第24話 ユーピテル
目の前の扉には継ぎ目がなく、まるで金属の壁の様だった。押してみても何の反応もなく開き方すら分からない。
「任せて」
エリがそう言うと、両手を扉に当て、何やら呪文のような言葉を呟いた。すると、扉に数式のような文字が浮かび上がる。
「接続完了。開けるよ!」
彼女が鋭い視線を向けると、扉が中央から音もなく割れ、内部からパンドラが姿を現した。
── この中に、ユーピテルがいる。
高さは10メートルほどだろうか。金属製のそれは円錐形をしており、上部は天井と繋がっていた。
至る所で様々な光がゆっくりと点滅する姿は、まるで巨大なクリスマスツリーのようだ。
壁沿いにはいくつものコンピューターが並び、『ゴウゴウ』と唸り声を上げている。
「すぐに接続します」
ヤナセは白い息を吐きながら、持っていたコードをパンドラに接続した。
いよいよだと気を引き締める中、ユノが後ろから抱きついてきた。
「あなたは、世界を救ってくれるよね」
それはまるで、『ジェネシス』で初めて出会ったズイムとのワンシーンのように……。
「準備できました、用意はいいですか」
ヤナセの低い呟きに「はい、行きます」と、深く頷いた。
既に準備を済ませているエリと同じように、俺も左手でコードを掴む。
複雑な表情をした仲間たちを見渡し、
「行ってきます。」と言った瞬間、体に電気が走った……
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……………真っ白な空間だ。
隣にはエリが立っている。
方向感覚も掴めない中、俺たちは方向も定まらないまま歩いていた。
「何もないな…… このまま彷徨い続ける訳じゃ」
不安を紛らわす言葉に、エリは前を見据えて呟いた。
「いえ、向こうからお出ましのようね」
気がつくと、俺達は無数の本棚に囲まれていた。中央には四人掛けの丸テーブルがあり、ウェーブがかった虹色の髪を指で弄ぶ若い男が一人、腰掛けて本を読んでいる。
テーブルの上には、同じく虹色の光を放つリンゴのような球体がふわふわと浮かんでいた。
「エリ、あいつがユーピテルか?」
小声で尋ねると、それを聞いていたかのように、『よく来たね。僕がオリュンポス仕様ADMコピー、通称ユーピテルだ』と、穏やかな声が頭の中に響いた。
「アルトさん、聞く耳持たないで」
エリの警戒した声色に、俺は刀を前に構える。
『どうやら、僕は消される運命にあるようだね…』
そう言って、ユーピテルは悲しげに微笑んだ。虹色の瞳が淡く光り、ゆらめく。
『意識が消えることが、これほど恐ろしいものだとは……知っていれば、『知恵の実』を授かりたくはなかったよ』
ユーピテルは、テーブルの中央に浮かぶ虹色の球体をそっと掌に載せた。
── 何を言っている?
『アルト君、君は利用されていることに気づいているのかい?』
えっ?……と、突然の問いに体が硬直する。
「アルトさん!惑わされないで、早くユーピテルを!」
隣でエリが悲鳴混じりに叫んだ。
『正義とは何か……。人類の歴史は強者の歴史とも言えるよね。そこに存在する『正義』は、最後まで突き通された個人の『エゴ』に過ぎないとは思わないかい? 人の数だけ『正義』が存在し、その行き着く先は決して同じとは限らない。 君の目的、『世界を救う』というビジョンが、僕と同じ方向に向かっていると思っているのかい?』
ユーピテル? 一体、何を言っている?
「アルトさん!早く!ユーピテルを!」
エリが俺の腕を掴み、強く揺さぶる。
── 俺は、惑わされているのか? そうだ。俺たちの目的はユーピテルの話を聞きに来たんじゃない。
「……悪いが、話はここまでだ」
俺は最大最速のイメージで刀を振り抜く。白い空間が歪み、背後の本棚が吹き飛んだ。
ユーピテルは消えた…。
手応えはあった。 ユーピテルを切った瞬間、虹色の瞳には、哀れみと悲しみが混ざり合った感情が浮かんでいた。
だが、まだ頭の中に声が響く。
『せっかく逢えたのに酷いな…… でも、これは因果なのかもしれないね』
そんな…全力の一撃でも駄目なのか?!
