12話 魔法の才能
「リタイアしたまえ」
倒れ込んだ森熊に俺は告げた。しかし、返事がない。依然として意識を失ったままなのだ。
「狸寝入りでもなさそうだね。【筋肉増強】を主軸にしているわりには、素の肉体がひ弱すぎる」
肉体を強化する【筋肉増強】は、意識が途絶えたことで解除された。
肉体が強化されている間は回復力も高いが、意識を失ってしまえばそれも失われる。
【筋肉増強】の力にあぐらをかき、自らを鍛えなかった者の末路だろう。
「【石壁】」
俺が魔法陣を描けば、森熊の体が石壁の中に閉じ込められる。かろうじて頭は出ているので息はできるが、目覚めてもそうそう追っては来られないだろう。
「こっちは外れだったか」
俺は森熊がやってきた方向を見た。
この通路をまっすぐ行けば、森熊のパーティの初期位置につながっているはずだ。
森熊が宝玉レプリカを持っていなかったということは、ここに来るまでの間にはなかったと考えるのが妥当だ。
そして、その先は恐らく、森熊たちの初期位置になるため、また分かれ道があるはずだ。
『……けて……』
声が聞こえた。
このダンジョンフロアのどこかから、俺を呼んでいる者がいる。
『助けて、蒼夜っ!!』
◇
蓮華は通路を一生懸命走っていた。
今のところ、ずっと一本道だ。つまり、この先は他のパーティの初期位置につながっているはずである。
その間に宝玉レプリカが置いてあろうとなかろうと、敵パーティと遭遇する可能性はかなり高い。
だとすれば、スピード勝負だ。全力で走って、宝玉レプリカがあったら回収してすぐに引き返す。それが蓮華の考えたプランだった。
「あ……!」
少し開けた場所に辿り着き、蓮華は声を上げた。
そこに宝箱が置いてあったのだ。
「どうしようーっ、これ、開けていいやつっ?」
迷うような素振りを見せながらも、蓮華の手は欲望に負けるかのように宝箱を開けていた。
中に入っていたのは、禍々しいドクロがついた剣である。
「宝玉……じゃない……!」
「ハッ。相変わらず、馬鹿丸出しの動きで呆れるよ」
四方から鎖が飛んできて、蓮華の四肢に巻きついた。
「あ……!」
【迷彩】の魔法で壁に溶け込んで潜んでいたA級ウィザード三人が姿を現す。
彼らは【鉄鎖縄】で、蓮華の体を拘束していた。
「雨宮さんっ、捕らえました!」
天井からストンと蓮華の前に下りてきたのは、両耳にジャラジャラとピアスをつけた女だった。ショートヘアで、きつい印象の顔立ちである。
「チェックメイトだ」
蓮華はごくりと息を呑む。
学科3位、A級ウィザードの雨宮みのりだった。彼女はパーティを分けることなく、全員で行動しているようだ。
「……お姉ちゃん……」
ニタァ、と雨宮は笑う。
「リタイアしなぁ、蓮華。てめえに、A級ウィザードの【鉄鎖縄】から、逃れる術はないからよ」
奥歯を噛みしめ、怒りを灯した目で蓮華は睨んだ。
「ったく、まだウィザードやってたのかよ。オヤジの葬式の時に言われたよなぁ。1年努力してもC級止まりのてめえに、魔法の才能なんかありゃしねえんだって」
雨宮の指先がそっと蓮華の頬を撫でる。
「どうせいつもみてえにビビっちまって声も出せねえんだろ。ほら、待っててやるから、さっさと言いな」
「……けて……」
「あん? なんだって?」
震える声を、彼女は精一杯絞り出した。
「助けて、蒼夜っ!!」
事前に言われた通り、敵と遭遇したため彼の名を呼んだのだ。
「はあ?」
ぽかんとした表情で、呆れたように雨宮は言う。
