第35話 恋心
「ナイン! タイチョー! 次はあれに乗りましょうよ!」
そう言うアクムは、弾ける笑顔でメリーゴーランドを指差した。
「じ、自分は……。遠慮させてください、うぐっ」
タイチョーが青ざめた顔で懇願する。それは、先ほど乗ったコーヒーカップの乗り物のせいだった。
「アクム、俺たちを殺す気か?! ウップ」
アクムは先ほど、全力で力任せにカップを回転させた。そのせいで、俺とタイチョーはカップの縁に磔状態。おそらく6Gほどかかっていたんじゃないだろうか? 拷問道具と化した遊具で、俺とタイチョーは気を失いそうになったのだ。
「悪かったわね!今度は大丈夫よ!さあ、行きましょ!」
俺の腕が強引に引かれる。明日のニュースには【罪無き青年、ホテルの遊具で死亡】なんて見出しが出るかもしれない。
それにしても、ホテルの中に遊園地があるとは思いもよらなかった。しかし、楽しそうに並んで馬に乗っているアクムを見て『よかった』と安堵する。
── 最近は思い詰めた表情が多かったから。
「あっ!ジェネシスがあるわ!」
突然、アクムが馬の上で立ち上がり、目を輝かせた。彼女の視線の先には、見覚えのある個室型のゲーム機。
「あれは。セクター・ナガノのユダさんの元でトレーニングしたマシンじゃないか!」
その瞬間、アクムとの厳しい訓練の日々が悪夢のように蘇る。
「ナイン、久しぶりに勝負しない?」
アクムが不敵な笑みを浮かべるのを見て、一勝すら出来なかった俺は、苦笑いを浮かべていたに違いなかった。
メリーゴーランドを降りると、俺たちは『GENESIS』と書かれたゲーム機に向かった。
「アクムよ。そんなに俺をいじめたいか?」
個室型ゲーム機の中に入ると、アクムはニヤけながら俺の頭に機械をセットしてきた。
「ナインの成長を見てあげるわ!」
── どうせ、また蹂躙されるだけだろうけど。
そう思いながらエントリー認証を終えると、目の前に映るのは現実と見分けがつかない草原だった。 その空間内に『挑戦者エントリー』という文字と共にアクムが現れる。
彼女は現実とは違い、黒い髪と瞳を持ち、服装も緑ではなく白いコート姿。ユダさんの元でトレーニングした時と同じ姿をしていた。
「あれ? ナイン……その姿?」
不可解なアクムの様子に、俺は近くの水溜りを覗き込んだ。すると、髪の色は黒く、服装も剣士のような姿に。さらには、アクムと同じ刀を持っていた。
「どうなってんだ?」と、戸惑う俺に、アクムは「もしかして、記憶が少しずつ戻ってるのかもね」と、嬉しそうな、悲しそうな微笑を浮かべた。
戦闘開始の秒読みが開始されるなか、不思議と俺は妙に落ち着いていた。それは、青空のように思考が澄み渡っている感覚だ。
『FIGHT!』の文字が現れた瞬間、アクムが突進して来ても、その動きが遅く感じる余裕さえ感じていた。
「アクム、手加減のつもりか?」
アクムの攻撃を刀で受け流すが、その軽さに少し苛立ちすら覚えた。
「ナイン!あなた……」
アクムは驚いた顔で続ける。
「今の、私の全力よ?!」
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コントローラーを頭から外すと、身体が重くなる様な感覚を覚えた。結果は3戦全勝。俺はアクムから一度も攻撃を受けていない。
「ちょっと容赦ないんじゃない?」
アクムが悔しそうに言う。
「なんか調子が良かったというか、アクムの動きがゆっくり見えたというか……。実戦でもこれくらいできればいいんだけどな」
アクムは少し寂しげな表情で呟いた。
「早く、記憶が戻ればいいわね。………(アルト)」
彼女が最後に何か呟いたが、俺には聞き取れなかった。
遊園地のようなフロアを後にすると、俺たちはホテルの最上階へ向かった。そこで目に飛び込んできた光景に、思わず叫んでしまった。
「な、何だここは! ブルジョワジーの極みかっ!?」
アクムとタイチョーも目を輝かせている。真っ赤なふかふかの絨毯に、巨大なシャンデリアが七色の光を放ち、まるで別世界の様だった。
「これはすごいですな!」
タイチョーはすっかり乗り物酔いが冷めたようで、フロアを見渡す。そして、カウンターに立っている男女と目が合った俺達は動きを止めた。
「いらっしゃいませ。このフロアの執事とメイドにございます。何でもお申し付けください」
優雅にお辞儀をする二人に美男美女という言葉が頭をよぎる。いや、まさか…ヒューマノイドじゃないよな?
「タイチョー、鼻の下が伸びてるぞぅ?」
「ええ、ナインこそ」
その途端に脳天に衝撃が走った!
「二人とも、だらしないわよ!」
アクムの制裁が俺たちに下されたようだ。
通された部屋は広く、絢爛豪華なリビングにキッチンまで備え付けられていた。夜景を一望出来る寝室にはベッドも三台設置されており一台でも三人寝られそな大きさをしていた。
セクター•カガワの夜景を眺めながら、アクムは「改めて、今日はありがとう。二人とも!」と、笑顔で話しかけてくる。
「迎えに来てくれて、本当にうれしかったわ。まだ、先は長いけど、これからもよろしくね!」
その笑顔に、心臓がドキッと跳ねた。
「なんだか疲れちゃった。先にシャワー浴びてもいい?」
「あ、ああ。構わないぞ」
声が上擦る俺に、アクムは首をかしげ「覗いたら斬るわよ?」と、言葉を残してシャワールームに入っていった。
「ナイン、アクムさんは強そうに見えるが、何か大きな責任を背負っているように見えるな」
タイチョーは淹れたコーヒーを俺の前に置いてくれた。
「ああ、俺の記憶も関係しているみたいだけど、何があってもアクムは俺が守るさ。タイチョーも、キサラギさんを守らないとな!」
タイチョーは深く頷くと「お互い、大切な人を幸せにしてやろう!男と男の約束だ!」と、ニカッと笑った。
── そうか。俺は、アクムが好きだ。
以前の俺が何者だろうと関係ない。この気持ちは俺自身の正直な想いだ。
その夜、俺はなかなか寝つけなかった。
タイチョーの淹れてくれたコーヒーのせいもあったのだろうが、隣で聞こえるアクムの寝息と……。彼女が漏らした「ナイン。好きよ……」という寝言のせいで。




