第58話 セクター•トウキョウ
【 LOG:ナイン 】
「うえっ。リヴィアの転送直後の戦闘はかなりキツかったなぁ……」
俺が路面にへたり込む中、アクムは呆れ顔で「未来のセクター長が、これしきの事でへこたれないで!すぐに攻め込むわよ!」と、刀を構え直した。
「ほんとにアクムは、人使い荒いなぁ」
リヴィアは満足げな表情で「上手く行ったみたいやな!中央塔内の侵入者は二人や!一人は大したこと無い…しかし、もう一人は…この反応…かなり強そうやで。覚悟しときや!」と、こちらに振り返って言った。
俺達は今、セクター•トウキョウの中央塔を目の前にしていた。少し想定外の出来事もあったが、この現状は俺の作戦が上手く行った事を意味していた。
俺の作戦。つまりは、イヴの想定外とする行動で侵入者を分断する事が目的であり、ここに至る経緯として、まずユダとタイチョーの居るセクター•ナガノに向かうことから始めた。
二人との再開を喜んでいる暇もなく、ナガノの中央塔に向かい、俺は球体の防壁で中央塔を包んだ。
そう、あたかも、俺達がセクター•ナゴヤに居るかのように見せるため。
そして、その偽物の中央塔に入る様子をユダに撮影してもらい、アナログ回線に載せてもらった訳だ。
イヴにとって、『ELI』は必要なのだろう。だから、俺の力を欲しがっている。
きっと戦力をナゴヤに向かわせる筈と考えた。
その思惑通り、S•トウキョウの中央塔にいたはずの侵入者が少なくなっていた。
とはいえ、中央塔周辺で待ち構えていた予想を上回る数のリライト兵達が銃器で応戦してきたが、アクムの前では、なす術なく峰打ちの餌食に。気絶した兵の山が積み上がる結果となった。
勿論、アクムだけに負担させるわけには行かない。
覚醒した俺は、一網打尽出来るほどの大きな檻《当社比10倍 超特大はにわ覇王ゲージ》にてリライト兵を生け取りに。中央塔を無血開城するに至った。
アクムには『才能の無駄遣いってこの事なのね…』と、何故か不評だったが。
中央塔を前にアクムの「ねえ?ナイン。オオサカの時みたいに外から吹き飛ばしちゃえば良いいんじゃないの?」との質問はもっともだが、中央塔を覆う数式の膜は俺の攻撃を受け付けないだろう事が窺い知れた。
「これは…ダメだな、ウラギリモノも言ってたじゃないか。トウキョウの中央塔は不可解な力が働いているって」
S•ナガノに戻った時だった。ウラギリモノからの通信でトウキョウは不可解な力が働いていると警告があった。
また、リライトの本部にイヴの反応は無く、中央塔のパンドラ内に潜伏している事は間違いないだろうとの見解だったが、別の懸念があると言う。
『ナイン、アクム…気を付けろ。現実世界でのジェネシス上位ランカーが侵入している形跡があった』
つまり、待ち受けているのは精神接続をしたジェネシスのトッププレイヤー。俺がジェネシスで勝てなかったズイムよりも強敵という事になる。
「だとしても。ここでつまずくようじゃ俺の夢は叶わないさ」
そんな俺の言葉に、ユダは『頼もしいな』と微笑んでいた。
リヴィアは中央塔外壁に張り巡らせた数式の膜を撫でながら、「これは、創造主のロジックや……。ウチでも無理やなぁ」と首を横に振る仕草に『そう…』と、アクムも納得した様子で、「じゃあ!いつも通りってことね!」と、明るく振る舞った。
今更だが、本当にアクムは強い女の子だ。
それは力だけの意味ではなく、人間的なもので、彼女に見合う男にならないといけないな…と、改めて思う。
「さてと、イヴさん宛に悪夢のお届け物です! だな!」
「ええ、行きましょう!」
アクムはウラギリモノからPICTにダウンロードして貰った解錠コードを中央塔のポートに入力すると、入り口が左右に開いた。
「お届け先のお客さんは、お待ちかねのようやで」
灰色に輝くタワー内、1階の開けたフロアに、二人の人影が映る。早速、侵入者のお出ましだった。
「死体の受け取りは、どこにサインすればいいかな?」
待ち受けていたのはズイムと同じ青色の髪をしたスーツ姿の男。だが、その手にはペンではなく、両手に短刀を持ち、不敵な笑みを浮かべていた。
「アルト、会いたかったわ! アタシと一緒に殺り合いましょう!」
もう一人は、大きな鎌を持った漆黒の少女。血のような赤い髪と瞳は、まるで死神を彷彿とさせる。
「……ナイン、どっちにする?」
アクムが二人を見やりながら、刀を構えた。
俺も二人を見据えながら、少女の正体を考える。どこかで見覚えがある。いや、ジェネシスのプレイヤーなら、誰もが知っている。
彼女は、そう。ジェネシス世界王者の『ハデス』だった。
「女性のお誘いを断るような甲斐性無しじゃないんでね。アクム、サラリーマンは任せた」
アクムは鋭い視線を向け囁く。「あの娘、ハデスよ……。 気をつけて」彼女の頬には冷や汗が滲んでいた。
勝ち負けとか、そんな事ではなく。
