7.魔石の商談……③
売り手は、港湾区画の外れにある事務所でミューラーを待っていた。
「お待ちしておりました。ゲッフェルトと申します」
40がらみの男だった。仕立てのいい服を着て、愛想よく笑う。ただ、笑うたびに目が一瞬だけ扉のほうへ流れる。
ミューラーは自分の笑顔を崩さないまま、それを見ていた。
「ヴァイス氏から話は伺っています。さっそくですが、現物を拝見できますか?」
「もちろんです。どうぞ、こちらへ」
案内された倉庫には、封印されたコンテナが整然と並んでいた。ゲッフェルトがそのうちの1つを開けさせる。
中で、鈍い青色の鉱石が光っていた。
『レオナート』……通称、魔石。
ミューラーは手袋を嵌め、無作為に選んだ塊をナターシャに渡した。
「測れ」
『分析します』
ナターシャは、スーツのポケットから筒形のジュエリールーペを取り出して装着した。もちろんそんな物を付けなくても鑑定は可能だが、演技はしなければならない。
瞳の奥で、微かに光が走った。
『純度98.7パーセント。不純物の構成も安定しています』
「……高ぇな」
「当社の鉱区は質がいいのが自慢でしてね」
ゲッフェルトが胸を張った。
『この惑星の鉱区で公表されている純度の上限は、96パーセント台です』
「新しい鉱脈に当たりまして。まだ統計に反映されていないのでしょう」
ゲッフェルトの返事は早かった。早すぎるくらいに。
ミューラーは鉱石を元に戻し、ゲッフェルトに向き直った。
「品物は申し分ない。では、書類を拝見したい」
「書類、ですか」
「ええ。採掘許可証、精錬記録、売買契約書の原本、それから輸出許可証。全部です」
ゲッフェルトの笑顔が、ほんのわずかに固まった。
「ヴァイス様からは、話の早い方だと伺っていましたが……?」
「話は早いですよ。書類が揃っていれば、今日中に積み込みます。揃っていなければ、今日中に帰ります」
ミューラーは笑顔のまま言った。
そう言いながら、ミューラーは左手を軽く持ち上げ髪を撫でた。その袖口から金とプラチナ輝く腕時計をのぞかせながら。
ロワイエ『コスモデイト40』。
時計メーカー高級ブランド『ロワイエ』の最高級モデルで、銀河標準暦と寄港地の現地日付を同時に刻む。辺境の港の役人なら、年収が丸ごと消える代物だ。そして金があれば誰でも買えるという物でもない。信用ある人物が信用で装着できる。
それがロワイエのロワイエたる所以だ。そして鑑定書付き……入手元がヴァイスであることだけは、考えないようにしている。
ゲッフェルトの視線が、一瞬だけ文字盤に吸い寄せられた。値踏みする目だ。この客は金と信用を持っている。そして、それらを持っている客は、決して時間を無駄にしない。
時計はハッタリだ。だが、言葉のほうはハッタリではない。これだけは、本気だった。
ゲッフェルトはしばらく彼の顔を見ていたが、やがて肩を竦め、部下に書類を持ってこさせた。
ミューラーはそれを1枚ずつ、ナターシャに読み取らせた。
『採掘許可証。番号を惑星鉱業局の公開登録と照合しました。有効です』
「次」
『精錬記録。精錬所の認証番号、有効です。日付も採掘許可の範囲内です』
「次」
『売買契約書。売り手の法人登記、有効です』
「輸出許可証は」
『執政府の発行です。有効です。発行日は……昨日です』
ミューラーは眉を上げた。
「昨日?」
「ええ、急いで取らせました。せっかく遠方からお越しいただくのですから」
入港するだけで5時間かかる港で、輸出許可が1日で下りる。
ミューラーはそれ以上、何も言わなかった。
書類はすべて揃っている。どれも本物で、どれも有効だ。揃っている以上、これは正規の荷だ。少なくとも、紙の上では。
「ナターシャ。今日のやり取りは全部記録しとけ。書類の照合結果も、照合した時刻もだ」
