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古今東西臭いもの

 足早にステーションに入ってきた千早ちゃんがものすごい顔つきでまくし立てた。


「んもー、今日のお昼にヨーグルト出たでしょ!最悪なんだけど!!」

「そいや、今日はデザートにヨーグルト…もしかして。」


 この時間にこの剣幕でヨーグルト。もしや…?


「3号室、今地獄。鼻が死ぬ。もらいゲロ必至。エプロンと、手袋は箱でちょうだい。」


 やっぱりな。


「今日から抗がん剤だもんね…。制吐剤カクテル間に合わなかった?」

「いったけどあんまり効かなかったって。ズポ効くかな…?」

「本人と相談だね。」


 シンク下から、大きいビニール袋を2枚取り出す。ごみ用と着替え用。


「ビニール袋いるっしょ?ほら。」

「さんきゅ。着替えはエイドさんが用意してくれてるから、ちょっと行ってくる。」

「手がいるならコールしてー。」

「はーい。」


 カルテで制吐剤の頓用指示を確認して、坐薬の制吐剤を持って3号室に向かった。多分使うことになるから。


 …廊下には既に酸っぱい刺激臭が漂っていた。

 3号室のドアは閉めてあるにも関わらず。


「失礼しまーす。…派手にやっちゃいましたねー…。全とっかえですか。」

「…すみません…うっぷ…!」

「はいはい、これね!吐くならここに!肩口拭きますよー。」


 吐き気をこらえながら千早ちゃんの言うとおりにガーグルベースンを抱える田中さんが、蚊の鳴くような声で訴えた。


「は、吐き気止め、次はいつ使えますか…!」

「あ、お尻から入れるタイプのなら今すぐ使えますよ!」

「お願いします…!うっ!」


 新たに乳酸臭と胃酸臭のミックスされた臭いが加わった。間髪入れずに口呼吸になる私たち3人。マスクしてて良かった。…目に刺さる刺激は防げなかったけど…!


「シーツ交換と着替え終わったので、坐薬お願いします。」

「おっけー、こっちはやっとくから片付け行ってきてー。」

「すみません、お願いしまーす。」


 エイドさんと千早ちゃんが去り際に消臭スプレーを吹き、ドアを全開にしていったが…待てこら。

 これからお尻丸出しなのに、丸見えになるじゃないの!

 内心でツッコみながら、坐薬を入れるために再びドアを閉める。


「お疲れ様でした。横向いてくださいねー。」


手袋をはめて坐薬を肛門に押し込んだ。


「…どのくらいで効きますかね…?」

「早い人で15分くらいですね。点滴でも使ってますから、少しはマシになると思いますよ。」

「こんなに吐き気ひどいって覚悟が足りなかったです…。」


 涙目で見上げてくる田中さんのボヤキに苦笑して返す。


「皆さんそうおっしゃいますよ。辛いのは今日明日がピークです。抗がん剤、2種類なので。明後日からは1種類で少しマシになりますから。」

「明日もかぁ…!」


 へにょりと泣きそうな顔の田中さんに「また来ますね」と言いおいて退室する。ドアは開けたまま。


…ステーションに帰ったら、みんなで古今東西臭いもの!ってやろう。鼻の痛みと目への刺激で涙目になりながら、そう心に決めた。


用語解説


制吐剤カクテル

制吐剤(吐き気止め)と抗不安剤など複数の薬剤をミキシングした点滴の吐き気止めを指す。メトクロプラミドやヒドロキシジン塩酸塩などが使用されることが多い。


ズポ

サポとも呼ばれる、坐薬を指す医療スラング。決して擬音ではない。

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