第34話 訪問者
「ナ……、ナイン。 私、こんなに長くて太いのは、初めてよ」
「お、俺だって、初めてさ。 それにしても、なんて美しい白さと艶なんだ!」
「ナイン、私。もう…… 我慢出来ない」
「俺だって! …あ、アクム。コシが!コシがぁ!」
そんなやりとりと見ていたタイチョーは、嬉しそうに目を細めると、自分の『うどん』を豪快に啜った。
「喜んでもらえて良かった!ずずず!」
これこそ、セクター•カガワが誇る、サヌキウドンという食べ物だった。バイオマス素材の器に入った白く輝くウドンの上には揚げたての天麩羅が乗っている。それは剛と柔の奇跡の調和を成していた。
「このちくわの天ぷらも最高ね!」
アクムが嬉しそうに頬張る姿に、改めて再会出来た喜びが湧いてくる。
そんな中、タイチョーに視線を向けると、……ん? 顔色が赤くなって苦しそうにしている? あ、青くなってきた?!
「タイチョー!! 喉に詰まったの!?」
様子のおかしいタイチョーに気付いたアクムが、慌てて背中を叩くと、フロアに大きな破裂音が鳴り響いた。
「げボゥぁ!! す、すいません! 死……助かりました!」
── アクムの一撃のほうがヤバい気が。
おっと、これを口にしてはいけないやつだ。
「タイチョー!よく噛まないからよ!」
「ですが、店の主人が『通』なら麺は2本、噛む回数は3回だ!』と、言っていましたので!」
それを聞いた俺は、箸で2本のウドンを掬い上げる。 知りたい。通の味わう世界を!
「ナイン君は何をしようと、しているのかなぁ?」
アクムが目を細める姿に殺気を感じ、箸からウドンが滑り落ちた。
「いや…『通』の食べ方が気になりまして……。やっぱダメ? デスヨネー」
「決まってるでしょ!!」
部屋内に笑い声が溢れた。
── ああ、楽しいな。こんな毎日がいつまでも続けばいいのに……。
その時、脳裏に浮かぶのは『私の事忘れないって、約束してくれる?』と言ったアクムの言葉。
涙を堪えていた彼女の姿。
── 俺は、一体何者なんだ。
「さてと!お腹も一杯だし、ナインはもう考えてるんでしょう? いつもの『あれ』お願いね!」
暗くなりそうな気持ちを払拭するような、アクムの楽しげな声で我に帰るが、「ええと……。『あれ』って、なんの事ですか?」と、見当すらつかない思いが口から出てしまった。
ごちそうさまの号令? 食後のスイーツ手配?
──うん、わからん!
そんな俺の様子に、アクムとタイチョーが顔を見合わせ言ったのは「相手には残念なお知らせだ!でしょ!」だった。
その時、『コツッ』と、下の階から足音らしきものが聞こえてきた。
先ほどまで笑顔だった二人が真剣な眼差しに変わり、扉に向かって武器を構える。
「一人じゃないわね。足音からして三人ってところかしら」
アクムの声に、相手が追手であろう事を察し、俺も両手を突き出して構える。
銃器に備え、防壁を展開できるように。
しかし、部屋に響いたのは銃声ではなく『コンコン』というノックの音だった。
その後、拍子抜けするかのように扉のむこうから男の声が聞こえてきた。
「アクム様いらっしゃいますか? 」
アクムがこちらに目配せして首を振る。 その意味は臨戦態勢を解かないで、という事だろう。
アクムは『スゥ』と、息を吐き出すと「ええ! 入ってきなさい!」と、大きな声をあげた。
鉄の扉がゆっくり開くと、そこにいたのは三人の男の姿があった。言うなれば、巨漢、忍者、チャラ男という組み合わせで、一瞬俺の頭は混乱した。
彼らは、それぞれ武器を持っていたが戦意は感じられない。
そんな不思議な三人組を見たアクムは、「あっ!味噌汁ズ!」と、刀を向けた。
── 味噌汁?変わったお知り合いですね?