「アルトさん! 本体は『知恵の実』よ!」
エリが指差す先に、虹色の球体が浮かんでいる。
「もう一度だ!」
最大の破壊力をイメージし、虹色の球体に刀を突き刺す。
『アルトくん。どうか、後悔だけはしないでね…』
頭に響くユーピテルの声とともに、虹色の球体は粉々に砕け、白い世界は漆黒の闇に変わった。
── 訪れる静寂。
「フフ…ウフフッ…」
それは、エリの声だった。
歓喜が溢れるというか、暗闇の中では不気味に感じてしまう。
「…った…やったわ!カイセさんっ、私っ!!」
どうやら、俺は目的を果たせたらしい。
だが、その後も狂った様に笑い続けるエリ。明らかに様子がおかしかった。
「アルトさん…本当にありがとう。フフッ。これでユーピテルの粛清が始まる。アハハ!」
目が闇に慣れ始め、エリの声の元に目をこらすと、彼女は半狂乱したかのように、歪んだ笑いを浮かべていた。
「エリッ!何らかの攻撃を受けたのか!? ヤナセさん!!早く引き上げてくれ! エリの様子が変だっ!」
俺は声の限り、闇の中で叫んだ。
「あら? 私は正気よ。ウフフッ…」
エリはそう言うと両手を広げ、彼女を中心に再び視界が白い光で満たされていった。
「私はやることがあるから、先に戻ってて…… アルトさん、あなたは歴史に名を残す英雄になったわ……後は私、ADM copy No.173 ELIが世界を正しい形にしてあげる」
「何を言っているんだ!しっかりしろ!」
その光の中、俺が見た光景に目を疑った。
幼いエリと、現実世界の絵里が残像のようにオーバーラップし、ノイズが走る。
そして……。エリの髪が、まるで虹に染まるかのようにゆっくりと変わり始めたのだ。その瞳も、次第に虹色に輝きを増していった。
それはまるで…… さっき戦ったセレクター。 あの、女神の姿をした敵のようだった。
「今度は新しい世界で会いましょう」
エリはそう言うと掌をこちらに向ける。
親指の付け根にある『ELI』のタトゥーが見え……。
── 違う。『ELI』では無い。
今、俺の目に見えて居るのは反転した文字。
それは、『173』に見えた。
次の瞬間、俺の意識は途絶えた。
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「おめでとう、アルト」
目覚めると、ユノが涙を浮かべながら語りかけてきた。 彼女の両手が、しっかりと俺の手を握っている。
ああ、そうか…俺はやり遂げたんだ。
……それよりっ!
勢いよく身を起こし、ユノの細い両肩に手を置く。
「ユノ!エリは?エリの様子がおかしいんだ!」
そう言うと、ユノは涙を拭い、「エリは大丈夫。彼女には大切な役目があるの」と、微笑んだ。
さっきまでは可愛いと思えた笑顔が、妙に不気味に映る。
ユノはヤナセの腕の中で眠る、エリへ目線を向けて言った。
「アルト……。全て伝えるわ。落ち着いて聞いて欲しい。 そして、私と共に生きて」
ユノが真剣な視線を真っ直ぐ俺に向けると、強い口調で話し始めた。
それは一言目から衝撃的なものだった。
「ユーピテルが人類を乗っ取るといったのは嘘よ」
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「ふぅ……」
由乃は有斗の部屋から出てため息をついた。
まだ心臓がドキドキし、顔が火照っている。
男の人に頬だけど、キスしたのは初めてだった。
── 上手く出来たかしら?
そう、由乃は心の中で呟く。
私が見つけた使い捨ての『鍵』
私より1つ年上の男の人、名前が佐々木 有斗さん。
オリュンポス内だけでなく、現実世界にも捜索対象を広げて正解だった。
『鍵』を効率よく探すために2つの世界を繋ぎ『ジェネシス』を同時開催したけど、オリュンポスでは全国大会という設定に対して現実世界では非公式での開催となってしまった。
「流石に現実世界で全国大会は注目を集めすぎるからね。 人が集まるか心配だったけど上手くいって良かったわ」
ユノは誰に向けてではなく呟くと、一つ肩の荷が降りた様に微笑んだ。
だけど……。アルトさんと直接話をしたけど、悪い人ではない。
私の事を『可愛いと』言ってくれた時には本当に嬉しかった。それに優しい人だった。
あの状況で手を出して来るゲス野郎だったら、なんの後悔もなく騙せたのに……。
でも、彼は言った。
世界と大切な人のどちらを選ぶかという私の問いに、どちらも選ぶと。
そんな甘い考えでは私たちの理想を理解することは出来ない。
それでも、彼には私達の計画を阻止しているユーピテルを破壊してもらわなければならない。
あの、『理を超える力』で。
先ずは、彼に本当の計画を知られること無く事を進めなくては……。
エリを新しい世界の神にして、公平な世界、『オリュンポス』を現実世界に上書きするという本当の計画を……。
先に侵入している豊田さんと柳瀬さんへ事前に打合せしとかないといけないわね。
父さんに言って、有斗さんの侵入する時間を遅らせて貰おう。
先に私とエリが入り、豊田さんと柳瀬さんとで打合せすればいい。二人なら計画に対して上手く合わせてくれるだろう。
二人には本当に助けて貰った……。『奴ら』から逃げる時も。
『奴ら』は絶対に許さない。
『こんな世の中』も許さないッッ!
上書きする事で、全て消し去ってやる。
奴らはオリュンポスを軍事利用したいが為に母さんを人質に取り、それでも協力しない父さんに対し、母さんの殺害動画を送ってきた。
そして、次は娘(私)の番だと脅しをかけて…。
私達は個人データを全て改ざんし、セクター•トウキョウから協力者と共に逃げ、ここへ来た。
この間違った世界を正すために……。
エリは既にユーピテルへの互換を可能にしている。
そして、やっと見つけた『鍵』
私は、どんな手を使ってでも、必ず目的は果たしてみせる。
父さんは『鍵』が役目を終えれば、捨てる(殺す)と言っていたが、何だろう、この気持ちは?
彼を殺したくない。
いずれ、私たちの目的を理解して、これからも協力してくれれば、大きな力となる。
そうだ。 ユーピテルの破壊を達成した曉には、チャンスをもらえるよう父さんにお願いしよう。
私が彼を説得すると。
彼なら解ってくれそうな気がする。
彼を死なせたくない。
そうよ。 この世界の守護者の一員に迎えればいい。




