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第59話 虹の雫

 ── 漆黒の玉が迫る。


 杖を床に突き立て必死に踏ん張るが、その小さな黒点の恐るべき重力の呪縛によって、身動きすら取れなかった。


「なに勿体ぶっとんのや!?」

 入り口で傍観を続けていたリヴィアが叫ぶ。


「そうだな……。早くアクムを助けに行かないとな」


 俺は目の前に手をかざし、イメージを具現化させた。

── ブラックホール周辺《切り取り》

   そして、遥か宇宙の彼方に《貼り付け》


 途端にフロアに轟いていた騒音が消え、嘘のように静まり返る。

 その状況をハデスは信じられないといった表情で、「アタシの取っておきが……」と呟いた。


 アクムを巻き添えにする可能性があったため、使えなかった能力。 今なら──

「最後の忠告だ!消えたくなかったら、降参してくれ」

 両手にイメージを構築し、床に手をあてる。

── このタワー内では能力が《半減》されるんだって?じゃあ、《計測不能》の半分は何だろうな!?


 俺の両手がバチバチと音を立て、小さな破裂音と共に緑色に輝いてゆく。


「何それ……そんなのチートじゃない!」

 ハデスが再度ブラックホールを形成し始めるが、

「わからずやっ!」

 俺は床全面に《消去》の能力を放った。 その眩い緑の光は、巨大な穴を一瞬のうちに作り上げた。


 ハデスは急な足場の喪失に気が動転したのか、悲鳴をあげて地中深く落ちていく。

「冥界にご帰宅って訳だな」

 簡単には戻って来れないように、すかさず穴を塞ぐと「アクム、待ってろよ!」と、俺は重力変換を行い天井の穴から上階に向かった。

 

 そこには、傷だらけのアクムが「残念ね。今から助けに…行こうと…思ってたのに」と、肩で息を切らせながら笑顔で迎えてくれた。

 傍らにはスーツ姿の男が白目で横たわっている。

「お疲れ。よく一人で勝てたな。いや、サラリーマンには悪夢ストレスは大敵だったかな?」


 俺の言葉に、アクムが「はぁ」とため息をつき、いつもの笑顔で俺に怒鳴った。

「やっぱり、一言多いっ!」


 そこに轟いたのは、女性の機械音声だった。


『なぜだ!何故、許容範囲を超える!?』

 それは、まるでタワー全体が振動しているようだった。

「おっ。イヴがビビっとる!」

 いつの間にか隣にいたリヴィアが、嬉しそうな横顔を見せる。


『ハデス!マルス!起きろ!……私を……守れっ!!』

 女性の声に機械音が混じった不快な響きに、怒りを通り越え呆れた感情が沸き起こる。

「トールの信じた創造主がこれなんて、浮かばれないな……」

 アクムが「きっ」と口を結び、目には怒りが宿る。


『誰でもいい!早くこいつらを始末しろ!次の世界で、待遇を良くしてやるからっ!』

 その叫びに呼応するかのように、上階から《リライト》の軍勢らしき者たちが押し寄せるが……。

 破壊された室内と俺たちの気迫に圧倒されてか、次々と戦意を喪失していく。


「ほんなら、イヴさんをぶっ飛ばしてくれるか?」

 リヴィアはそう言うと、チョンチョンと上を指さした。

 俺は頷き、「アクム……タワー内の人間を連れて外で待っててくれ……」と、降参姿勢のリライト兵たちを見渡した。


「ええ……派手にやって頂戴!」

 そう言い残し、アクムたちが外に出たのを確認すると、俺は両手を天にかざした。


「リヴィア、やってしまっていいのか?データを取るとか言ってたけど?」

 その問いに対し返ってきたのは、「破壊せぇへんと取れんのや」という言葉だった。

 再びイメージが完成した俺の両手には、緑色の光が湛えられている。


『アルト!私が悪かった、これからは、あなたの理想のために働くわ!』

 もはや機械音……雑音と化したイヴの声が響く。


「こんな奴のために、ガーディアンが……ユノが……トールが……」

 俺は上に向けて《消去》のイメージを放つ。


 タワーの上階が音もなく消え去り、澄んだ青空が広がっていく。外からは、この光の筋が美しい緑の柱として見えるだろう。天高く、どこまでも続く。


「よっしゃ!」リヴィアはそう叫ぶと、光の中に飛び込んだ。

 彼女の身体はその中で輝き、まるで光の中で踊るように舞っていた。


 タワーの外では、アクムが待っていた。

「凄く、綺麗だったわ。ありがとう、ナイン……」

 そう言うアクムの身体は少し震えているようだった。彼女は決意のこもった眼差しを俺に向けると、「ナイン、行きましょう」と後ろ手で促す。緩やかな風が黄金の髪をかき上げ、美しい瞳には涙が浮かんでいた。

 ── 雨上がりの虹のような瞳に。


「せっかちやなぁ。もう一日ぐらいデートしてもええんやで?」

 隣で、にやけ顔のリヴィアが言うと、アクムは首を振って否定した。

「もういいのよ。別れが辛くなるだけだから」


── ああ、もう終わってしまうのか。


 始まった物語は、いつか終わるとわかっているのに。覚悟は、できているはずなのに。


「ほな、行こか。次の停車駅はタイチョーのおる、セクター・ナガノ。その次は終点セクター・ナゴヤや。みんな、アテンションプリーズやで!」


 リヴィアの声と共に視界が歪んでゆく。

これは決して、俺が泣いている訳じゃない。

リヴィアの転送のせいだ……きっと……。

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