「なんだそりゃ? オトコの名前か? だったらとっとと帰って、ベッドで慰めてもらいなっ!」
雨宮が至近距離で魔法陣を描く。
「下品で短絡的な言葉遣いだよ。魔法使いらしくもない」
「なっ……!?」
聞こえるはずのない声を聞き、雨宮は驚いたように後ろを振り返った。
そこにいたのは――赤杖蒼夜だ。
◇
雨宮が俺を視界に捉えた頃には、三人のA級ウィザードは石畳に崩れ落ちていた。
指を鳴らせば、倒れた体に火がつけられる。
「「「り、リタイアァァッ!!」」」
体を焼かれる寸前に、三人ともリタイアを宣言する。足下に魔法陣が描かれ、浄化の光が放たれる。瞬く間に消火され、回復魔法が傷を癒やしていく。
ぬうっと光の手が彼らをつかむと壁の中に引きずり込んでいった。リタイアを宣言したため、ダンジョンフロアから撤退させられたのだろう。
「てめえ……最下位野郎じゃねえか……どっから現れやがったんだ?」
粗暴な口調で雨宮は言う。
「仲間の名を呼ぶとき、その仲間はすでに自らの胸の中にいるだろう?」
「はあっ!? なに言ってやがる? だから、なんなんだよっ!!?」
苛立ったように雨宮は声を張り上げた。
「わからんかね? 彼女の胸の中に俺がいる状態ならば、転移してくるのは容易いということだ」
「イカレてんのかよっ! んなわけねえだろうがっ!!!」
雨宮は魔法陣を描き、【魔氷血】を使う。ナイフを取り出し、彼女は自らの手首を斬り裂いた。
勢いよく噴きだした血が凍結し、鋭利な刃となって俺に襲いかかる。
「その魔法を使うには、君の顔が暑苦しすぎると思うがね」
苛立ちに歪んでいる雨宮の顔を指し、【発火】を使う。たちまち【魔氷血】に火がついて、あっという間に溶けて蒸発した。
「………っ!? んだよ、これはっ!?」
再び雨宮は自らの手首を斬り裂く。
「【魔氷血】!」
「【発火】」
先程と同じだ。凍結し刃と化した血が、瞬く間に発火して蒸発する。
「うぜえなぁっ!!」
「【発火】」
やはり、雨宮の【魔氷血】が一瞬で発火して蒸発した。
そこで、彼女はピタリと止まった。
「チッ」
舌打ちして、諦めたように雨宮は両腕を下げた。
「やらないのかね?」
「これ以上やったら、どのみち貧血でぶっ倒れるだろうが」
【魔氷血】は自らの血を利用する魔法だ。凍結した血の刃で敵を突き刺した突き刺した後、利用した血を自らの体内に戻すのが本来の効果である。
しかし、俺が【発火】で血を戻させずに蒸発させ続けているため、彼女の血が減り続けているのだ。
このまま繰り返せばどうなるかは想像に難くない。
「リタイアはしねえ。煮るなり焼くなり好きにしな」
「では、蓮華」
俺が振り返ると、彼女は不思議そうに自分を指さした。
「一対一で立ち会いたまえ。俺は手を出さん」
「はあっ!? てめえ、舐めてんのかっ!? んな才能の欠片も無いC級ウィザードが、A級のアタシに勝てるわけねえだろうがっ!!」
激昂したように雨宮が吠える。
煮るなり焼くなり好きにしろと言ったわりに、注文が多い。
「彼女は見込みがある。補助輪頼りの君よりもね」
「でも……」
自信がないように、蓮華は俯く。
その手も、足も、がくがくと震えていた。
「ハッ! できるもんならやらせてみろよっ。言っとくけど、そいつはビビッて肝心な時に、なにもできねえ雑魚だかんな」
「そうは思えんね」
すると、きゅっと唇を引き結び、蓮華は顔を上げた。彼女にも戦う理由があるのだろう。覚悟を決めたように蓮華は言った。
「やる。馬鹿にされたまま、終われないからっ」




