11.招かれざる乗客……④
『敵艦より、ミサイルの発射を確認。数は6』
「シートベルト締めろ、小娘!」
「小娘って言うな!」
「うるせぇ! とっとと締めろ! 死にたいのか!?」
少女が慌ててベルトを引く。ミューラーは船長席の操縦桿を握った。
警報が鳴り響き、艦橋の照明が赤に切り替わる。床下で重い駆動音が唸り、艦橋がまるごと船体の奥へと沈み込んでいった。窓を覆うように装甲シャッターが降り、星空が鉛色の壁に閉ざされる。
代わりに、正面の大型スクリーンが灯った。
映っているのは、識別信号を出していない2隻の艦影だった。船籍も所属も名乗らず、警告の一言すらなく、いきなりミサイルを撃ってきた連中だ。
スクリーンの中で、6つの光点が尾を引きながら、真っ直ぐこちらへ迫ってくる。
『迎撃ミサイルの使用を推奨します。1発150万ユニーです』
ミューラーの頭の中で、計算機が回った。
6発……
1発150万つまり900万ユニー……
今回の純利益予測は510万ユニー。
赤字、大赤字! 差し引き390万の……
――ふざけんな!
「却下だ! 全弾『ファランクス』で落とせ!」
『問……ファランクスでは、6発同時の迎撃は命中率の低下が予想されます』
「クソ爺から、新しい火器管制システムを買ったばっかりだろうが! 連携しろ!」
『了解しました。AN/AWFCS-870改……同期開始』
緑色の光が激しく明滅し、船体各所の砲塔が、一斉に向きを変えた。
ガトリング式のパルスレーザー砲。毎秒100発で射出するレーザー兵器だ。
1発あたりの単価は、迎撃ミサイルの何千分の1。そのかわり、当てるには相当の腕が要る。
腕を担うのは、ナターシャと、ヴァイスから買ったばかりの火器管制システムだった。
『多目標同時追尾、開始。迎撃優先順位、自動判定』
「撃ち方始め!」
『了……撃ち方始め!』
ナターシャのヘッドセットの光が、これまでに見たことのない速さで明滅し始めた。
光の雨が、暗い宇宙に降り注いだ。
1発目のミサイルが、閃光とともに砕けた。続けて2発目、3発目も光球と化す。
その時、4発目が光の網をすり抜けた。
『1発、着弾します』
「きゃあ!」
衝撃が艦橋を揺らした。少女が短い悲鳴を上げる。鈍い金属音が船体を伝い、足元から突き上げてくる。計器盤の警告灯が一斉に黄色く瞬き、被害箇所を照合する短い電子音が立て続けに鳴った。
思わず肘掛けにしがみつき、少女は隣の男を見た。
ミューラーは、眉ひとつ動かしていなかった。港で見た派手な男とも、さっきまで秘書に言い負かされていた地味な男とも違う。ただ前だけを見ている、知らない男の顔だった。
『左舷後部装甲に被弾』
「被害状況!」
『装甲にて弾き返しています。航行に支障なし』
「さすが元重巡だ、硬ぇな! 残りは!」
『5発目、6発目、撃墜しました』
ミューラーは息を吐いた。
『船長』
「今度は何だ?」
『敵ミサイルの照準は、機関部と推進部に集中していました。貨物区画は、狙われていません』
「……荷を傷めたくねぇってか?」
妙な話だった。だが、考えている暇はない。
『敵艦、第2波の発射準備に入っています』
「冗談じゃねぇ。ズラかるぞ!」
『了解しました』
「最大戦速で離脱! 振りきれ!」
『機関出力、最大。推進剤、全量開放します』
「出し惜しみすんな! ここでケチったら、命ごと赤字だ!」
『シュヴァルベ』の機関が、咆哮を上げた。加速の重圧が、全身をシートに押しつける。少女が歯を食いしばるのが見えた。
さっき貨物区画で味わったGとは、比べものにならない。それでも今は、身体はシートに固定されている。少女は、ベルトを握る自分の手が、さっきほどは震えていないことに気づいた。
元軍用重巡航艦『シャルンホルスト』……軍の中でも無類の高速を発揮していた艦だ。その心臓部に、ミューラーがどれだけのユニーを突っ込んできたか……その答えが、今、出ていた。
『敵艦との距離、拡大中。1000宇宙海里、1500、2000、2500……』
後方スクリーンの中で、追手の光点がみるみる小さくなっていく。
『敵艦、追跡を断念した模様です』
艦橋に、静寂が戻った。
警報が止み、赤い照明が通常の白へと戻っていく。聞こえるのは空調の低い唸りと、少女の浅い呼吸だけだった。誰も、すぐには口を開かなかった。
「戦闘態勢解除……通常航行に戻せ」
『了解しました』
装甲シャッターが上がり、艦橋が元の位置へと戻っていく。窓の外に、何事もなかったような星空が広がった。
ミューラーはゆっくりと操縦桿から手を離し、船長席の背にもたれかかった。
「……爺さん、たまにはまともな物を売るじゃねぇか」
『6発中5発を迎撃。迎撃率は83.3パーセントです。被弾した1発は、私の判断ミスです』
「装甲で受けたんだ。結果は同じだろ……ちょっと待て、その数字……最近どっかで聞いたな」
『高級酒のうち、船長が私的に消費された割合と同値です』
「それか! って、それを今言うんじゃねぇ!」
『それから、船長』
「……嫌な予感がする」
『最大戦速での離脱により、推進剤および機関エネルギー費が22万ユニー増加しました。被弾箇所の修理費は、概算で15万ユニーです』
「だぁー! クソッたれがーっ!」
ミサイルを節約しても、結局金は飛んでいく。それが高速武装商船『シュヴァルベ』という船だった。
ミューラーは、補助席の少女に向き直った。
少女はまだシートベルトを握りしめていた。その手が、小さく震えている。
「おい」
「……何よ」
「名乗らねぇ武装船が2隻。迷わずミサイルを6発。それでいて、積荷は狙わねぇ。お前一人を取り返すためだけに……だ……」
少女は答えない。
唇を固く結び、膝の上でベルトの端を握りしめている。さっきまで「小娘って言うな」と噛みついてきた威勢の良さは、欠片も残っていなかった。
「お前……ただの家出娘じゃねぇな?」
沈黙……それが肯定を表している事は嫌でも分かる。
少女はミューラーから目を逸らし、窓の外の星を見つめた。その横顔は年相応に幼く、しかし年不相応に何かを背負っていた。
ミューラーは、それ以上は何も言わなかった。
言わなかったが、決めていた。
この小娘が何者なのか。必ず吐かせてやると。




