交渉
「おい、お前達!そこで止まれ!」
悲壮な顔をしつつ、アレスに話しかけるイーストシティの門番。
毎日のようにこの門を通っていたために、軽く挨拶するくらいの間柄の中年のおっさんである。
「ギルド【ライオン】だなっ!??そ、その女は、ひょっとして・・魔族・・じゃないのか??」
リリスは特徴的な耳、尻尾、赤い瞳をしており、言い伝えられている通りの魔族の出で立ちをしている。
「あぁ、そうだ。間違いない。問題でもあるのか??」
「問題も何も・・・なぜ魔族がお前達と一緒にいるんだ!?」
「えーっと、フォール山脈に訓練に行ったら、【宵の守護者】とこの魔族の女が戦っていたんだ。そこに、俺たちがその戦闘に加わり【宵の守護者】と一緒にこの魔族を倒したんだ。しかし、この魔族の女を殺すのも忍びないし、性格も温厚な奴だから、俺の奴隷にしたんだよ。」
だいたい嘘である。
「えっ・・あっ・・?」
今までおよそ平穏な日々を暮らしてきた門番にとって、荒唐無稽な話でありとても信じられるような話ではない。
人間と魔族は遥か昔から交戦状態にある。
しかし、それは【エデン公国】の北に位置する【ノースシティ】においての話である。
この【エデン公国】の首都である【イーストシティ】では魔族との交戦経験はない。
「奴隷の生殺与奪とかの一切の権利は、その主に帰属する、よな?ってことは、この街に入るのも問題ないよな?勿論、この魔族の女が騒ぎを起こした場合は、その全ての責任は俺がとる。」
「いや、しかし、・・・法に照らせばそのような解釈もできるが・・。少なくとも、俺の権限ではその判断はできない。今、上のものを呼ぶから少し待ってくれ。」
(妥当な判断だな。)
ひょっとしてこのまま入れてくれないかなーと思っていたアレスだが、やっぱり無理だった。
たっぷり一時間程待たされた後、ぞろぞろと100人ぐらいの武装した集団が門から現れた。
その中に風格のある者が何人か存在する。
それぞれの格好から類推するに、おそらく、ギルドを統括する長、軍を統括する団長とその副団長、内政を取り仕切る長、王の側近、法を取り仕切る長ーーーいずれも名前は知らないが、そんな所であろう。
彼らが100人近くの護衛に守られれ、アレスの近くまでやってきた。
「初めまして、になるのかな。ワシはこのイーストシティのギルドの長をしているボーガンだ。」
そう言ってきたのは身長2m近くになるであろう筋肉ばきばきのおじーちゃんである。三国志の関羽のような立派なヒゲをしている。
「はじめまして、だな。イーストシティでギルド【ライオン】のリーダーをしているアレスだ。こっちの黒い服を来てるのがユフィ、白いのはソフィ、こっちの男はレイン、この4人で【ライオン】だ。」
簡素に紹介すると、ユフィ、ソフィ、レインが緊張した面持ちで一礼する。
「そうかそうか。早速だが、本題に入ろうとするか。さきほど門番から連絡があったから概ね理解しているが、やはり本人の口からもう一度話を聞きたくて、な。」
「あぁ、分かった。」
アレスは門番に説明したことをさらに端的に説明した。
つまり、フォール山脈に散歩→【宵の守護者】と魔族が戦闘しているところに出くわす→魔族やっつける→魔族を奴隷にした ←イマココ!ということを説明した。
「にわかには信じられんが・・・。そこの魔族の女とは意思疎通できるのかのう?」
「えぇ、もちろんですよ。リリス?」
「はい、もちろんですわ、アレス様。わたくしはアレス様の奴隷にございます。」
リリスの口調が変わっているが、ここは空気を読んでくれているのだろう。というか、この状況を楽しんでいるのだろう。
「おぉ・・・。」
お偉いさん達や、その100人の護衛からどよめきの声であふれる。
無理もないだろう。この1000年程の歴史において、魔族を奴隷にできたことなんてない。
その人類史上初めてのことに出くわしているのだから。
「事情は分かった。しかし、それをまだ鵜呑みにするわけにはいかんな。第一、【宵の守護者】が倒せなかった魔族が中級クラスのギルドで倒せることにも得心がいかん。」
当然のことだ。一国を統治するお偉いさん達が、さすがにこの若年の青年のみの言葉をそのまま信用するはずがない。
アレスはどう説明していこうかと切り出そうかと考えていたところ、ギルド長ボーガンの後ろから女の子がひょっこりと現れた。ギルドの受付をしてくれているアーニャである。
「恐れながら申し上げます。ギルド【ライオン】の実力は【宵の守護者】よりも上かと思います。ユフィさん、ソフィさん、レインさんは上級者クラスの実力を有していますし、アレスさんは上級クラスを越えて超一流クラスです。ただ、ギルドを結成してから日が浅いためギルドのレベルとしては中級クラスとなっています。というか、アレスさんはあの伝説のギルド【ミスリル】のメンバーだった・・と言えば伝わるでしょうか。」
