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待ち望んだ再会

「これで、3回目…これでダメだったら、どうしよう…!…何で…出てくれないの…!」


 涙を浮かべながら、彼女は胸元を握りしめた。

 大腸ガンで最初に手術を受けたのは一か月前。あいにく肛門近くまでガンが及んでいたため人工肛門を作らざるを得なかったが、彼女はとても前向きに手術に臨み、術後の経過もある一点を除けば順調と言えた。

 その一点をクリアできないことが最大の問題とも言えたのだが。


 術後イレウスになってしまったのだ。


 左側の腹部にもりっと顔を出したストマの周りに貼られた装具…パウチはわずかばかりのガスで膨らむ以外の働きが出来ないでいた。

 排便が確認されるまでは固形物が食べられないためPICCで高カロリー輸液を行ない栄養補給するのだが、待てど暮らせど便は出ず。調べてみたところ、思わぬ伏兵が潜んでいた。


「子宮内膜症…?」

「手術の時に、子宮の周りが変に癒着しているとは思ったが…どうも小腸がその周りでかたまってしまっているようなんだ。」

「そんな…!」

「おそらく、これはもう一度開腹して剥がさないといけない。このまま食べ始めたら吐いてしまうからね。」

「…………はい。」


 開腹手術というのは「腹部を切って開く」、それだけで気力も体力も削がれてしまう。中の臓器に大がかりな手術を行うわけではなくても、体幹を支えたり内臓の重さを受け止めたり、何なら呼吸でさえ腹筋を日常的に意識せず使っているのだ。

 そこに再びメスを入れなければならないというのは、私たち医療従事者といえども計り知れない思いがあろうことは容易に想像できた。


 だが。


 2度目の手術を終えてもイレウスは改善しなかった。剥がした場所に、再び小腸が癒着してしまったのだ。

 中に粘液しか触れず、綺麗なまま剥がされ取り替えられていくパウチを悲しそうな目で追う彼女にどう声をかければいいのか。私たちも悔しさともどかしさがないまぜになった感情を持て余していた。


「もう一度、手術しましょう。」

「…また、ですか?」

「婦人科の先生に相談してみたんですが、最近癒着を防止できるシートが開発されたそうなんです。今回はそれを使いましょう。」

「そんな物があったんですか…?」

「婦人科領域ではどうしても癒着による問題が大きくなりやすいんだそうです。今回のあなたのように内膜症の症例で不妊だったりイレウスだったり…。」

「そうなんですね。でも、どうしてもっと早く開発されなかったのかな。」

「我々も待ち望んでいたんですよ。婦人科の先生ももっと早く欲しかったって愚痴ってました…。」

「じゃ、むしろ私、最先端を体験できるって思わないとですね!」


 必死に前を向いて笑顔でいようとする彼女に、胸が詰まった。決して再々手術を喜んではいないのに。痛みも苦しみも、和らげるお手伝いはできても乗り越えなければならないのは彼女自身なのに。

 スタッフたちは、彼女のあり様を見て奮い立った。

 少しでも気持ちが吐き出せるように声をかけたり、退院したあとの楽しみを数え上げたり、術前の準備を一緒に整えたり。


「3回目ともなると準備も慣れてきちゃった。」

「どうですか、退院したら一緒に仕事しませんか?」

「えー、また勉強しないといけなくなるじゃないですかー!」


 手術当日までは、そんな風に笑顔で過ごしていた彼女も、いよいよ出棟を目前にして不安が募ったのだろう。手術とその後に訪れる痛み、そして何より術後にまたイレウスとなるのではないか、という恐怖に震えていた。


「手術が成功したら、何が食べたい?」

「…へ?」

「もう、一か月何も食べてないじゃない。解禁されたら最初に食べたいもの、考えておかないと!」

「…でも…!」

「言霊ですよ。絶対に成功するって、ホントは私たち言っちゃいけないんだけど。」

「…何でもいい…患者さん用の薄いおかゆでもいい…!」

「それ、絶対食べ飽きて違うの欲しくなるやつ!」

「…ふふっ。」

「手術が成功して帰ってくるの、待ってますよ!」

「…っ、決めた。ケーキ。絶対食べる。先生がダメって言っても食べる!!」

「傷がちゃんと良くなったら、食べましょう!」


 ストレッチャーの上の彼女とハイタッチして、閉まる扉を見つめた。


 手術自体は成功に終わり、術後の経過も順調だった3日後の午後。


「あれ?ナースコール…珍しいな。痛むのかな?」


 彼女の部屋からナースコールがあった。

 ノックして部屋に入ると、不安そうな彼女の顔が。


「どうしました?痛む?」

「いえ、あの、これ…。」

「ん?」


 おそるおそるパジャマをめくった先を見ると。


「………!や………った…!やったぁぁ!!」

「え、これ、やっぱり…?」

「出ましたぁぁぁ!!」

「ホントに…ホントに??」

「良かったー!!」

「う、うわ、うわぁぁぁんん!!!」


 抱きついて泣き始めた彼女を抱きしめながら、PHSでリーダーに連絡する。


「あの!出ました!パウチの中に!茶色泥状便です!先生に報告を!」

『!…おめでとう、なんだけど。わかるけど!患者さんの名前!!』

「あ。」


 やり取りを耳にしていた彼女と思わず目が合い、お互いに泣きながら吹き出してしまった。

 そして、涙目で笑いながらふと彼女は言った。


「ホントはね、怖かったの。…汚いもの見せるなって、嫌がられるんじゃないかって…。」


 一瞬、言われたことが理解出来ずにポカンとした後。


「何で?!」


 と彼女に詰め寄ってしまった。


「私たちみんな、これを、この瞬間を待ちに待ってたんですよ?!」

「え、だって、汚いもの…」

「これは勝利の証なんです!3回も手術を耐え抜いて手に入れた勲章なんですから!」

「そんな風に言われたら、嬉しくてまた泣いちゃう…!」

「そんな涙だったらいくらでもどうぞ。薄くても良ければこの胸も貸しますから!」

「ふふ…ありがとう…!」


 目を潤ませながら、そっとハグしてきた彼女を再び抱きしめると、先生からの指示を確認するためにナースステーションへと戻った。


 その後、パウチ交換をセルフケア出来るように指導していると。


「出るようになって、外に漏れたり変えてる途中で出てきちゃったり…出ることで大変だなって思うこともたくさんあるけど…。出ること自体が私には奇跡だったから、あの経験もまるっきり無駄ではなかったのかなって思えるようになってきました。」


 その言葉で、今度は私が泣かされることになるとは思いもしていなかったのであった。

用語解説


イレウス(腸閉塞)

腸管が何らかの原因によって通過障害を起こした状態。器質的な原因の場合は腸閉塞、機能的な原因の場合はイレウスと呼び分けるが、多くは同一視されることが多い。


ストマ

人工肛門や回腸導管、尿管皮膚瘻などの人工的に作られた排泄口を指す。腸管や尿管の内側の粘膜面を腹部の皮膚上に開口させて排泄物を出せるようにしたもので、排泄物を受け止める袋状の装具(パウチ)を常に装着して生活する。


パウチ

ストマからの排泄物を受け止めるための装具。皮膚保護剤(ハイドロコロイド素材など)で出来た面板と、ポリエチレンフィルムで作られた袋状のパウチとで構成される。面板は皮膚やストマからの水分を吸って柔らかくなり密着する。交換頻度は装具の種類や皮膚の状態によって異なるが、おおむね数日で交換する。貼り方や身体の動き、皮膚の状態によって漏れることがあり、貼り替えにはコツを掴む必要がある。

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