味噌汁ズ、と呼ばれた男達はアクムに深々と頭を下げると跪く。そして、顔を伏せたまま忍者のような男が話し始めた。
「こんな所に居られましたかアクム様。先程は大変失礼致しました。セクター長の『カグラ』が謝罪をしたいと申しており、あなた様を探していたのです」
その言葉のあとに、巨漢の男が続ける。
「アクム殿といったか、完膚なきまでに完敗だった。貴女のような強さは初めてだ。どうか、師匠と呼ばせてくれないか!」
更にチャラい男が続けた。
「正に、ストロング・ビューティー!どうか、私と結婚してください!」
その異様な光景に、「アクム? 何したんだ?」と、尋ねるも、アクムも困惑を浮かべていた。
「ちょっと、捻ってやっただけだけど……」
アクムは三人に向き直ると口調を強めて言った。
「でも、よくここが解ったわね! まだ、何か企んでいるんでしょ!」
その問いに、忍者のような男が尋常では無い速度で首を横に振る。
「めめめ滅相もございません! 私達が束になっても歯が立たない相手に企むなど。 お連れ様もアクム様のようにお強いと聞いています、誓って、危害は加えません」
その姿に、アクムが何をしたのかと怖気が走り、俺が身震いする中、男たちは床に額が擦るような体勢で言葉を続けた。
「師匠!セクター長の『カグラ』もビビってしまい、右往左往する姿は哀れだ。どうか許してはくれまいか?」
その姿を哀れんでか、アクムは刀を鞘に収めると
「分かったわ。ただし、条件を聞いてくれたらね?」と、俺とタイチョーに向き直りウインクをした。
そして、言った。
「カグラには残念なお知らせよっ♡」と。
その後、訪れた『カグラ』の執務室は、まるで嵐が通り過ぎた後のように散らかっていた。図面や試作品が乱雑に置かれており、足場を見つけるのも一苦労な程に。
「アクム様!この度は、誠に申し訳ございませんでした!」
このセクター・カガワの長、『カグラ』は、中肉中背でいかにも科学者らしい風貌だった。今、彼は執務室に散らかる図面の上で土下座している。その顔には必死さが滲み出ていた。
「元はといえばセンガの企みだったみたいだし、今回は水に流してあげるわ。でも、お願いを聞いてくれたらの話だけどね」
アクムは悪い笑みを浮かべると、彼の顔は瞬く間に青ざめ、震えながら頭を床に擦り付けた。
「わ、私にできることであれば、な、何でもします!どうか、命だけは…」
その様子を見かねた、通称『味噌汁ズ』の巨漢が口を挟んだ。
「カグラ殿、アクム師匠は悪い人ではありませんぞ! こうして同行してもらった上に、中央塔内の化け物どもを殲滅してくれるらしい!」
味噌汁ズとは、このセクターの特殊部隊『メゾ・シールズ』が正式名称らしい。彼らに支えて貰い立たされたカグラは、何度も首を縦に振っていた。
『じゃあ』と、口を開いたアクムは、カグラに条件を提示し始めた。
「まず、ガソリンが欲しいの。レギュラーという型番のものをね」
それはウラギリモノが言っていたことだ。ガソリンにも種類があるらしく、間違ったものを使えばキサラギから借りた車が故障することになる。慎重に選ばなければならない。
「次に、防御力と機動性を兼ね備えた防具、それにナインとタイチョーが使いやすい武器を用意して頂戴。あなたの専門分野でしょう?」
アクムの要求に頷くカグラは完全に水飲み鳥と化していた。
「三つ目、私達の旅の資金が必要ね。金額は気持ち程度でいいわ」
そして、アクムは暗に『金をくれ』と、さらりと言ってのけた。
「最後に、このセクターを住民が暮らしやすい場所にすること。そして、他のセクターにも天魔対策の技術を提供することを誓いなさい」
厳しさを見せつつ、しっかりとした要求。アクムの芯の強さと優しさが垣間見える。
カグラは全ての条件を了承すると、泡を吹いて倒れてしまった。
「なんだか、可哀想ですね!」
タイチョーが俺に耳打ちするが、基本、大声なのでアクムには通抜けで俺の鼓膜は破れそうになった。
「ま、まあ、これくらいで許してあげるわ! 明日にはパンドラも破壊してあげるし!」
そういうアクムの顔は赤くなっていた。
今夜は、セクター・カガワの誇る高級ホテルの部屋を提供してくれるという。
「アクム、何があるか分からないから、三人同じ部屋に泊まるのはどうだろう……? 無理には言わないけど」
同じ部屋という事に、少し不安を感じて提案してみたが、アクムは意外にもあっさりと「そうね」と答えた。俺のことを男として意識していないのだろうか……?
「カグラさん、みんなで入れるくらい大きな部屋ってある?」
アクムの問いに、カグラはびくりと体を震わせ覚醒する。一体どんな恐ろしい悪夢を見せられたのだろう?
「さ、最上階をフロア丸ごと貸切にいたします。三人でも十分に入れる広さですので、ご自由にお使いくださいぃ」
その後、執務室を出た俺たちはホテルに向かう事にした。 通信機器が使えないが、行き交う人々の会話が飛び交っている様子は、街全体に活気が感じられた。
PICTが無くても、人々はコミュニケーションは取れるんだなと、ごく当たり前だった常識を目の当たりにする思いだった。
「こ、ここ?」
アクムが目を見開き、ホテルの外観を見上げる。その建物は、まるで王宮のように豪華絢爛だった。 エントランスを抜けた先に広がる光景に、思わず俺はつぶやいた。
「まるで……。遊園地じゃないか?!」