「それはまことか?!」
「えぇ。その通りです。」
そう言って、アレスは【ミスリル】の頃のギルドカードを提示する。
「本物・・じゃな。」
うむむ・・とうなっているギルド長の横から高貴で高そうな絹の服を着た男が口を開いた。年齢は40歳程度と見え、かなり細身の体系で眼鏡をかけている。良く言えば知的な印象、悪く言えば冷たい印象を受ける男である。
「私はこの国を内政を担当しているゴールマンだ。私から君たちに提示する条件は、一つ、法に触れないこと。二つ、騒ぎを起こさないこと。三つ、魔族の情報を開示すること。四つ、ギルド【ライオン】は軍に協力すること。これが飲めれば、私の責任においてこの街に滞在をすることを許可しよう。」
「では、法に関してはワシから説明させてもらうとしよう。あ、ちなみにワシは法務を担当している名もなきジジイじゃ。どーせ名前覚えられんじゃろ?」
そう言って、また他の別のおじーちゃんが笑顔を浮かべながら出てきた。もー名前覚えられんと思っていたアレスは、この人の好感度が一気に上がった。
「王国の法では、奴隷についてちゃんと明記してあるのじゃ。ものすごく簡単に言えば、”民”は奴隷を持つことが出来る。奴隷に関する一切の権利と責任はその所有者に帰属する。つまり、魔族がどう、とかの種族に関する規定は一切ない。しかし、法を素直に解釈すれば魔族を奴隷に持つことも問題ないとワシは考える。まぁ、一般的に魔族とのハーフが奴隷として認められているしのぅ。」
「ってことは、ひとつめの法には触れないってことに関しては問題ないな。」
「あぁ、そう考えてもらって問題ないのう。」
「二つ目の、騒ぎを起こさないこと、これも了解した。三つ目の魔族の情報の開示についてだが・・・、リリスどうだ?」
「えぇ、私は問題ありませんわ。私の知りうる限りの情報はお伝えします。」
「ってことでこれも問題ないな。四つ目、【ライオン】は軍に協力すること、と言っていたが具体的には何を想定している?」
「それは私から説明しよう。」
また新しい人物が出てきた。高級な鎧をつけていることから、軍の長あたりであろう。
「【ライオン】には我が軍の訓練に教官として参加して欲しい。実際の魔族と戦う機会なんてほぼありえないからな。あとは、大きな戦争を仕掛けるときや魔物からの攻撃を受けたときに、軍の指示に従って動いて欲しい。」
「軍の訓練への参加は承知した。しかし、後半の方は飲むわけにはいかないな。まず、それに従わなければならない理由がない。あぁ、勿論戦闘には参加するさ。しかし、軍の指揮下には入らない。」
「分かった、それでいいだろう。」
「ただ、このまま中に入れる訳にはいかない。【宵の守護者】の証言を聞いて間違いがないことが分かれば、中に入ることを許可する。あとの詳しいことは、ギルド長に任せる。」
そう言って、内政の長であるゴールマン達高官とその護衛一行は去っていった。
残されたギルド長とアーニャと【ライオン】のメンバー達。
「それでは、【宵の守護者】が来るまで待つこととしようか。そのうちあいつらも帰ってくるんだろう?」
ギルド長のボーガンはアレスに尋ねた。
「えっと・・・あと三日間程度はかかると思う。俺たちは急いで帰ってきたからな。」
「うっ!・・・アーニャ、後は任せた。」
「ギルド長がここにいないと、ダメに決まってるじゃないですか!?私じゃ責任とれませんよ!??」
シュタッ!と手を挙げながら去ろうとするボーガンの服をぐっと引っ張りながら正論を述べるアーニャ。
「だって、仕事が・・・。」
「まぁまぁ。ボーガンのおっちゃん、酒でも飲みながらゆっくり一緒に待とうぜ!」
「そっスよ!ギルド長の武勇伝を色々聞きたいッス!」
「分かったよ。お前らこれから三日三晩飲みまくるぞ?」
「妾も混ぜるのじゃよ!」
こうして、【ライオン】一行とギルド長はイーストシティの門の外で野営を行い、【宵の守護者】を待つことにした。
ユフィとソフィについては、特に野営する必要もなかったため、夜は宿に帰ってもらった。
残ったアレス、レイン、リリス、ボーガンはとにかく飲みまくった。
飲んで、潰れて、寝て、復活して、飲んで、潰れて・・・を三日繰り返した。
そろそろ彼らの肝臓がアルコールを分解することをあきらめようかとした頃、ようやく【宵の守護者】がイーストシティにたどり着いた。
その頃には【ライオン】とギルド長ボーガンはすっかり意気投合していた。
ボーガンは2〜3分程度【宵の守護者】に事実を確かめ、さっさとその質問を終わらせた。
そしてボーガンはリリスに危険はないと判断し、魔族であるリリスの入城が許された。




