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背中から撃つな

 数年前から拡大、変異し人の世界をガラリと変えた感染症がある。それは元々、コウモリなどの野生動物を宿主として生き延びてきたウイルスだった。

 …ウイルスが生命か否かの議論は脇に置いといて。


 きっかけは様々な要因が重なっていて、今でもハッキリと結論が出たわけではない。

 ただ、そのウイルスはコウモリから人間に感染する能力を得て、次いで人間同士で感染出来る能力も得て。


 全世界デビューを果たした。


 グローバル化社会の現代では、古代や近代とは桁違いの速さと範囲であっという間に拡がった。

 その特性と現代という土壌を糧に、その感染症は自らを信じられないほどのスピードで進化させ、かつての覇権を握った別の感染症を絶滅寸前まで追い込むほどだった。


 それでも私たち、慢性期や療養型と言われる部署では、その波は急性期よりもだいぶ遅れて届いた。ウイルスが現れてからそこまでの対策の積み重ねと、次々に判明していく知見をもとに対策を取ることは出来たが…。


「マジでこれはエグいよね…無症状とか熱なし鼻水だけ、とかでも周りに拡げられちゃうんだから…。」

「それな。気付いたときには囲まれてるんだもん、やんなっちゃう。…あーつーいー!!」

「鼻と耳が痛い…苦しい…二重手袋とフェイスガード越しにこの血管にルート取れた私を誰か褒めてくれてもいいよ!」

「え!取れたんですか?!これは祝杯もんですよ!」

「よーし今夜は飲んじゃうぞー!」


 感染隔離エリアで仕事すること2週間。

 ご家族経由でうちの病棟にやってきたソイツは、長い潜伏期間…1週間の間にうちのスタッフを食らい、そのスタッフを介して別の部屋へと拡がり、最終的に十数名の患者と五名のスタッフに拡がった。

 次々に発熱する患者とスタッフに日々絶望し、それでも乗り切るしかない、と出勤可能なスタッフでシフトを回した日々。

 感染隔離が解除された時はみんなで開放感に満ち溢れたものだった。


「もうN95マスクなんて見たくない…!」

「フルPPEに二重手袋、さようなら…!もう二度と来るんじゃねえぞ…!」

「普通のマスクがこんなに爽やかだなんて…!」

「気兼ねなくトイレに行ける…好きな時に好きなだけ水分摂れる幸せ…!」


 そして、この時思ったことは。


「感染部屋にずっと入っててうつされなかった私たち最強じゃね…?!」

「対策完璧にこなせたって事だもんね!」


 そう。私は感染対策をしっかり出来た、という達成感に満ち溢れていた。


 その翌月のある日。買い物に出ていた私は違和感に襲われていた。なんかだるい。頭も重い。

 何だ?咳はない…鼻水…出てないけどちょっと詰まり気味?普通の風邪にしてはちょっと変…いつもなら鼻か喉に真っ先にくるはず。


 嫌な予感に襲われながら帰宅して熱を測ると38.0℃。え…!もしかして…!

 ウイルスが現れてから常備するようになった抗原検査キットを取り出して、綿棒を自ら鼻に突っ込み、薬液に浸してグリグリ絞って…。ドキドキしながらテスターに垂らした。

 じわじわと試薬が滲んでいく様子を見つめていると…Tのラインが浮き出てきた。…陽性だ。


「え…!いったいどこからもらった、私…!」


 ここ数日の記憶を片っ端から思い出す。

 職場にはそれらしき人はいなかった。症状出てる人も周辺の感染情報も特になかった。

 子どもは?今朝まで何ともなかった。学校でも風邪症状の話はなかった。

 ダンナは?…風邪薬を飲んでいた。鼻水が少し多いからと。熱はなかった。行動は…?


 …週末に同窓会に出かけていた。二次会でカラオケに行ったとも。


 その夜、帰宅早々のダンナにキットを手に詰め寄った。


「私、熱が出た。陽性だった。調べさせて。」

「え?熱出て陽性?マジで?!」

「ほら、鼻。やったげるから。早く。」

「え、え?俺、疑われてんの?職場でもらったんじゃなくて?!」

「黙れいーからさっさと鼻!」

「ううう…!」


 そして10分後。

 テスターにくっきりと表れた陽性表示。


「やっぱり犯人はお前だー!!」

「え?俺?ホントに??」

「職場にも子どもの学校にもそれらしき人はいなかったの。子どもも症状ないし。アンタ鼻水増えたって言ってたよね。週末には同窓会にも行ってたよね。」

「えー…でも俺、熱出てない…」


 そこにダンナのスマホへ通知が来た。


「何だ…?え?…………同窓会、三人発症したって…。」

「確定だね。犯人はアンタ。明日から仕事は強制的に休みです。私もだけど。もう夜だから明日朝イチで受診するよ。」

「マジかー………!」


 それはこっちのセリフだ!クラスターを対応してて感染せずに乗り切ったというのに…!


 これは、そんな私が身近な家族に背中から撃たれた話。

 余談ながらその後三日の間発熱と関節痛、倦怠感に苛まれた私を尻目に、鼻水だけでのんびり過ごしていたダンナと、遅れて発症した子どもは、仲良く1週間引きこもることになったのであった。

用語解説


フルPPE(個人防護具):

Personal Protective Equipmentの略。感染症対応時に着用する防護服、N95マスク、ゴーグル/フェイスシールド、手袋などのフルセット。夏場に限らず、装着時は蒸し風呂状態で、長時間の着用は体力を消耗する。脱水予防のため事前に水分補給が必要だが、トイレに行きたくなるとPPEを脱ぐ羽目になるため、水分摂取のタイミングが難しい。ちなみに脱いだら毎回捨てるため、初期にはオムツを着用して仕事にあたるスタッフも多かった。


N95マスク:

微粒子を95%以上フィルタリングできる高性能マスク。密着性が高いため、長時間着用すると鼻や耳が痛くなる。正しく装着しないと効果が半減するため、フィットテストが必要。これを着けて仕事してたら、普通のマスクを苦しいと言っている人を締め上げたくなるおまけ付き。

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