4.胡散臭い儲け話……②
「……で?」
「何じゃ?」
「いくらだ?」
老人の口元が緩んだ。
「そう来なくちゃな! 38万ユニーだ……だがな坊主……」
「ナターシャ、行くぞ」
スンという効果音が響きそうな程、ミューラーの顔から感情が消え、慌ててヴァイスが両手を上げる。
「待て、待て、待て! 話は終いまで聞かんか!」
「今の仕事の利益の倍じゃねぇか!」
「当たり前じゃろう! 軍用品じゃぞ! 特注品じゃぞ!」
「爺さんが38万って言うなら、仕入れ値は12万くらいだろうが! ふっかけるんじゃねぇ!」
「馬鹿を言え。仕入れ値は20万したわい」
「寝言は寝てから言え」
「そうか……じゃあ、40万でどうじゃ?」
「バーロー! 値段上がってんじゃねぇか!」
「今、相場が動いた」
「3秒で動く相場があるか!」
「相場ってのは生き物じゃからのう!」
再びヴァイスが呵々と笑い、ミューラーはわざと大きく舌打ちした。
「爺さんの舌が生き物なんだろうが!」
「おうよ、儂も生きとるでな! 坊主には格安の27万で譲ってやる」
「要らねぇよ! 14万なら買ってやる」
しばし、2人は睨み合った。
港の喧騒が、2人の間だけ遠のいたようだった。通りすがりの荷役作業員が、またあの2人か、という顔で肩をすくめて通り過ぎていく。
この港で、この老人と若い商人の値切り合いは、ちょっとした名物になっていた。
「15万」
「25万」
「18万」
「24万」
「20万」
「23万5000」
「刻むんじゃねぇよ!」
「なら24万」
「戻すな!」
ミューラーは眉間を揉んだ。
「そもそも、本当に動くんだろうな?」
「何じゃと?」
「そんなに値を変えるって……爺さんも扱いが困っている不良品じゃねぇのか?」
ヴァイスの眉が跳ね上がった。
「失敬な! 儂がお前さんに、一度でも動かない代物を売りつけたことがあったか?」
「動くさ、一応……でもな、6対4で欠陥品が多い」
「へん! お前さんの使い方が悪いだけじゃ! どうせマニュアル読まずに使ったんじゃろ」
「ふざけろ! この前の姿勢制御ユニットなんざ、取り付けた翌日にエラーを吐いたじゃねぇか!」
「何を言う! あれは『ほぼ新品』じゃった!」
「だが、製造から26年経ってたぞ! メーカー保証対象外だ!」
「宇宙では26年など誤差じゃ!」
「どんな誤差だ!?」
まるで地下オークションでの出品者と落札者の会話のような不毛な会話が続いていく。ナターシャが再びミューラーの前に出て声を掛けた。文字通り表情一つ変えず。
『ヴァイス様』
「何じゃ、嬢ちゃん?」
『前回購入した姿勢制御ユニットについては、内部素子3点の劣化が確認されています』
「……ほれ見ろ!」
「じゃが、動いたじゃろう?」
『動作はしました』
「ほっほっほ! では問題あるまいて!」
「そこで勝ち誇るな!」
ミューラーは大きく息を吐いた。
この老人と話していると、いつもこうだ。最後には、なぜか向こうのほうが筋が通っているような気にさせられる。商人としての年季が違う。悔しいが、それは認めざるを得なかった。
「現物は今、有るんだろうな?」
「もちろんじゃ、買うのか?」
「見せて貰ってから決める」
「では、23万ユニー」
「18万」
「22万」
「19万。それ以上ならいらん」
「21万5000」
「……ナターシャ」
とうとうミューラーはナターシャに判断を任せた。確かにヴァイスの商品は魅力的だ。兵装の無駄遣いが減少するならそれに越したことはない。
しかし、白熱すると冷静な判断ができない。
『新品の同等品は、平均35万ユニー前後です。正常に動作するのであれば、21万5000ユニーは超割安です』
「正常に動けば……だろ?」
『はい』
2人の視線がヴァイスへ向いた。
