プロローグ 渡世の流儀
「……納得いかねぇ」
艦橋の船長席で、極めて地味な男がぼやいた。
高速武装商船『シュヴァルベ』の貨物区画は、空っぽだった。
本来なら今頃は、精密部品を満載して目的地へ向かっているはずだった。荷主との交渉も済み、あとは契約書に署名するだけ。そこまで話を詰めておいたのに、署名の前日になって、同業者に仕事をまるごとかっさらわれたのだ。
同業者の出した条件は、運賃2割引き。到底対抗できるものではない。
「2割だぞ、2割。あんな値段で運んだら、燃料代で消えちまう」
『先方の船は、タイバー級の中型貨物船です。本船より推進剤消費率が4割良好です』
「……チッ……」
『加えて、先方は乗員6名で船を回しています。本船のように、高額な身体の維持費もかかりません』
「それは関係ねぇだろ」
『関係あります。荷主にとって重要なのは、荷が安全に、期日どおりに届くことです。急ぎでない荷であれば、本船の速さは付加価値になりません。運賃の安い船を選ぶのは、合理的な判断です』
「…………」
『つまり今回の件は、先方の横取りではありません。本船の価格競争力の問題です』
正論だった。
ぐうの音も出ないほどの、正論だった。
「ナターシャ……お前、どっちの味方だ?」
『私は管制AGIですので客観的事実を申し上げています』
「答えになってねぇよ」
ミューラーは船長席に沈み込んだ。
空荷の航海は、燃料を食うばかりで1ユニーも生まない。せめて帰り道で拾える小銭はないかと、航路情報ばかり眺めていたところだった。
『船長。救難信号を受信しました』
「救難信号の主は?」
『タイバー級の中型貨物船です。機関停止、漂流中。乗員の生命反応は6。全員無事です』
「乗員6……?」
『船籍を照会しました。先日、本船の仕事を受注した船です』
ミューラーは、しばらく黙った。
「……あいつらかよ」
目の前にポッポアップする航路図に視線を向ける。民間船は、管轄する航路管理局に航行プランを提出しているから、一目瞭然だ。
「襲ったのは?」
『貨物船から8000宇宙海里先に、離脱中の船影が1隻。航路届ならびに識別信号なし。武装船です』
「つまり海賊か?」
『海賊の確率……98% 作戦行動中の軍艦という可能性は2%』
「随分低いな」
『この宙域では、紛争等は発生しておりません。航路管理局のシグナルも緑です』
ミューラーは身を起こした。
「速度は?」
『遅いです。本船の3分の1以下です』
「遅い?」
『積載量が増えた分、加速が落ちていると推定されます。貨物船から奪った積荷を、満載しているものと思われます』
ミューラーの目が、すっと細くなった。
「……奪った荷を満載した、足の遅い海賊船、ね」
『はい』
「ナターシャ。貨物船の積荷目録は照会できるか?」
『救難信号に添付されています。工業用の精密部品、コンテナ12基。市場価値は推定80万ユニーです。本来、本船が運ぶはずだった荷です』
「皮肉なもんだな」
ミューラーは一人語ちた。
「主砲の1斉射あたりのエネルギー費は?」
『約2万ユニーです』
ミューラーの頭の中で、計算機が回った。
1斉射2万ユニー。4斉射で8万ユニー。
積荷80万ユニー。
差し引き72万ユニー!
そこから燃料代や寄港費を差し引いても60万ユニーは下らない。
「追うぞ!」
『了解』
「その前に、貨物船の救難信号を航路管理局に中継しとけ。タダだからな」
『中継しました』
彼等の船『シュヴァルベ』は一気に船足を上げた。高速で航行できるこの船が、追いつくのに20分もかからなかった。
海賊船は、ずんぐりとした武装船だった。後部の貨物区画が、無理に積み込んだコンテナで不格好に膨らんでおり、入りきれない荷物はワイヤーで牽引していた。
『海賊船より通信。「失せろ! 蜂の巣にするぞ!」とのことです』
「こっちも武装してる」
ミューラーは操縦桿を握った。
「繋げ」
スクリーンに、髭面の男が映った。
『何だ、てめぇは?』
「通りすがりの商人だ。お前らが奪った積荷は商人が回収する。積荷を置いてとっとと失せろ」
『はっ! 自由商人風情が、商船のショボい武装で何ができ……』
男の言葉が止まった。
スクリーンの端に『シュヴァルベ』の船影が映ったのだろう。
元は、銀河軍第7艦隊所属の重巡航艦『シャルンホルスト』。貨物区画を増設して膨らませた船体の上に、軍艦だった頃の主砲塔が、そのまま鎮座している。
『……何だ、その船は』
「見ての通り、商船だ」
『ざけんな!』
海賊船の砲門が開いた。
『敵艦、発砲。ビーム兵器です』
「防壁展開。レベル1でいい。どうせ当たらない」
『了解』
ミューラーの言葉は半分的中した。一発は防壁に阻まれ掻き消されていく。
もう一発は、防壁がなかった艦橋下に命中し、衝撃が艦橋を揺らした。
「そんな豆鉄砲で、重巡の装甲が抜けるかよ」
ミューラーは鼻で笑った。
「主砲、照準。狙いは機関部だ。貨物区画には当てるなよ。売り物に傷がつく」
『照準完了』
「撃て!」
『シュヴァルベ』の主砲……20センチ陽電子砲……が、閃光を吐いた。
青白い光の束が宇宙を裂き、海賊船の後部に突き刺さった。機関部が爆ぜ、海賊船の船体がぐらりと傾ぐ。
『報告……敵艦、機関停止。艦体に亀裂。乗員が脱出ポッドで離脱しています』
「もう1斉射。とどめだ」
