12.領主の娘……①
追手を振り切ってから、丸1日が経った。
その間、ミューラーは何度も少女を問い詰めた。
どこから来た?
誰に追われている?
何故惑星『エルケ』なのか?
少女の答えは、いつも同じだった。
「言いたくねぇ」
「言いたくねぇで済むか。こっちは命と船を張ってるんだ」
「頼んでねぇし」
「勝手に乗り込んできたのはお前だろうが!」
ミューラーは艦橋の床を踏み鳴らし、それから深く息を吐いた。
「いいか。俺はこのままトレーダーへ戻る。着いたら、お前は港の保安局に引き渡す。それが嫌なら、今のうちに全部吐け」
「…………」
少女はそっぽを向いたまま、補助席の上で膝を抱えた。
ミューラーは舌打ちし、船長席に沈み込んだ。
『船長』
「何だ」
『鉱山惑星アイゼンシュタットの執政府が、星系内の全船舶に向けて公示を出しています』
「公示?」
『読み上げます』
ナターシャの声が、事務的な抑揚で艦橋に響いた。
『「領主アイゼンシュタット閣下のご息女、ジークリット・フォン・アイゼンシュタット嬢が、何者かにより誘拐された。犯人は高速武装商船で星系外へ逃走中。当該船舶を発見した者は、直ちに執政府へ通報されたい。有力な情報を提供した者には、賞金20万ユニーを支払う。執政フンヴェ」』
「……はっ?」
思わず、間の抜けた声が出た。
「20万ユニー……?」
『前回の純利益と、ほぼ同額です』
我々の日本円にして、およそ3500万円。庶民なら目の色を変える額だ。
「……俺が海賊追っかけて、主砲ぶっ放して、MBAの若造に頭下げて、やっと稼いだ額と同じかよ」
『同額ではありません。前回の純利益は19万4200ユニーですので、賞金のほうが5800ユニー多くなります』
「余計に腹が立つわ!」
ミューラーは顎を撫でた。腹は立つが、商人の勘は別のところで引っかかっていた。
庶民にとっては大金でも、領主家にとっては端金だ。領主の一人娘が攫われたのなら……本気で探す気があるのなら……桁はもっと増える筈だ。
それに船は動かすのに金が掛かる。20万ぽっちでは、手元に残るのは精々3万ユニーが良い所だろう。
先日のミューラーのように。
それでは腕のいい賞金稼ぎは誰も動かない。
――探す気がねぇのか……?
それとも、大っぴらに探されちゃ困るのか……?
思考が巡る。
「……或いは『探している』という既成事実が欲しいのか……?」
ほつりと口に出した瞬間、ミューラーは、ようやく気づいた。
ミューラーは、ゆっくりと補助席の少女を見やる。同時に少女の肩が、びくりと跳ねた。
「ナターシャ。添付の画像は?」
『表示します』
スクリーンに、1人の令嬢の肖像が映し出された。
淡い薔薇色の髪をきれいに結い上げ、上品に微笑んでいる。仕立てのいい若草色のドレスに、首元の小さな宝石が、上質な彫像のような透き通った肌の上で、赤く光を放っている。
泥と油で汚れた作業着の少女とは、似ても似つかない。
似ても似つかないが、気の強そうな目だけが、まったく同じだった。
ミューラーは、スクリーンの令嬢と補助席の少女を、何度か見比べた。髪の結い方。微笑みの角度。顎の引き具合。どれも、きちんと誰かに教え込まれたものだ。肖像の中の令嬢は、令嬢として正しい顔をしている。
――作られた顔……か……
自分も同じだ。商談の前に、ナターシャが1時間かけて作る、売り物の顔。
補助席の少女は、スクリーンから目をそらしていた。見たくないものを見せられた子供の顔だった。泥のついた頬を、作業着の袖でぐいと拭う。拭ったところで、肖像の顔に近づくわけでもないのに。
