20.若き領主フリューゲル……③
沈黙を破ったのは、エーリッヒのほうだった。
「そのレオナート……純度は、ご存知ですか?」
「は?」
「貴殿の積荷の、レオナートの純度です」
ミューラーは、ナターシャに目配せした。
『抜き取り検査の結果、純度98.7パーセントでした』
エーリッヒの目が、わずかに細くなった。
「やはり」
青年は机に戻り、端末を操作した。壁のスクリーンに、鉱山惑星アイゼンシュタットの地層図が映し出される。
「3ヶ月前の摘発は、ご存知でしょう? 違法に掘られていたのは、領主府が採掘を禁じていた深層の鉱脈です。そこのレオナートは、純度が異常に高い。98パーセントを超えるものは、アイゼンシュタットでは、あの鉱脈からしか出ません」
ミューラーの顔から、すっと血の気が引いた。メイクの下で。
「押収されたはずの鉱石の一部が、どこかへ消えています。消えた鉱石の流れを追うと、執政府の周辺の資金と物流に、不自然な点が幾つも見つかる。エルケの港にも、出所の怪しいレオナートが流れ込んでいましたので、独自に調べておりました」
頭の中で、バラバラだった欠片が、音を立てて組み上がっていく。
相場より4割安い買付価格。新しい鉱脈に当たったという、売り手の早すぎる返事。前日発行の輸出許可。この船にだけ下りた出港許可。
そして、追手は貨物区画を狙わなかった。
荷を傷めたくなかったのではない。あの荷は、連中の金だったのだ。
「つまり、俺の積荷は……」
「その消えた鉱石である可能性が、極めて高い」
『告……最悪の場合、証拠品として、全量差し押さえです』
ナターシャが、淡々と告げた。
「だぁー! ちく……」
叫びかけて、ミューラーは領主の御前であることを思い出し、咳払いでごまかした。
「……失礼。持病の発作です」
『否……船長に該当する持病の記録はありません』
「黙ってろ」
510万ユニー……頭の中で点滅し続けていた巨額の数字が、音を立てて崩れていく。代わりに浮かんできたのは、葉巻を咥えてニタリと笑う、ヴァイスの皺だらけの顔だった。
――あのクソ爺……訳アリだと分かって、まるごと俺に回しやがったな……
「今度こそ、本当に儲けてみんか?」という嗄れ声が、耳の奥でやけに鮮明に蘇った。
「ミューラー殿」
エーリッヒは、机の上で指を組んだ。
「一つ提案があります。貴殿の積荷を、エルケ領主府が買い取りましょう。もちろんトレーダーの相場で」
「はっ? 今、何と……?」
ミューラーは顔を上げた。
――相場で買い取る? 差し押さえではなく? 正気か?
自分が領主なら、そんな事は絶対にしない。差し押さえてしまった方が余程利になる。アイゼンシュタットを牛耳るフンヴェへの圧力にもなる。
だが、商人としては悪い話ではない。いや、破格の話だ。
トレーダーの相場で売れば510万。その510万が、この場でまるごと手に入る。いや、トレーダーまで運ぶ推進剤代も港湾使用料も浮く分むしろ上回る。違法鉱石だと分かった荷で……だ。
頭の中の計算機が、勢いよく回り始めた。
――待て!
回り始めて、すぐに止まった。
――ウマすぎる……危険だ……
ミューラーは、自分がさっき考えたことを、もう一度なぞった。差し押さえた方が利になる。それなのに、この男は差し押さえずに、金を払うと言う。
――何故だ……?
しかし答えは、すぐに出た。
差し押さえるには、根拠が要る。だが、この書類は全部本物だ。
他領の執政府が正式に発行した許可つきの輸出品を、エルケが勝手に差押えしてしまうと、それこそ他領の貿易に関する権利の侵害になる。
それはフンヴェに、付け入る口実をくれてやるようなものだ。
――だから、合法的に「買う」しかない
そして、この男が欲しがっているのは、荷そのものではない。
こんなもの、慈善のはずがない。統治者たるもの、損な取引をしない。
ミューラーは、ゆっくりと口を開いた。
「閣下が欲しいのは、レオナートじゃないのでしょう?」
「…………」
「つまり証拠です。鉱山から消えた鉱石が、執政府の手を経て外に流れたっていう、動かぬ証拠。そいつが400トン、俺の船の腹に詰まっている。さらに、俺の手元には、その執政府の発行した輸出許可証の照合記録がある」
エーリッヒは答えなかった。
答えないことが、答えだった。
「相場で買い取って、それで閣下は証拠を手に入れる。俺は損をしない代わりに、全部手放す。綺麗な取引という訳ですな?」
ミューラーは、帽子を胸から下ろした。
「大変不躾な物言いですが、閣下。俺は商人です。安く仕入れて、より高く売る。今この部屋で一番値打ちのある品を、相場で手放すほど、俺はお人好しじゃないんですよ」
「……では、幾らなら?」
笑顔が零れた。意識する事もなく極めて自然に。
「ですが、これは金の問題じゃありません。商人である自分が、こう言うのもおかしな話ですがね……」
ミューラーは、まっすぐにエーリッヒを見据えた。右手を前に翳し、順に指を上げた。
「条件は3つです。1つ目は、俺が誘拐犯じゃないことを、エルケ領主府の名で正式に記録すること。2つ目、この件が片づいたら、レオナートを正規の手続きを経て改めて相場で買い取って頂くこと。出所は違法鉱石でしょうが、俺は正規の書類で買っている、いわば交易品です。」
「3つ目は?」
「この件の決着まで、俺にも一枚噛ませてもらうことです」
エーリッヒの眉が、初めて動いた。
「噛む……とは?」
「執政府は、証拠を取り戻しに来るでしょう。この400トンを放っておく筈がない。だったら、餌はこっちの手元に置いておいた方がいい……そう言う事です」
ミューラーは、口の端を吊り上げた。
「何せ、俺の船は、銀河一と自負しておりますんでね! もちろん逃げ足だけは……ですがね」
執務室が、静まり返った。
エーリッヒは、長いことミューラーの顔を見ていた。値踏みするように。いや、値踏みし直すように。
やがて、ふっと、その口元が緩んだ。
「……ジークリット嬢が、貴殿の船を選んだ理由が、少し分かった気がします」
青年は立ち上がり、机を回り込んで、ミューラーの前に手を差し出した。
「3つとも、お受けしましょう。エルケ領主、エーリッヒ・フォン・フリューゲルの名において」
「マンフレート・ミューラー。自由商人です」
2人は手を握り合った。
細い指だった。だが、握る力は、見た目よりずっと強かった。
――なんだ、良い男じゃねぇか……肝も据わってやがる……
ミューラーは内心で舌打ちした。
この若い領主は、身分で人を量らない。言葉に飾りがない。
若いが浮ついたところがまるでない。そして、取引の席で、一歩も引かない。
――厄介な相手だ
厄介で、気持ちの良い相手だ。
『商談成立を記録しました』
ナターシャが、いつもの調子で告げる。それでもこの場には、幾分かの緊張が漂っていた。




