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側にいたいから

「ビワの葉っぱ、引き出しから取ってくれる?あとラップも。」


 ナースコールが鳴ったので205号室に伺うと、いつもの『お願い』だった。


「はい、何枚いります?こないだは3枚だったけど。」

「…腹水でお腹張ってるから4枚にしようかな。これ、気のせいかもしれないけど貼っとくと楽なのよね。」

「…並べ方、これで良い?葉っぱの裏を肌に当てるんですよね?」

「そうそう。ありがとう、バッチリ!じゃ、ラップしてくれる?」

「こう、ですよね?…はい、出来ました。」


 腹水でパンパンに張った腹部に、自宅から持ってきてもらっているというビワの葉を並べ、ラップで密着させる。パジャマを直して布団をかけると、一ヶ月前よりもこけた黄色い頬に笑みを浮かべた。


「いつも悪いわね。民間療法だってのにイヤな顔せずにやってくれる人、少ないのよね。貴方がいるって聞いてたから甘えちゃった。」

「えー、他の人にも言っといたんだけどなぁ。これは心の支えなんだから尊重しろってー。」

「ふふ、そうは言ってもちゃんと勉強した人から見たら怪しいんだもの。仕方ないよね。」

「いや。もっかい周知しないと!」


 握りこぶしで答えると、そっと袖を引かれた。


「そう言ってくれる人がいるだけで嬉しいから。私ね。まだ生きていたいの。娘がね、私が一時帰宅で帰ると、ぐんって背丈が伸びるのよ。まだ中学生なんだから、私が時々帰って抱っこしてあげないと…。」


 浮腫みで少しふっくらした指に入る力は弱くて、でも彼女の瞳にはそれを裏切るほどの強い光が浮かんでいた。


「そうですよー。だって、執念で生き延びてるって…何年でしたっけ?」

「半年って宣告されてから7年よ。」

「そうそう。それを聞いちゃったら応援するしかないですもん。また来週の予定でしたよね。」

「だから、ビワの葉にすら縋らないとね。」

「しっかり抱っこしてあげてきてくださいね!」


 彼女の肝臓は、既にガンで占められていてほぼ機能していない。最後に肝動脈化学塞栓療法を行ったのは1年前で、「これが最後で、長くはもたない」とまで言われていた。多発性肝臓がんに対して何度も治療してきた、その限界が来たと。

 その時も、彼女は言った。


「行けるところまで、やれる間は足掻きます。もし可能性が少しでもあるなら、多少の無茶でも構いません。娘のために、生きたいんです。」


 その後の副作用にも耐え、先生が驚くほどの効果に、笑って「だから言ったでしょ?」と胸を張って…。

 だが、残ったガン細胞はしぶとく、容赦なかった。

 治療から半年を過ぎた頃から驚くようなスピードで増殖し、とうとう先月には入院を余儀なくされた。

 ご家族とも話し合い、緩和的治療へと舵を切った…ご本人も納得したと、私たちは思っていたが。


「これ以上の治療が出来ないのは知ってても、やれることをやるだけだから。」


 そう言って腹水で張りつめた腹部を楽にする、という謳い文句のビワの葉療法を始めたのだった。

 スタッフの中には納得がいかず渋々な人がいるのも仕方ない。だが、これは科学的ではなくても本人の精神面を支える重要な治療と言える事を話し合ったはずだった。


 翌週の外泊から帰宅してきたその隣に、中学生だという娘さんが寄り添っていた。話に聞くよりも大人びた表情で、母親を気遣い、手を握り、励ます姿に胸が詰まりそうになった。


「お母さんがいつもお世話になってます。」

「いえいえー、お母さんからとても良い子だってお話聞いてましたよ。写真よりも美人さんね!」

「え、やだ、そんなお世辞言わないでください…!」

「お世辞じゃないよ!ふふ、照れちゃうのも可愛いわね。」


 私たちの会話に、微笑んで視線を向ける彼女が急変したのは3日後の夜中だった。

 朝、出勤してナースコールから彼女の名前が消えていたのを見て、ため息がこぼれた。


「頑張ってきましたもんね…。でも、もうちょっとお話したかったな…。」


 その呟きに、主任が肩を叩いて言った。


「私たちだってそうよ。でもさ、ちゃんと最後まで寄り添えたと思うんだ。夜勤さんから聞いたんだけど、娘さん泣きながらだけどありがとうって言ってくださったって。」

「そうですか…。」


 願わくば、娘さんの傍らに彼女の魂が寄り添っていますように。成長を見守ってくれますように。

 そう祈らずにはいられなかった。

用語解説


肝動脈化学塞栓療法

肝臓に酸素を送る肝動脈にカテーテルを挿入し、ガン組織に流れる血管を狙って抗ガン剤を直接注入し、油性の塞栓物質やスポンジを使って血流を阻害することでガン細胞を攻撃、兵糧攻めにする治療法。全身に使用する抗がん剤治療に比べて局所的に少ない量の薬で治療するため、比較的副作用は少ないとされる。

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