3.胡散臭い儲け話……①
「ほっほっほ」と背後から笑い声がした。
「相変わらずじゃのう、坊主」
ミューラーの眉間に皺が寄った。この声には聞き覚えがある。
それも、ろくでもない意味で。
「……げっ」
思わず漏れた声だった。商談で削られた神経に、この笑い声はよく響く。
「人の顔を見るなり、げっ、とは何じゃ?」
振り返れば、白髪頭の老人が、積み上げられたコンテナに寄りかかっていた。無精髭。くたびれた上着。口の端には、火の消えかけた葉巻。
人の好さそうな老人に見えなくもない。もっとも、その外見を信用して痛い目を見た人間を、ミューラーは両手の指では数え切れないほど知っている。
ゲルハルト・ヴァイス。
この港を根城にする、年季の入った自由商人だ。軍の払い下げ品から出所の怪しい部品まで、金になるものなら何でも扱う。
父の代からの付き合いで、ミューラーにとっては、口の悪い親戚のような存在でもある。
「いつから聞いてやがった。ヴァイス爺さん」
「76万儲かった、あたりからじゃ」
「ほとんど最初からじゃねぇか!」
ということは、ナターシャに経費を1つずつ並べられて涙目になっていたところも、その先の身体のオプションの話も、全部聞かれていたことになる。
ミューラーは顔から火が出る思いだった。メイクの下で。
「ほっほっほ。お前さんも相変わらず商売が下手じゃのう」
「うるせぇ。クロスボーンに80万で売り切ったんだぞ」
「そこじゃよ」
「あ?」
ヴァイスの声の調子が、僅かに変わった。揶揄う時の軽さが消え、商売の話をする時の、低く落ち着いた声になる。
ヴァイスは皺だらけの指を一本立てた。
「高く売ることだけが商売じゃない」
もう一本。
「安く仕入れることだけでもない」
そして、その指を『シュヴァルベ』へ向けた。
「物を手に入れて、運んで、売って、代金を受け取って……最後にいくら手元に残ったか。それを見るのが商売じゃ」
港の喧騒の中で、その言葉だけがやけに重く響いた。何十年もこの銀河で物を売り買いしてきた男の言葉だ。
「……分かってるよ」
「分かっとる奴は、80万から砲撃代だけ引いて76万儲かったなどと言わん」
「…………」
「じゃからお前さんは、まだ坊主なんじゃよ」
「……うるせぇ、クソ爺」
言い返す言葉が見つからない時ほど、口は悪くなる。それはミューラー自身が、一番よく知っていた。
「ほっほっほ」
ヴァイスは愉快そうに笑った。
「まあ、そんな商売下手の坊主に『良い話』を持ってきてやったんじゃがな」
ミューラーは露骨に嫌そうな顔をした。
「爺さんの『良い話』で、良い目を見た試しがねぇ」
「そんな顔をするな。儂は恩人じゃぞ」
「誰が恩人だ!」
「『シャルンホルスト』をお前さんに回してやったのは誰じゃったかな?」
「そのあと改装部品で、散々ぼったくったのは誰だったかな?」
「人聞きが悪いのう! 儂は適正な価格で、必要な商品を提供しただけじゃ」
「適正価格ねぇ……」
「それにしても」
ヴァイスはミューラーを無視して『シュヴァルベ』を見上げた。
その目つきだけは、いつもの胡散臭さが抜けていた。古い馴染みの顔を見るような、どこか懐かしげな目だった。
「軍にいた頃より、この娘は、よほど活き活きしとる」
「当たり前だ。俺がどれだけこいつに金を突っ込んだと思ってる」
「知らん」
「半分以上、爺さんの懐に入ってるんだよ!」
「それはそれは。毎度ご贔屓に」
「礼を言うな!」
ヴァイスが呵々と笑い、それからミューラーの顔をしげしげと眺めた。
「しかし何だ……今日はまた、えらく男前に化けとるのう」
「商談帰りだ。ほっとけ」
「化けの皮を剥がしたら、港の誰も気づかんじゃろうに」
「だから化けてるんだろうが!」
ヴァイスを相手にすると、どうしても調子が狂う。自慢の交渉力やハッタリがまるで効かない。
老獪な猫に弄ばれている鼠のような気分になってくる。
するとナターシャがスッと前に出て、恭しく一礼した。
『お久しぶりです、ヴァイス様』
「おお。ナターシャの嬢ちゃんも元気そうじゃな」
『私は健康という概念を持ちませんが、全システム正常です』
「相変わらず愛想がないのう。しかし坊主、港の連中がお前さんのことを何と呼んどるか知っとるか?」
「……知ってるよ」
「『フィギュア狂いの変態』じゃと」
「知ってるって言っただろうが!」
『その呼称については、半分は事実です』
「全部嘘だ!」
ミューラーの抗議を、ナターシャは表情ひとつ変えずに聞き流した。否定も訂正もしない。それが何より雄弁だった。
「ほっほっほ。相変わらず尻に敷かれとるようじゃな」
「船の管制AGIに尻に敷かれるって、どういう状態だよ」
ミューラーは溜息を吐いた。
このまま爺さんのペースに付き合っていたら、日が暮れる。もっとも宇宙港に日暮れはない……気持ちの問題だ。
「それで? 良い話ってのは何だよ?」
「おお、そうじゃった、そうじゃった!」
ヴァイスが相好を崩して、タブレットを取り出し、ポップアップする立体画像を指示した。
「まずは、これじゃ!」
ヴァイスの目が細くなった。
ミューラーは嫌な予感がした。
この爺さんがこんな顔をするときは、碌なことがない。
「この嬢ちゃんと相性の良い、火器管制システムユニットが手に入ったんじゃ」
ミューラーの眉が動いた。
「……火器管制?」
「そうじゃ」
火器管制システム。搭載武装が、どれだけ正確に狙った場所へ当たるかを決める頭脳だ。どれほど上等な武装をしていても、こいつが鈍ければ弾は宇宙の彼方へ消えていく。弾が外れれば、また撃たねばならない。撃てば、また金が飛ぶ。
ミューラーにとって、それは聞き捨てならない話だった。
「型式は?」
「AN/AWFCS-870改じゃ」
「改?……何だよ、それ?」
「軍の試験部隊で使われとった代物じゃ。10万宇宙海里から2400の多目標同時追尾から迎撃優先順位の自動判定、そして攻撃まで、何でもござれの優れモノじゃ! 嬢ちゃんなら、ほとんど手を入れずに扱えるじゃろう」
『是……AN/AWFCS-870系列であれば、私の戦術管制系との親和性は高いと推定されます』
「ほうら見ろ。嬢ちゃんもこう言っとるぞ」
ヴァイスが得意げに胸を張った。