ハデスが怖いとかでもなく。出来ることなら争いたくない。
そんな感情が口から堰を切ったように溢れ出す。「最初に言っておく!俺たちは『強い』! 死にたくなかったら引いてくれないか?!」
この戦いは命を懸けたものになると相手もわかっているはずだ。だが、ハデスは楽しげに笑い声をあげていた。
「こんな楽しいこと、他にはないわよ!キャハハハッ!」
ハデスが鎌を振り上げ、俺めがけて突進してきた。反射的に杖を繰り出すと、ハデスの鎌とぶつかり、甲高い金属音がフロアに響く。それが開戦の合図となった。
「ナインっ!すぐ加勢するわ!」
アクムがシールドを展開し、スーツの男に斬りかかる。
「名前はマルスです。よろしく、お嬢さん」
マルスは短刀を交差させ、アクムの一撃を受け止め、すぐさま反撃する。アクムもシールドでそれを受け止めた。
「よそ見なんかしてる余裕があるのかしら?」
ハデスの鎌が俺の喉元をかすめる。その速度は、ズイムの拳撃はおろか、トールの速度すら凌駕していた。
「わかってんのか? あんた、負けたら死ぬんだぞ!」
石の弾丸を放つが、ハデスの鎌が『フッ』と動いたかと思うと、それは粉々に砕け散る。
「こんな子供だましじゃ足りないわ。本気でヤりましょう? アタシをもっと昂らせて!」
次の瞬間、ハデスの姿が消えた。と、思うまもなく目の前に現れる。それは俺の空間消去の技だった。
「あなたの技。面白い発想ね!」
刃が俺の首めがけて振り抜かれる。咄嗟に空間を消して回避し、ハデスの背後に回り込む。しかし、頬を浅く切られて血が滴り落ちた。
「ねえねえ!もっと見せてよ!あなたの技!」
ハデスが左手を俺に向け、石の弾丸を放つ。一度見ただけで技をコピーしたらしい。
それを防壁で防いだが、次の瞬間、甲高い振動と共に防壁がバラバラに砕かれた。「ふふっ、地味な技ね?」それはハデスの振るう鎌の、尋常ではない破壊力を表していた。
「なら、これはどうだ!」
杖を振り抜き、衝撃波を放つ。それを、弾いたハデスは体制を崩した…が…。
「なんだ、これ? 威力が…弱い?」
俺は理を超えるイメージをした。 しかし、衝撃波は緑色の光を纏う事はなかった。これは妙だ。
「へえ、半減でこの威力とはね!」
── 半減、だって?!
背中に冷たい感覚が走り、俺は咄嗟にバックステップで距離を取った。
ハデスが不敵な笑みを浮かべると、「あなたたちはイヴの腹の中にいるのよ? 空間を支配しているのはアタシ達。飛んで火にいるってこのことね!」
ハデスが斬撃の衝撃波を放つ。反射的にいなそうとしたが、あまりの重さに杖が弾き飛ばされてしまった。
「じゃあ、今度はアタシが楽しませてあげるわ」
ハデスが右手を突き出すと、その先の空間がねじれ、不快な低い振動音が響き渡る。
「違った。楽しむのはアタシの方ねっ!」
放たれた何かにより、俺の体は床に押し付けられた。
「ぐっ…重力、か…」
動くこともできず、骨という骨がきしむほどの圧力が全身にかかる。
「ナインっ!」
アクムの視線を感じるが、彼女に振り返ることすらできない。だが、続けざまに刀がぶつかる金属音からも、彼女にも余裕がないことがわかる。
「まさか、もう終わりじゃないよね? まだ、アタシは満足してないわ…よっ!」
鎌が振り下ろされる! 咄嗟に頭上に電気の玉をイメージすると、電気と金属が反応する放電音と共にハデスの短い悲鳴が上がった。
重力が緩んだ隙に、空間消去で重力場から脱出すると、落ちていた杖を拾い構えた。
ハデスは感電している。この機を逃すまいと、緑の矢をハデスの脚を狙い放った。
しかし、「なんでだっ?」放たれたのは、石のような灰色の矢だった。それはハデスに届くことなく床に転げ落ちた。
その様子に、ハデスが深紅の瞳で俺を捉え、不敵に笑う。
「ああ、危なかったぁー! 流石ねアルトっ!痺れちゃうわっ!」
反応速度、攻撃力、重力を操る技。覚悟はしていたが、どれをとっても想像を上回っている。
「なんとかしなきゃな」
俺が再び杖を構えたその時、後方よりアクムの悲鳴が耳に届いた。
彼女はスーツの男、マルスに吹き飛ばされ、天井を突き破って上階に姿を消した。その振動が室内に響き渡る。
「お嬢さんっ、お逃げなさいっ♪ 逃さないけどね!」マルスも戦いを楽しむかのように天井に空いた穴からアクムを追いかけてゆく。
「アクムっ!」
上階から刃と刃のぶつかる音響が続き、それは、アクムがまだ戦っている事を示していた。
その状況で、ハデスは舌なめずりすると「やっと二人っきりになれたわね。アナタだけに、特別を見せてあげる」と、瞳を閉じて囁いた。
「ねえ、アルト?重力同士を合わせ、極限を超えて圧縮すると……どうなると思う?」
ハデスの前に針の穴のような漆黒の玉が現れ、それは部屋中の瓦礫を吸い込んでいく。
「答えは…ブラックホールよ」
その小さくとも、全てを飲み込まんとする脅威が俺に向けて放たれた。