『警告……貨物区画への延焼の恐れがあります』
「だから、その前に切り離させる」
ミューラーは再び通信を開いた。
「聞こえるか、髭面。貨物区画を切り離せ。切り離さねぇなら、丸ごとお前達を塵にしてやる」
スクリーンの向こうで、脱出ポッドに乗り込みかけていた男が、悔しげに顔を歪めた。
数秒後。
海賊船の後部から、膨らんだ貨物区画がゆっくりと分離した。
『貨物区画、分離を確認』
「撃て!」
二度目の閃光が走り、主を失った海賊船の船体が、内側から光を放ち、音もなく砕け散った。
漂う貨物区画を牽引ビームで捕まえ『シュヴァルベ』の貨物デッキへ引き込むまでに、1時間ほどかかった。脱出ポッドの群れは、遠くで救難信号を点滅させながら漂っている。
出動した警備船が、さっき中継した救難信号を頼りに、そのうち貨物船ともども回収に来るだろう。
ミューラーは、脱出ポッドの光を窓越しに眺めた。
「悪く思うなよ」
誰に聞かせるでもなく、呟く。
「これが渡世の流儀って奴だ」
『船長』
「何だ」
『荷主は既に保険金の請求手続きに入っています。保険会社は回収費用が回収物の査定額を上回るとして、所有権および回収請求権を放棄しました』
「ずいぶん手回しが良いな……」
ミューラーは驚きの声を上げる。これらの資材だって決して安くはない。現にこの『拾い物』入手しようとしている男が此処にいる。
『貨物船が海賊被害を報告した時点で、荷主の保険会社の損害査定AGIが自動的に処理を開始しています。現場への回収船派遣費、警備費、曳航費、再検品費を含めた推定回収費用は92万ユニーです』
ナターシャの事務的な説明が響き、ミューラーは椅子から立ち上がった。
「おいおい、でも中身は80万ユニーだぞ、個人なら一生働かなくても食うには困らない金額だ」
『その通りなのですが、実行した場合、12万ユニーの損失が発生します』
「そりゃ拾いに来ねぇわな……」
余りにも現実的な回答だ。売買して利益を得ようと言う者は『損失』という言葉が大嫌いだ。
『加えて、海賊に一度収奪された貨物は流通履歴上、事故品として扱われます。精密部品ですので、再検品なしでは正規流通に戻せません』
「なるほどな……保険屋からすりゃ、80万払って損切りした方が安いってわけか」
『正確には免責額その他を控除しますので、支払査定額は80万ユニーを下回ります』
「……相変わらず抜け目ねぇ連中だ」
『保険会社ですので』
「褒めてねぇし……」
ナターシャの返答に、ついツッコミを入れてしまう。しかし彼女は構わずに話を続けた。
『星間通商法第11条に基づき、回収物はサルベージを行った本船に帰属します』
「つまり?」
『積荷12基は、正式に船長のものです』
「じゃあ、俺がこれを何処でどう捌こうと勝手……という訳だ」
『理論的にはそうです』
ミューラーは、にやりと笑った。
「主砲2斉射で4万。積荷が80万。差し引き76万の儲けだ」
『事故品扱いの売却額が市場価値どおりであれば……です』
「水を差すな」
『差します。海賊の手を経た荷は、先ほども申しました通り事故品扱いです。当然買い手が足元を見ます』
「わかってるよ」
ミューラーは船長席に沈み込み、航路図に視線を向けた。手元の端末を操作し、売り先の港を探している。
「よし、惑星『トレーダー』へ行くぞ。あそこなら、どんな荷でも買い手がつく」
『クロスボーンエンタープライズ社ですか?』
「でかい会社だ。ちったぁ買い叩いてくるだろうが、それでも払いは確かだ」
最近台頭している新進気鋭の商社だ。おむつからミサイル迄取引している何でもござれの会社であり、ミューラーも何度か取引している。
「あそこの連中は、足元を見てくる……だから舐められる訳には……」
言いかけて、窓に映る自分の顔を見て、表情を顰めた。
『船長?』
「足元もそうだが、顔も見てきやがる……地味な男には1ユニーだって余計に払わねぇからな」
「……ナターシャ。トレーダーに着く前に、顔を作ってくれ」
『了解しました』
ここからは別の戦いだ。
ミューラーは近づいてくるナターシャに合わせて椅子に腰を下ろした。
本日から、新作SF『銀河自由商人ミューラー』の連載を始めました。
主人公は、元軍艦を改装した高速武装商船シュヴァルベで銀河を渡り歩く自由商人、マンフレート・ミューラーです。商談の場ではメイクで美形に化けてハッタリをかましますが、素顔は誰の記憶にも残らないほど地味な男。船は金食い虫で、稼ぎはいつも湿気ています。
そんな彼が、相場の4割引きという胡散臭い儲け話に乗ったところ、船の貨物区画に気の強い少女が密航してきて……というところから物語が動き出します。
相棒は、どんな場面でも費用を正確に告げてくる管制AGIのナターシャ。ミサイルを1発撃つたびに頭の中で計算機が回る船長と、それに冷静に水を差すAIの掛け合いも楽しんでいただけたら嬉しいです。
転生も、チートも、ハーレムもありません。金勘定と、ハッタリと、ときどき主砲で切り抜けていく、丁々発止のスペースオペラです。
文庫本1冊分の、完結まで書き切る予定の物語です。最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
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