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銀河自由商人ミューラーは稼ぎたい  作者: 朝霧 巡


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2/18

1.儲かったはずだろ?……①

「……あのペケペケ野郎め」


 中央商業惑星トレーダーの宇宙港。クロスボーンエンタープライズ社の荷受け事務所を出たところで、ミューラーは低く吐き捨てた。

 トレーダーの宇宙港は、いつ来ても騒がしい。銀河中から集まった商船が埠頭を埋め尽くし、荷役ロボットの駆動音と、あちこちの星の言葉で交わされる怒鳴り声が、天井の高いドームに反響している。


『銀河の物と金は、全てトレーダー(ここ)を通る』


 そう言われている。此処で扱われる荷には、どんな物にも値がつけられる。

 例えそれが、事故扱品だとしてもだ。

 だからこそ彼は此処を選んだ。それこそ意気も高らかに乗り込んだのだが……


 振り返れば、事務所の壁には交差した2本の骨をあしらった社章が掲げられている。銀河でも指折りの大手商社だ。


 その看板の下で、つい先ほどまで、彼の持ち込んだ荷は、まさに二束三文で買い叩かれかけていた。


 応対に出てきたのは、まだ若い担当者(バイヤー)だった。仕立てのいいスーツに、計算し尽くされた笑顔。

 差し出された名刺には、社名よりも大きな字で、銀河でも有数の大学の名とMBAの肩書が刷られていた。

 男は机の上に積荷の目録を広げ、瑕を探す鑑定士のように、一行ずつ指でなぞっていく。


「当社の調達ポリシーでは、事故品(・・・)には相応のリスクプレミアムを織り込むことになっておりまして。まあ、自由商人の方には、あまり馴染みのない考え方かもしれませんが……」


 海賊の手を経た荷だの、品質の保証がないだの。相手の担当者は笑顔のまま、値引きの理屈を1枚ずつ積み上げてきた。

 ミューラーも笑顔のまま、それを1枚ずつ崩した。


……ハッタリで。


「同じ荷に、他社からも引き合いが来ておりましてね」


……来ていない。


「この手の精密部品は、今どこの工場でも品薄ですよ」


……これは本当だ。


「御社とは、今後も末永くお付き合いしたいと思っているんです」


……半分は本当だ。条件次第ではとっとと打ち切りたい。


 結局、値切られかけた分は、何とか取り返した。

 取り返しはしたが……精神(メンタル)が著しく削られた。


 商談は駆け引きだ。舐められたら負ける。一度負けたら、その相手はずっとマウントを取ってくる。


――だからあんな若造に舐められる訳にはいかねぇんだよ!


 大学の名とMBAの肩書を名刺に引っ提げて、彼の前に出てきた男のスカした顔を思い出し、ミューラーは心の中で悪態を吐いた。


『船長。先程の言葉は、私の辞書に登録されていません』


 隣を歩く女が言った。

 すらりとした長身。艶のある紫銀髪を後ろで纏め、仕立てのいいスーツを着こなしている。すれ違う港湾作業員たちが、揃って二度見していく。

 人工皮膚の質感も、瞬きの間合いも、胸の存在感も人間の女性とまるで見分けがつかない。違うのは、どれだけ歩いても汗一つ掻かないことくらいだ。

 ミューラーが、船の改装費の次に金をかけた代物である。


 彼女はナターシャ。

 高速武装商船『シュヴァルベ』の管制AGI……その音声を受信している、人型アンドロイドだ。


「故郷(クニ)の言葉だ。登録しとけ」

『了……意味をお教えください』

「碌でもねぇクソ野郎……って意味だ」

『確認……登録しました。用例として、先程のクロスボーンエンタープライズ社の担当者を記録します』

「それは消しとけ。外に漏れたら取引停止だ。今は困る……」


 動く歩道を乗り継ぎ、港湾区画の奥へ向かう。

 大手商社の事務所が並ぶ表通りを外れるにつれて、通路の照明は少しずつ暗くなり、床の傷は少しずつ増えていく。中小の商船が使う貨物デッキは、いつもこのあたりだ。


 貨物デッキへ戻ると、売り渡したコンテナ群が無人搬送車に載せられ、次々と倉庫へ消えていくところだった。

 荷は売れた。積荷の権利の書類にも、抜かりはない。

 法の上でも何一つ問題のない、完璧な取引……そう確信していた。

 ナターシャの報告を聞くまでは……


『今回の純利益は19万4200ユニーです』

「……待て」

『はい、何でしょう?』

「俺……彼奴等に80万ユニーで売ったよな?」

『是。クロスボーンエンタープライズ社への売却価格は、80万ユニーです』

「それに掛かった経費……主砲代が4万ユニーだよな?」

『その通りです』

「じゃあ76万だろ! お前ぶっ壊れてんじゃねぇのか?」

『否……それは単純すぎます』

「なんでだよ!?」


 ミューラーが目を剥いて足を止め、ナターシャに振り返った。

 ナターシャも、それに合わせて立ち止まる。


『船長は、主砲のエネルギー消費しか経費に算入していません』

「他に何があるんだよ」

『まず、海賊船を追跡するため、本船は通常航行から最大戦速へ移行しています』

「それがどうした?」

『その際の推進剤ならびに機関エネルギー消費増加分、12万6000ユニーです』

「なっ……!」

『さらに、海賊船から分離された貨物区画を回収するため、主機を低速状態で1時間12分運転しています。牽引システム使用分を含め3万8000ユニー』

「待て」

『トレーダーまで積荷を輸送したことによる追加の推進剤(プロペラント)消費7万4000ユニー』

「ちょ、待てよ!」

『本船は空荷状態を前提として帰還航路を算定していました。貨物搭載による質量増加分を考慮すると……』

「分かった! 皆まで言うな! 要するに燃料を食ったんだな!」

『いいえ、推進剤(プロペラント)です』

「どっちでもいい!」

『異なります』

「今はどっちでもいいんだよ!」


 ナターシャは一瞬黙った。明らかに動揺しているミューラーの心拍が、下がるのを待っているようだ。


『では続けます』

「……まだあるのかよ……」

『はい』


 嫌な予感しかしない。


『トレーダー入港料、2万8000ユニー』

「それは元々払う予定だっただろ?」

『通常の入港料はそうです。しかし今回、申告外貨物12基を搭載していたため、入港時に臨時貨物申告が必要となりました』

「ああ……」

『申告手数料、6400ユニー』

「くっ……」

『サルベージ貨物の所有権登録手数料、1万2000ユニー』

「……」

『海賊被害品すなわち事故扱品であるため、危険物混入検査および貨物安全検査が義務づけられています。検査費用、2万7000ユニー』


 淡々と伝えられる費用にミューラーは、すっかり涙目になっている。


『クロスボーンエンタープライズ社への荷役費、1万8000ユニー』

「ちょっと待て! 何でだよ、おかしいだろ!? それは買った側が払うんじゃねぇのか?」

『今回の契約条件では売主負担です』

「何でそんな契約になってんだ!?」

『それでも、船長は先程署名されました』

「なん……だと……?」

『契約書第37条です』

「……マジかよ……」

『お読みにならなかったのですか?』

「読んだ!」

『では問題ありません』

「流し読みした!」

『それは読んだとは申しません』

「うるせぇ!」


 周囲の荷役作業員が振り返った。

 ミューラーは咳払いすると、何事もなかったように歩き出した。

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