「何じゃ、その目は?」
「爺さん」
「だから動くと言っとるじゃろ!」
「保証は?」
「フン! 3日じゃ」
「短けぇよ!」
「宇宙船の部品に永遠を求めるな!」
「さっき宇宙では26年など誤差って言ってたじゃねーか!」
「ソレはソレ、コレはコレじゃ!」
「いいや、ソレもコレも同じだ」
ミューラーは一歩踏み出した。ここが攻めどころだと、商人の勘が告げている。
「爺さん、さっきから『動く』って言い張ってるよな?」
「当然じゃ」
「本当に動くって自信があるなら、保証を長くつけたところで、爺さんは1ユニーも損しねぇはずだ」
「む……」
「それとも何か? 3日以上は持たねぇって、自分で分かってるのか?」
ヴァイスの口が、への字に曲がった。咥えた葉巻の先が、ぴくりと揺れる。
『報告……AN/AWFCS-870系列の平均故障間隔は、軍の公開資料で約10万時間です。正常品であれば、半年以内に故障する確率は5パーセント未満です』
「ほらな。うちのナターシャもこう言ってる」
「……嬢ちゃんは、どっちの味方じゃ」
『私は管制AGIですので』
どこかで聞いた台詞に、今度はミューラーがにやりと笑った。
「1年だ」
「馬鹿も休み休み言え! 3か月!」
「いいや! 10か月」
「4か月!」
「……8か月」
「5か月じゃ!」
「6か月。これ以上は譲らねぇ。嫌なら他を当たる」
ミューラーは腕を組んだ。ハッタリではない。半年も持たない代物なら、最初から要らない。ヴァイスは長いこと唸っていたが、やがて観念したように、葉巻の灰を指で弾いた。
「チッ、しょうがねぇな……6か月じゃ。持ってけ泥棒」
「泥棒は爺さんの方だろうが」
ヴァイスが素早く手を差し出した。
ミューラーはその手を見つめる。
「値は21万ユニーで良いな?」
「21万5000」
「……21万2000」
「よかろう」
2人は握手した。
皺だらけの手は、見た目よりずっと力強かった。
『商談成立を記録しました』
「ったく……また金が飛んでいく。さっきの稼ぎがパァーだ。」
「何を言っとる? 良い買い物をしたではないか」
「爺さんから物を買ったあとは、いつも不安になるんだよ」
「つくづく疑り深い男じゃのう……」
「その信用を失くしたのは爺さん自身だ!」
「誉め言葉と受け取っておいてやるわ、坊主」
ヴァイスは楽しそうに笑った。
だが、帰ろうとはしなかった。
ミューラーが訝しげに眉を寄せる。
「……何だよ。まだ何かあるのか?」
「まあ、待て」
「今度は何を売りつける気だ?」
「売るんじゃない」
「じゃあ何だ」
「情報だ……」
老人は葉巻を咥え直した。
「火器管制装置は前座じゃ。本題はこっちよ。76万が19万になって、泣きそうな顔をしとった坊主に、ぴったりの話じゃ」
「そこは掘り返すな!」
ヴァイスは、にたりと笑った。ミューラーはその笑顔を見た瞬間、確信した。
碌な話ではない。
「実はな……」
老人は声を潜めた。
しかし、港の喧騒の中で、その声だけが妙にはっきりと耳に届いた。
「ちょいとばかり、面白いブツが手に入る話がある」
「ブツ?」
「エネルギー鉱石……それも『レオナート』じゃ」
ミューラーの目つきが変わった。
『レオナート』……各種発動機関の燃料原料となる鉱石の中でも非常に変換効率が高く、軍でも民間でも、主な動力源の供給に使われている。これがなければ船1隻動かせない。
反面、相場は常に高く、扱える業者は限られている。
まともに手に入るなら、それだけで儲け話だ。
『まともに手に入るなら』……の話だ。
ヴァイスの笑みが、さらに深くなる。
「どうじゃ、坊主。一枚噛んでみるか?」
「…………」
「今度こそ、本当に儲けてみんか?」
ミューラーは息を飲んだ。




