみのりちゃんを引き取ったの。お父さんは蓮華ちゃんね。だから、今日でバイバイよ」
「え……?」
お母さんがお姉ちゃんと一緒に出ていく。家族が誰もいなくなっちゃうということだ。
「な、なんで……?」
お父さんが生きているのならその説明もまだわからなくもなかったが、亡くなっているのだ。そんなことになるなんて絶対におかしい。
「私もお母さんとお姉ちゃんと一緒に……」
「あなたはいらないの」
完全に私に興味をなくした冷たい視線だった。優しかったはずのお母さんが、別人に変わってしまったかのように思えた。
「……いら……ない……?」
胸を抉られたような痛みがあった。
それ以上話を聞くのが怖かったが、なにも言わなければ捨てられてしまうと思った。
「いつまで経っても、蓮華ちゃんはC級ウィザードでしょ。お父さんに似ちゃったのよね。その点、みのりちゃんはA級で優秀だわ」
「じゃ、じゃあ、私も頑張るからっ! もっと頑張って、死ぬ気で努力してA級ウィザードに、うぅん、S級ウィザードになるからっ! だから、お願い、お母さん、置いてかないでっ!!」
涙ながらに訴えて、私はすがるようにお母さんの手をとった。
「触らないで」
その手は無慈悲に振り払われる。
「お母さんね、無駄なことが嫌いなの。無駄なことをしようとするお馬鹿さんもね。蓮華ちゃんには魔法の才能がないんだから、ウィザードは諦めなさい」
言い捨てて、お母さんとお姉ちゃんは背を向けた。
「待ってっ! お母さんっ! お母さぁぁぁんっ! 置いてかないでぇっ!!」
どれだけ呼び止めても一切振り返ることなく、二人は家を出て行ってしまった。
◇
A級ウィザード雨宮の猛攻に、蓮華は防戦一方だった。
「そらそらそらぁっ! どうしたんだよっ、逃げてばっかりじゃねえかっ!」
雨宮は【魔氷血】を使い、凍結した血の刃を変幻自在に操り、蓮華に襲いかかる。
次々と振り下ろされる【魔氷血】から、蓮華はひたすら退いて、避けるのに専念するしかなかった。
「あの最下位野郎にそそのかされたのかしらねえけどなぁっ。あいつが強いからって、てめえまで強くなったわけじゃねえだろうがよっ!!」
魔法を撃ってこないと判断した雨宮は、遠距離戦はやめて、体で距離を詰めていく。
「おら、どうすんだよ? おらおらおらっ、かかってこいよ!!」
無防備にぐんぐんと雨宮は歩いていく。
焦った蓮華は杖を突き出した。
「【炎魔火球】」
向かってきた雨宮に、燃え盛る火球が迫る。しかし、それを待っていたとばかりに、雨宮はニヤリと笑った。
「だから、C級なんだよっ!!」
顔面に迫った火球を、【魔氷血】が盾のように阻み、かき消した。
そのまま、彼女は蓮華に接近した。
「あ……」
至近距離で手を押し当て、雨宮の【魔氷血】が蓮華の腹部を貫いた。
瞬く間に傷口が凍結し、徐々にその範囲が拡大していく。
「馬鹿にされたまま、あんだって?」
勝ち誇ったように、雨宮は蓮華を見下ろした。
「どうせ泣きべそかいてんだろ。なあっ」
雨宮は蓮華の顎をつかみ、クイッと持ち上げる。
彼女は目に涙を浮かべたまま、強い瞳で雨宮を睨んでいた。
「ハッ! やっぱ泣いてんじゃねえか! 才能がないのがそんなに悔しいのかっ? 母親に捨てられたのがそんなに悲しいかっ!? んな情緒不安定な奴が、ウィザードとしてやっていけるわけがねえんだよっ!!」
「いいや。それでいい」
俺が言うと、雨宮は一瞬横目でこちらを見た。
「悔しさも悲しさもやりせなさも。君のありったけをぶつけたまえ。蓮華、魔法とは情緒なのだ」
ぐっと蓮華は魔導器の杖を握りしめる。
まだまだ拙く、まだまだ不安定だが、そこには生の感情が乗っている。
父の死も、母に捨てられたことも、自分のいたらなさも、姉との決別も、ありったけの憂いが魔法に込められる。
「【炎魔火球】ッ!」
炎が溢れかえる。それはウィザードの使う【炎魔火球】とは違う、青い炎だった。
「青い……【炎魔火球】……んだそりゃ……!?」
ゴオオオォォッとその青い炎は蓮華自身を飲み込んだ。
「はっ? ハッハハハッ!」
雨宮は笑いながら飛び退いて、蓮華と距離をとる。
「なんのつもりだったか知らねえけどよっ! 自分で自分を焼いてちゃ世話がねえっ! やっぱ、その程度だよなぁっ!!」
一歩、蓮華は歩を刻む。彼女を中心に燃え盛る炎が更に膨れ上がり、この場を覆いつくし始めた。
だが、その青い炎は蓮華を飲み込みながらも、彼女を焼き尽くすことはない。
雨宮が目を見開き、焦燥に駆られるように言った。
「なんでだよっ? なんで、燃えないっ!?」
「君のような輩には理解できんだろうね。親に捨てられ、家族と別れ、悲しみの火に焼かれながら、彼女は耐え続けてきたのだ。絶望が彼女の世界を覆いつくしたように、あの青い炎は全てを覆いつくす」
更に勢いを増した【炎魔火球】が、雨宮の逃げ場がないほど、室内中を覆いつくしていく。
退路を断たれ、彼女は自らの手首を切った。
「クソがっ! 【魔氷血】ッ!!!」
大量の血が一箇所に集中し、青い炎の一点に向かって放たれた。そこさえ貫けば、出口が見える。そう考えたのだろう。
「所詮はC級ウィザードだろうがっ! アタシの全魔力を注ぎ込んだ【魔氷血】で貫けない道理はねえっ!!!」
勢いよく放たれた渾身の【魔氷血】が青い炎に衝突する。次の瞬間、いとも容易くじゅわっと蒸発した。
「……一瞬、で……?」
雨宮は唖然とするしかなかった。
「お姉ちゃんは、私の気持ちなんて、わかんないでしょ」
一歩、炎を纏った蓮華が近づく。
「な……よ、よせ……」
「教えてあげるね。才能がないって捨てられたら、どんな気分になるのか」
更に蓮華は雨宮に近づいていく。青い炎が彼女を飲み込み始めた。
「私に負けたって知ったら、お母さんどうするかな?」
「やめろっ、来るなっ、来るなぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
【魔氷血】が放出されるも、蓮華の炎がそれを一瞬で蒸発させ、雨宮を燃やした。
「がっ、があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁっっっ!!!」
絶叫とともに、炎が消える。蓮華が消したのだ。大半の血を失った雨宮は昏倒していたのだった。