ミューラーは、何故か少しだけ、その仕草が気に入った。
「……ジーク……ねぇ……」
少女は答えない。
「ジークリット・フォン・アイゼンシュタット……領主の娘……と……」
「…………」
「で……俺が極悪な誘拐犯……つまりお尋ね者になった訳だ……」
ミューラーは天井を仰いだ。
「最高だな。トレーダーに戻ったら、港に着いた瞬間に手錠だ」
『告……高速武装商船という特徴に該当する民間船は、この星系では本船のみです』
「分かってるよ!」
「……アタイを突き出せばいいじゃん」
少女が、ぼそりと言った。
「そしたら賞金20万だろ。アンタの稼ぎと同じなんだろ?」
「バカかお前?」
「バカって言った!」
「言うさ。貰える訳ねぇだろ!」
ミューラーは嘆息交じりに切り捨てた。
「公示をよく聞け。賞金が出るのは『当該船舶を発見した者』だ。当該船舶ってのは、この船だ。俺はお尋ね者の側なんだよ」
『補足。誘拐の被疑者がご令嬢を連れて出頭した場合、一般には「逃げ切れずに観念した」と解釈されます』
「だろうな」
ミューラーは、苦々しくスクリーンの公示を睨んだ。
「よくできてやがる。逃げりゃ誘拐犯、返しても誘拐犯。どっちに転んでも、20万は俺の懐には入らねぇ仕組みだ」
「…………」
「それにな」
ミューラーは、ちらりと少女を見た。
「領主の一人娘に20万ぽっちだと? 俺が本物の誘拐犯なら、それこそ人質にして値を釣り上げてやる。桁が2つは違ってくるぜ」
「……サイッテー!」
「商人として当然の見積もりだ」
少女は、何とも言えない顔でミューラーを見た。人質扱いされて怒るべきなのか、20万より高い値をつけられたことを喜ぶべきなのか、自分でも決めかねている顔だった。
少女……ジークリット・フォン・アイゼンシュタット……は、膝を抱えたまま、小さな声で言った。
「……だいいち、誘拐なんかじゃねぇし……」
「お前が勝手に乗ってきたんだからな」
「アタイは逃げてきたんだ! 自分で!」
「何から?」
長い沈黙があった。
「こうなった以上全部話せ。洗いざらい全部」
「……聞いて……どうするのさ?」
「聞いてから考える」
やがて、ジークリットは膝から顔を上げた。観念したように大きく息を吐いて薄紅色の唇を開いた。
「……親父が、閉じ込められてる……フンヴェのクソ野郎の差し金だ……アタイ達を嵌めやがったんだ! 畜生!」
ジークリットの話は、ぶっきらぼうで、あちこちに飛んだ。それを繋ぎ合わせると、こうなる。
鉱山惑星の領主アイゼンシュタットは、病に倒れてから、政務の多くを執政フンヴェに任せるようになった。
フンヴェは有能だった。少なくとも、初めのうちは。
だが、いつの間にか、行政も治安部隊も、領主ではなくフンヴェの言葉で動くようになっていた。
気づいた時には、領主館の門には治安部隊の兵が立ち、領主は館の外へ出ることも、外部と連絡を取ることもできなくなっていた。
「表向きは、療養中ってことになってる」
「実際は領主閣下……親父さん……は、軟禁ってことか」
「……知らねぇよ。あいつとは口きいてねぇし」
ジークリットは、吐き捨てるように言った。
「昔っから合わねぇんだ。顔見りゃ小言で、こっちも言い返して。だから、あいつがどうなろうと、別に……」
そこで、言葉が途切れた。
ミューラーは黙って待った。
「……部屋の灯りが、もう何日もついてねぇんだ」
それだけ言って、ジークリットは唇を噛んだ。
別にどうなろうと構わない相手のために、作業着を借りて塀を越え、命懸けで密航までする奴はいない。
ミューラーは、それを口にはしなかった。




