8.招かれざる乗客……①
コンテナの陰は、思っていたより狭かった。
膝を抱えて身体を丸めても、背中は貨物区画の壁に、爪先は最後尾のコンテナに当たる。頭の上では荷役クレーンが唸り、固定具が噛み合う金属音が、その度に腹の底まで響いた。
鉱石の匂いがする。鉄と焦げた砂のような匂い。コンテナの継ぎ目から、レオナートの青い光が細く漏れていた。
「レオナートの近くにいりゃ、船のセンサーにも引っかかりにくいって、親方が言ってた」
ルッツはそう言って、最後に固形食料の包みを1本だけ押しつけてきた。
――余計なお世話だ……
そう思ったのに、少女は、その包みをずっと握りしめている。
やがて、貨物区画の大扉が閉じた。重い音がして、外の照明が消える。残ったのは、コンテナの隙間から漏れる青い光だけだった。息を吐くと、白く濁った。
「……寒い……」
思わず漏れた声を、慌てて飲み込む。誰も聞いていないと分かっていても、喉の奥がひやりとした。
床が、震えた。
低い唸りが、壁を伝って背中に響いてきて、少女は思わず、固形食料の包みを握り直した。
次の瞬間、見えない手に押さえつけられたように、身体が床へ沈んだ。
離床の加速だ。貨物区画の何処にも固定されていないのは少女の身体だけだ。必死に腕を伸ばしてコンテナの取っ手を掴むが、加速して発生するGは、容赦なく襲ってくる。
――手を離したら、やばい!
頭では分かっている。分かっているのに、胃が持ち上がり、奥歯が勝手に鳴った。屋敷の窓から何度も見上げてきた船の光が、乗る側になるとこんなに重いとは思わなかった。
「……平気だし」
誰にともなく呟く。
「こんなの、塀から飛び降りるのと一緒だし」
一緒な訳がない。
それでも、言わずにはいられなかった。言っておかないと、膝が震えているのを認めることになる。
「あとちょっと耐えるだけだし……そうなれば!」
空調は作動していない。与圧され辛うじて歩き回ることはできる貨物区画の中で、少女は襲い来るGに堪えるしかなかった。
◇ ◇
「積み込み、完了だな」
『全400トン、固定を確認しました』
艦橋に戻ったミューラーは、まだメイクを落としていなかった。管制塔との交信が残っているからだ。
『管制塔より出港許可。第7埠頭より離床を許可する……とのことです』
「早ぇな」
『船長。現在、本港で出港許可を得ている船舶は本船のみです』
ミューラーは手を止めた。
「……本船のみ?」
『はい。他の船舶はすべて、執政府の指示で待機中です』
入港に5時間。輸出許可は1日。出港許可は即日、しかもこの船だけ。
この港は、何もかもが妙に厳しくて、そのくせ自分に対してだけ妙に優しい。
「嫌な港だな」
『同感です』
「さっさと出るぞ。トレーダーまでの所要時間は?」
『最短航路で3日です』
「よし! 3日後には510万ユニーだ」
『告……あくまでも予測値です』
「良いんだよ、せめて夢くらい見させろ」
『シュヴァルベ』の機関が唸りを上げた。
元軍用重巡航艦の巨体が、ゆっくりと埠頭を離れていく。地上の照明が遠ざかり、やがて惑星の夜景がひとつの光の点になった。
「ナターシャ。メイク落とすの手伝ってくれ」
『了解』
「帰ったら、あの爺さんに一杯奢らせてやる」
ミューラーは上機嫌だった。だから、気づかなかった。
満載の貨物区画の最奥。最後に積まれたコンテナの陰で、小さな息が一つ、じっと殺されていることに。
やがて、加速の重みが収まると、少女は、詰めていた息をゆっくりと吐いた。
――もう、戻れない……
コンテナの壁に背を預けると、塀の上から見た屋敷が瞼の裏に浮かんだ。
灯りのついていない窓。あの部屋の主は、もう何日もあの窓から外を見ていない。
「……別に」
口の中で、言葉を噛み潰す。
「別に、彼奴のためじゃねぇし……」
昔から、あの人とは上手く話せなかった。何か言われる度に言い返して、言い返すたびに館を抜け出した。最後にまともに顔を見て話したのが何時だったか、もう思い出せない。
――だから、これは違う……
そう思った。
「アタイが、此処にいたくないだけし! この星から出たかっただけだし!」
それ以外の言葉は、喉の所で、どうしても形にならなかった。
「絶対、戻ってこいよ、ジーク」
ルッツの声が耳に残っている。
返事はしなかった。否、できなかった。「うん」と言ったら全部が本当になってしまいそうで。
少女は膝を抱え直し、港で見た船長の顔を思い出した。
背が高くて、顔が良くて、隣に馬鹿みたいに綺麗な女を連れていた。いかにも口が回りそうで、いかにも金にうるさそうな、派手な野郎。
ああいう手合いは、密航者なんか見つけたら、迷わず最寄りの港に突き返すに決まっている。
だったら、見つからなければいい。
――見つかったら……その時は、その時だ
少女は、握りしめていた包みを、ようやく少しだけ緩めた。
◇ ◇
鉱山惑星の重力圏を抜けて、半日が過ぎた。
艦橋の船長席で、地味な男が端末を眺めて、にやついていた。
画面には、トレーダー取引所のレオナート相場がリアルタイムで流れている。トン当たり4万6000ユニー。昨日から100ユニー上がった。
「こんなボロい商売はないぜ!」
画面を見て、ミューラーは相変わらず醒めてしまった合成コーヒーの入ったマグカップを高く掲げた。
「400トンで4万ユニーだぞ、ナターシャ。寝てるだけで4万だ」
『船長は起きています』
「言葉の綾だ」
ナターシャの返答はにべもない。管制システムを操作しながら冷静に情報を伝えてきた。
『報告……新たな情報です』
「何だ。相場が下がったって話なら聞かねぇぞ」
『貨物区画に、生命反応があります』
「はっ?」
ミューラーの手が止まった。マグカップを持ったまま、見開いた瞳をナターシャに向けた。
「……ネズミか?」
『確認……体温と心拍から推定して、体重は40キロから50キロ。人間です』
「ネズミであってくれよ」
『否……人間です』
「密航者かよ……ったく……」
ミューラーは天井を仰ぎ、それから船長席の脇の収納を開けた。
中から取り出したのは、麻痺銃だった。実弾の拳銃もあるにはあるが、あれは1発撃つごとに弾代がかかる。麻痺銃なら充電するだけで済む。
「行くぞ……運賃を高くふんだくってやる」
『了』
オペレーション席から、ナターシャの身体が立ち上がった。