『常時記録しています』
「別に保存しとけ。後で揉めたとき、俺の首を繋ぐのは紙切れだからな」
ゲッフェルトが不思議そうな顔をした。
「揉めるようなことは、何もありませんよ」
「ええ、もちろんですとも。これはただの癖です……」
ミューラーは手を差し出した。
「400トン、トン当たり2万8000ユニー。いただきましょう」
◇ ◇
同じ頃。
港から少し離れた丘の上で、1人の少女が石塀をよじ登っていた。港湾作業者と同じ服装をしているが、こんな場所では荷役作業はない。
塀の上を走る警備センサーが、彼女の生体情報を読み取る。照合結果は「居住者」。警報は鳴らなかった。
この館の警備システムは、住人が塀を越えることまでは想定していない。止めに来るとすれば、正門に立つ治安部隊の兵だけだ。だから、門ではなく塀を選んだ。
塀の向こうには、広い庭と大きな屋敷がある。夕暮れの中で、窓の灯りが一つ、また一つと点っていく。
少女は塀の上で一度だけ振り返った。灯りのついていない窓が、一つだけある。
「…………っ」
少女は唇を噛み、それから塀の外へ飛び降りた。
着地は慣れたものだった。小さい頃から、何度この塀を越えたか分からない。
裏道を抜け、坂を駆け下り、港へ続く路地に入る。屋台の油の匂いと、鉱石を運ぶ車の轟音。屋敷の中では決して聞こえない音が、少女の耳にはなつかしかった。
「ジーク!」
路地の奥から、作業着の少年が手を振った。
少年の名はルッツ。港で荷役の仕事をしている、昔馴染みだ。
「こっちだ。早く」
「ルッツ、港はどうなってる?」
「最悪だ。先月から、船はほとんど出られない。出港許可が全然下りないんだ」
「全然?」
「ああ……でも、今夜1隻だけ、出る船がある」
ルッツは路地の先、港の明かりを指さした。
「第7埠頭の、銀色の船だ。軍艦みてぇなでかい商船でさ。あれだけ、何故か許可が下りてる」
少女は埠頭のほうを見た。
夕闇の中に確かにその船はあった。スタイリッシュだが、鈍色の船……とても商船とは思えない外観をしている。
「あの船の行き先は?」
「トレーダーだってよ。『レオナート』を山ほど積んでる」
「……それでいい」
少女は小さく頷いた。
「アタイは、この星を出なきゃいけないんだ」
ルッツは何か言いかけて、やめた。
代わりに、自分の作業帽を少女の頭に乗せた。
「積み込みはあと2時間で終わる。最後のコンテナの陰なら俺が案内できる。出る時の検査も、あの船だけは形だけらしい。妙な話だけどな……」
「ルッツ……」
「何も聞かないよ。昔からそうだろ」
少年は笑った。少女も、少しだけ笑った。
第7埠頭は、照明で昼間のように明るかった。
作業員に紛れて歩きながら、少女はその船の足元にいる男を見た。背の高い、整った顔の男だった。積み込みの様子を見守りながら、時折、作業員に労いの声をかけている。その隣には、目を疑うほど美しい女が立っていた。
「あれが船長?」
「らしいな。隣のは秘書だってよ」
「美人を侍らせて……ずいぶん派手な野郎だな」
少女は小さく呟いた。
派手な男……如何にも口が旨そうで、如何にも金に汚そうな男。でも、今はどうでもいい。この星を出られるなら、乗る船の船長が誰でも構わない。
「ここだ」
ルッツが、積み込み待ちのコンテナの列を指さした。最後尾のコンテナと貨物区画の壁の間に、人が一人潜り込めるくらいの隙間がある。
「このまま一緒に積まれる。中に入っちまえば、出港まで誰も見回りには来ねぇ」
「ありがてぇ、恩に着るぜ、ルッツ」
「礼はいい。その代わり……」
少年は少女の顔をまっすぐに見た。
「絶対、戻ってこいよ、ジーク」
少女は答えず、作業帽を少年に返した。
それから、コンテナの陰に身を滑り込ませた。




