1.儲かったはずだろ?……①
「……あのペケペケ野郎め」
中央商業惑星トレーダーの宇宙港。クロスボーンエンタープライズ社の荷受け事務所を出たところで、ミューラーは低く吐き捨てた。
トレーダーの宇宙港は、いつ来ても騒がしい。銀河中から集まった商船が埠頭を埋め尽くし、荷役ロボットの駆動音と、あちこちの星の言葉で交わされる怒鳴り声が、天井の高いドームに反響している。
『銀河の物と金は、全てトレーダーを通る』
そう言われている。此処で扱われる荷には、どんな物にも値がつけられる。
例えそれが、事故扱品だとしてもだ。
だからこそ彼は此処を選んだ。それこそ意気も高らかに乗り込んだのだが……
振り返れば、事務所の壁には交差した2本の骨をあしらった社章が掲げられている。銀河でも指折りの大手商社だ。
その看板の下で、つい先ほどまで、彼の持ち込んだ荷は、まさに二束三文で買い叩かれかけていた。
応対に出てきたのは、まだ若い担当者だった。仕立てのいいスーツに、計算し尽くされた笑顔。
差し出された名刺には、社名よりも大きな字で、銀河でも有数の大学の名とMBAの肩書が刷られていた。
男は机の上に積荷の目録を広げ、瑕を探す鑑定士のように、一行ずつ指でなぞっていく。
「当社の調達ポリシーでは、事故品には相応のリスクプレミアムを織り込むことになっておりまして。まあ、自由商人の方には、あまり馴染みのない考え方かもしれませんが……」
海賊の手を経た荷だの、品質の保証がないだの。相手の担当者は笑顔のまま、値引きの理屈を1枚ずつ積み上げてきた。
ミューラーも笑顔のまま、それを1枚ずつ崩した。
……ハッタリで。
「同じ荷に、他社からも引き合いが来ておりましてね」
……来ていない。
「この手の精密部品は、今どこの工場でも品薄ですよ」
……これは本当だ。
「御社とは、今後も末永くお付き合いしたいと思っているんです」
……半分は本当だ。条件次第ではとっとと打ち切りたい。
結局、値切られかけた分は、何とか取り返した。
取り返しはしたが……精神が著しく削られた。
商談は駆け引きだ。舐められたら負ける。一度負けたら、その相手はずっとマウントを取ってくる。
――だからあんな若造に舐められる訳にはいかねぇんだよ!
大学の名とMBAの肩書を名刺に引っ提げて、彼の前に出てきた男のスカした顔を思い出し、ミューラーは心の中で悪態を吐いた。
『船長。先程の言葉は、私の辞書に登録されていません』
隣を歩く女が言った。
すらりとした長身。艶のある紫銀髪を後ろで纏め、仕立てのいいスーツを着こなしている。すれ違う港湾作業員たちが、揃って二度見していく。
人工皮膚の質感も、瞬きの間合いも、胸の存在感も人間の女性とまるで見分けがつかない。違うのは、どれだけ歩いても汗一つ掻かないことくらいだ。
ミューラーが、船の改装費の次に金をかけた代物である。
彼女はナターシャ。
高速武装商船『シュヴァルベ』の管制AGI……その音声を受信している、人型アンドロイドだ。
「故郷の言葉だ。登録しとけ」
『了……意味をお教えください』
「碌でもねぇクソ野郎……って意味だ」
『確認……登録しました。用例として、先程のクロスボーンエンタープライズ社の担当者を記録します』
「それは消しとけ。外に漏れたら取引停止だ。今は困る……」
動く歩道を乗り継ぎ、港湾区画の奥へ向かう。
大手商社の事務所が並ぶ表通りを外れるにつれて、通路の照明は少しずつ暗くなり、床の傷は少しずつ増えていく。中小の商船が使う貨物デッキは、いつもこのあたりだ。
貨物デッキへ戻ると、売り渡したコンテナ群が無人搬送車に載せられ、次々と倉庫へ消えていくところだった。
荷は売れた。積荷の権利の書類にも、抜かりはない。
法の上でも何一つ問題のない、完璧な取引……そう確信していた。
ナターシャの報告を聞くまでは……
『今回の純利益は19万4200ユニーです』
「……待て」
『はい、何でしょう?』
「俺……彼奴等に80万ユニーで売ったよな?」
『是。クロスボーンエンタープライズ社への売却価格は、80万ユニーです』
「それに掛かった経費……主砲代が4万ユニーだよな?」
『その通りです』
「じゃあ76万だろ! お前ぶっ壊れてんじゃねぇのか?」
『否……それは単純すぎます』
「なんでだよ!?」
ミューラーが目を剥いて足を止め、ナターシャに振り返った。
ナターシャも、それに合わせて立ち止まる。
『船長は、主砲のエネルギー消費しか経費に算入していません』
「他に何があるんだよ」
『まず、海賊船を追跡するため、本船は通常航行から最大戦速へ移行しています』
「それがどうした?」
『その際の推進剤ならびに機関エネルギー消費増加分、12万6000ユニーです』
「なっ……!」
『さらに、海賊船から分離された貨物区画を回収するため、主機を低速状態で1時間12分運転しています。牽引システム使用分を含め3万8000ユニー』
「待て」
『トレーダーまで積荷を輸送したことによる追加の推進剤消費7万4000ユニー』
「ちょ、待てよ!」
『本船は空荷状態を前提として帰還航路を算定していました。貨物搭載による質量増加分を考慮すると……』
「分かった! 皆まで言うな! 要するに燃料を食ったんだな!」
『いいえ、推進剤です』
「どっちでもいい!」
『異なります』
「今はどっちでもいいんだよ!」
ナターシャは一瞬黙った。明らかに動揺しているミューラーの心拍が、下がるのを待っているようだ。
『では続けます』
「……まだあるのかよ……」
『はい』
嫌な予感しかしない。
『トレーダー入港料、2万8000ユニー』
「それは元々払う予定だっただろ?」
『通常の入港料はそうです。しかし今回、申告外貨物12基を搭載していたため、入港時に臨時貨物申告が必要となりました』
「ああ……」
『申告手数料、6400ユニー』
「くっ……」
『サルベージ貨物の所有権登録手数料、1万2000ユニー』
「……」
『海賊被害品すなわち事故扱品であるため、危険物混入検査および貨物安全検査が義務づけられています。検査費用、2万7000ユニー』
淡々と伝えられる費用にミューラーは、すっかり涙目になっている。
『クロスボーンエンタープライズ社への荷役費、1万8000ユニー』
「ちょっと待て! 何でだよ、おかしいだろ!? それは買った側が払うんじゃねぇのか?」
『今回の契約条件では売主負担です』
「何でそんな契約になってんだ!?」
『それでも、船長は先程署名されました』
「なん……だと……?」
『契約書第37条です』
「……マジかよ……」
『お読みにならなかったのですか?』
「読んだ!」
『では問題ありません』
「流し読みした!」
『それは読んだとは申しません』
「うるせぇ!」
周囲の荷役作業員が振り返った。
ミューラーは咳払いすると、何事もなかったように歩き出した。




