6.魔石の商談……②
鉱山惑星アイゼンシュタットの宇宙港は、厳戒態勢でぴりぴりしていた。
入港許可が下りるまでに3時間。
ようやく指定されたバースに『シュヴァルベ』を接岸させたと思えば、今度は船舶通関局の検査官と、完全武装した治安部隊が乗り込んできた。
船籍証明、乗員名簿、貨物目録、武装登録証。
提出を求められた書類は一通り揃っている。それでも検査は終わらない。
貨物室はもちろん、機関室、居住区画、果ては床下の整備スペースまで調べられた。主砲をはじめとする武装についても、登録された型式と実物が一致しているか、一門ずつ確認される。
結局、船内を隅々まで検めるのに、さらに二時間を要した。
「元軍艦だと?」
「正規の払い下げ船です。軍発行の軍役離脱証明書と商船登録証明書、今回の航行許可証はこれです」
応対しているのは、メイクを済ませたミューラーだ。
入港許可を待っている間に、ナターシャが手早く顔を作り直した。無精髭は剃られ、だらしなく垂れていた濃紺の髪も整えられている。
白いスーツに青いシャツ、白いネクタイ。船内でくたびれた作業着を着ていた男と同一人物とは思えないほど、爽やかな青年実業家然とした姿になっていた。
その背後には、秘書姿のナターシャが控えている。
淡い紫色の髪はいつものツインテールではなく、後頭部でひとつにまとめられていた。身体の線に沿った濃紺のジャケットに同色のタイトミニスカート。白いシャツの襟元には赤いネクタイが結ばれている。
治安部隊の隊長は登録証とミューラーの顔を見比べ、それから隣に立つナターシャを見た。
見て、固まった。
隊長だけではない。床下の整備スペースを覗き込んでいたはずの検査官たちが、いつの間にか艦橋の入り口に溜まっている。
視線の行き先は、ひとつだった。
タイトミニの裾からスラリと伸びる細く長い脚。黒のストッキングに包まれたその脚線は、作り物めいて整っている……実際に作り物なのだが、それを知る者はここにはいない。
若い検査官のひとりが、手にしていた検査端末を取り落とした。拾おうとして屈み、そのまま脚の高さで固まる。隣の同僚が、肘でそれを小突いた。
やがて、全員の視線が、ゆっくりとミューラーへ移った。
見惚れていた顔ではない。はっきりとした敵意だった。
――何でこんな優男に、あんな美人が……
口には出さなくても、全員の顔にそう書いてある。隊長が、露骨に眉をひそめた。
「……そっちは?」
「秘書です」
『秘書です』
寸分違わぬタイミングだった。
「秘書……ねぇ」
隊長が、わざとらしく語尾を伸ばした。
「随分と、仕事のできそうな秘書だな」
「ええ。優秀ですよ」
「どういう仕事を任せてるんだ? 夜もか?」
背後の検査官達から、下卑た笑いが漏れ、ミューラーの爽やかな笑顔の端が、ぴくりと引き攣った。
『帳簿管理、航路計算、火器管制、ならびに船長のメイクです』
ナターシャが淡々と答えた。
「……メイク?」
「商談用の身だしなみです」
ミューラーが早口で被せる。これ彼女に以上喋らせると、何を言い出すか分かったものではない。
隊長はもう一度ナターシャを眺め、何か言いたげな顔をしたが、結局何も言わなかった。代わりに、登録証をミューラーの胸元へ突き返す手つきが、必要以上に乱暴だった。
ミューラーにとっては慣れた反応だ。
慣れていても、居心地は悪い。港で『フィギュア狂いの変態』と呼ばれる理由の半分は、こういう時の誤解でできている。
「ずいぶん厳重ですね?」
「不正採掘の件があったからな。『レオナート』の出し入れには、執政府の許可が要る」
「執政府……ですか?」
ミューラーの表情は変わらなかった。
「確か、本星では、それらは領主府だったのでは?」
隊長の顔が、一瞬だけ硬くなった。
「何、制度が改正になって、今は執政府が仕切っている……それだけだ。我々のやるべき仕事は変わらん」
「なるほど」
それ以上、ミューラーは聞かなかった。隊長は端末を操作し『シュヴァルベ』の入港証に電子署名を入れた。
「船舶通関は終了だ。ただし、登録武装の使用は禁止。主砲の火器管制系は宇宙港管制局の監視下に置く。出港するまで解除するな」
「了解しました」
『管制リンクを確認。全兵装を港内安全モードへ移行しました』
ナターシャが即座に応じる。
隊長は小さく頷くと、部下を引き連れて船を降りようと踵を返した。
「隊長」
船を降りようとした男を、ミューラーが呼び止めた。
「なんだ?」
「これ、皆さんでどうぞ」
差し出したのは、小さな箱だった。隊長が訝しげに見る。
「……何だ、これは?」
「トレーダー産の珈琲です。5時間も付き合わせたのですから、戻られたら休憩くらい必要でしょう」
「任務中だ……受け取れん」
「賄賂じゃありませんよ。検査はもう終わっているじゃありませんか? これはほんの差し入れです」
ミューラーは笑った。
「次にお目に掛かった際、手前の顔を覚えていて頂ければ、それで十分です」
隊長はしばらく箱を見つめ、やがてフッと小さく笑った。さっきまでの敵意が、ほんの少しだけ目元から抜けていた。
「……まったく商人というのは、油断ならんな」
「褒め言葉として受け取っておきます」
ミューラーから小箱を受け取った隊長は、部下に「行くぞ」と声を掛け外へ出て行った。最後尾の若い検査官が、名残惜しそうに一度だけナターシャを振り返った。
『船長。先ほどの珈琲は仕入価格で18ユニーです』
「安いもんだろ」
『隊長から得られる将来的便益を考慮すれば、妥当な投資と判断します』
「だろ?」
『ただし、船長は自分では一度も飲んでいません』
「あれは良い物だからな……とっておきだったんだ」
エアロックが閉じてから、ミューラーはようやくネクタイを緩めた。
「しかし……5時間だ。たかが入港するだけで」
『正確には5時間13分です、船長』
「細けぇよ」
ミューラーは深く息を吐いた。
だが、頭の中では別の言葉が引っかかっていた。
――執政府……か……
ヴァイスから聞いていた話では、アイゼンシュタットは、領主が直接統治する鉱山惑星だった筈だ。
「ナターシャ」
『はい』
「領主府と執政府について調べろ。表向きの情報だけでいい」
『了解しました』
どうにも、きな臭い。
ただレオナートを仕入れて帰るだけの商売……そう思っていた。
「やっぱり胡散臭いじゃねぇか……クソ爺……」
情報収集を始め、耳のヘッドセットの明滅が激しくなるナターシャを見ながら、ミューラーは小さく悪態を吐いた。




