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銀河自由商人ミューラーは稼ぎたい  作者: 朝霧 巡


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12/16

11.招かれざる乗客……④

『敵艦より、ミサイルの発射を確認。数は6』

「シートベルト締めろ、小娘!」

「小娘って言うな!」

「うるせぇ! とっとと締めろ! 死にたいのか!?」


 少女が慌ててベルトを引く。ミューラーは船長席の操縦桿を握った。

 警報が鳴り響き、艦橋の照明が赤に切り替わる。床下で重い駆動音が唸り、艦橋がまるごと船体の奥へと沈み込んでいった。窓を覆うように装甲シャッターが降り、星空が鉛色の壁に閉ざされる。

 代わりに、正面の大型スクリーンが灯った。


 映っているのは、識別信号を出していない2隻の艦影だった。船籍も所属も名乗らず、警告の一言すらなく、いきなりミサイルを撃ってきた連中だ。

 スクリーンの中で、6つの光点が尾を引きながら、真っ直ぐこちらへ迫ってくる。


『迎撃ミサイルの使用を推奨します。1発150万ユニーです』


 ミューラーの頭の中で、計算機が回った。

 6発……

 1発150万つまり900万ユニー……

 今回の純利益予測は510万ユニー。

 赤字、大赤字! 差し引き390万の……


――ふざけんな!


「却下だ! 全弾『ファランクス』で落とせ!」

『問……ファランクスでは、6発同時の迎撃は命中率の低下が予想されます』

「クソ爺から、新しい火器管制システムを買ったばっかりだろうが! 連携しろ!」

『了解しました(アイアイサー)。AN/AWFCS-870改……同期開始』


 緑色の光が激しく明滅し、船体各所の砲塔が、一斉に向きを変えた。

 ガトリング式のパルスレーザー砲。毎秒100発で射出するレーザー兵器だ。

 1発あたりの単価は、迎撃ミサイルの何千分の1。そのかわり、当てるには相当の腕が要る。

 腕を担うのは、ナターシャと、ヴァイスから買ったばかりの火器管制システムだった。


『多目標同時追尾、開始。迎撃優先順位、自動判定』

「撃ち方始め!」

『了……撃ち方始め!』


 ナターシャのヘッドセットの光が、これまでに見たことのない速さで明滅し始めた。

 光の雨が、暗い宇宙に降り注いだ。

 1発目のミサイルが、閃光とともに砕けた。続けて2発目、3発目も光球と化す。

 その時、4発目が光の網をすり抜けた。


『1発、着弾します』

「きゃあ!」


 衝撃が艦橋を揺らした。少女が短い悲鳴を上げる。鈍い金属音が船体を伝い、足元から突き上げてくる。計器盤の警告灯が一斉に黄色く瞬き、被害箇所を照合する短い電子音が立て続けに鳴った。

 思わず肘掛けにしがみつき、少女は隣の男を見た。

 ミューラーは、眉ひとつ動かしていなかった。港で見た派手な男とも、さっきまで秘書に言い負かされていた地味な男とも違う。ただ前だけを見ている、知らない男の顔だった。


『左舷後部装甲に被弾』

「被害状況!」

『装甲にて弾き返しています。航行に支障なし』

「さすが元重巡だ、硬ぇな! 残りは!」

『5発目、6発目、撃墜しました』


 ミューラーは息を吐いた。


『船長』

「今度は何だ?」

『敵ミサイルの照準は、機関部と推進部に集中していました。貨物区画は、狙われていません』

「……荷を傷めたくねぇってか?」


 妙な話だった。だが、考えている暇はない。


『敵艦、第2波の発射準備に入っています』

「冗談じゃねぇ。ズラかるぞ!」

『了解しました』

「最大戦速で離脱! 振りきれ!」

『機関出力、最大。推進剤、全量開放します』

「出し惜しみすんな! ここでケチったら、命ごと赤字だ!」


『シュヴァルベ』の機関が、咆哮を上げた。加速の重圧が、全身をシートに押しつける。少女が歯を食いしばるのが見えた。

 さっき貨物区画で味わったGとは、比べものにならない。それでも今は、身体はシートに固定されている。少女は、ベルトを握る自分の手が、さっきほどは震えていないことに気づいた。


 元軍用重巡航艦『シャルンホルスト』……軍の中でも無類の高速を発揮していた艦だ。その心臓部に、ミューラーがどれだけのユニーを突っ込んできたか……その答えが、今、出ていた。


『敵艦との距離、拡大中。1000宇宙海里、1500、2000、2500……』


 後方スクリーンの中で、追手の光点がみるみる小さくなっていく。


『敵艦、追跡を断念した模様です』


 艦橋に、静寂が戻った。

 警報が止み、赤い照明が通常の白へと戻っていく。聞こえるのは空調の低い唸りと、少女の浅い呼吸だけだった。誰も、すぐには口を開かなかった。


「戦闘態勢解除……通常航行に戻せ」

『了解しました(アイアイサー)』


 装甲シャッターが上がり、艦橋が元の位置へと戻っていく。窓の外に、何事もなかったような星空が広がった。

 ミューラーはゆっくりと操縦桿から手を離し、船長席の背にもたれかかった。


「……爺さん、たまにはまともな物を売るじゃねぇか」

『6発中5発を迎撃。迎撃率は83.3パーセントです。被弾した1発は、私の判断ミスです』

「装甲で受けたんだ。結果は同じだろ……ちょっと待て、その数字……最近どっかで聞いたな」

『高級酒のうち、船長が私的に消費された割合と同値です』

「それか! って、それを今言うんじゃねぇ!」

『それから、船長』

「……嫌な予感がする」

『最大戦速での離脱により、推進剤および機関エネルギー費が22万ユニー増加しました。被弾箇所の修理費は、概算で15万ユニーです』

「だぁー! クソッたれがーっ!」


 ミサイルを節約しても、結局金は飛んでいく。それが高速武装商船『シュヴァルベ』という船だった。

 ミューラーは、補助席の少女に向き直った。

 少女はまだシートベルトを握りしめていた。その手が、小さく震えている。


「おい」

「……何よ」

「名乗らねぇ武装船が2隻。迷わずミサイルを6発。それでいて、積荷は狙わねぇ。お前一人を取り返すためだけに……だ……」


 少女は答えない。

 唇を固く結び、膝の上でベルトの端を握りしめている。さっきまで「小娘って言うな」と噛みついてきた威勢の良さは、欠片も残っていなかった。


「お前……ただの家出娘じゃねぇな?」


 沈黙……それが肯定を表している事は嫌でも分かる。

 少女はミューラーから目を逸らし、窓の外の星を見つめた。その横顔は年相応に幼く、しかし年不相応に何かを背負っていた。

 ミューラーは、それ以上は何も言わなかった。

 言わなかったが、決めていた。

 この小娘が何者なのか。必ず吐かせてやると。


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