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俺の異世界生活が配信されているとしか思えない  作者: 伊藤ほほほ
第一章 何を成すか

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第五話 おっさん、手助けをする

 暗闇を抜け、地上に戻ってきた。日差しを浴びて目を細める。

 移動中、バーンズさんは口を開かなかった。


「あ、あの……」


 沈黙を破ろうとしたのに言葉が続かない。

 ラゾは捕まってまだ八日にもかかわらず、死を身近に感じるほど酷いイジメを受けているようだ。

 助けてあげたいけど、この世界の常識が分からない。

 俺に何かできることがあれば――なんて、安っぽいことは言えなかった。


「マサル、今日はありがとな。俺の息子だ、半年くらい耐えれんだろ」


 バーンズさんの顔が元に戻っている。強面だが険はない。

 これでお開き……なのか本当に?

 だとしたら、牢屋で浮かべた怒りの表情は何だったのか。

 あれは心底憤りを感じていた父親だからこそのものだ。


「これから仕事ですか?」

「いや、そういう気分じゃねえな」

「少し話しません?」

「……ああ、頼むわ」


 始めたことは最後まで責任を持ってやり遂げる――営業のとき大事にしていた俺のモットー。

 一緒に息子と会って欲しい。これを依頼とするなら、最低限の仕事はした。

 しかし、途中で問題が発生している。

 落としどころを見つけ、双方が納得する形で終わらせたい。


『マサルって大人なんだな』

『あたしのラゾ君に暴力振るうなんて許せない!』

『脱獄させんの?』

『金払えば出してもらえるとかなんかね?』

『バーンズさんが脅せばみんなビビりそうだけど』


 再びガドさんの店へ。

 テーブルにコーン茶みたいな味がする酒が運ばれてくる。

 一番高い酒だなんて言っていたけど、この店にはこれしかないらしい。


「どうしたいですか?」

「この世にはルールがある。罪は償うべきだ。……でもよ、息子がボコボコにされてて、黙ってるのも違うだろ」


 バーンズさんは一息で飲み干し、空っぽになったグラスを置く。

 やるせない気持ちからか、ドンと強い音がした。


「おい、壊すんじゃねえぞ」

「うるせえ、黙っとけ。さっさと次持ってこい」


 やれやれと肩を(すく)めたガドさんが酒を注ぐ。

 陽の光も届かず、カビ臭く、いつ病気になってもおかしくない。そんな牢獄で生活するだけでも、罰としては十分だろう。

 刑期を終える頃には、自分の罪と向き合い、心を入れ替えているかもしれない。


 しかし、鬱憤(うっぷん)()け口に使われるのは可哀想だ。

 あの牢屋があった広い部屋には見回りをする衛兵がいなかった。

 捕まるような悪さをする奴なんだから、どんな仕打ちを受けたって仕方ない。同じ囚人に暴力を振るわれて死んだとしても見て見ぬふり。そんな考え方がありそうだ。


 犯罪者は法によって正しく裁かれるべき。同じ罪を犯した者でも、イジメのあるなしで罰の重さが変わるなんておかしい。

 死刑を宣告された囚人が、その刑が執行される前に罪人の手により殺されるなんて、被害者は納得できるのだろうか。檻に入れてたら死んじゃいましたなんて言われたら、無念は一生残ってしまう。

 これは、俺が日本人だからこその思想なのかもな。


「息子さんが出してくれと懇願してましたけど、方法はあるんですか?」

「あいつが(たら)し込んだ女の旦那に許してもらえばいい。だが、牢屋から出すつもりはない。それならいっそ俺が入ったほうがマシだ」


 バーンズさんの言う通り、わざと捕まって他の囚人に(にら)みを利かすってのはありか。

 冒険者として一目置かれているのだから、相当に強いはず。息子に手を出すなと脅しを……いや、待てよ。もっと良い方法があるぞ。


「じゃあ、入ります?」

「マサルよぉ、冗談も通じねえのか? 同じ檻に入れなきゃ意味ねえだろ」

「だから、同じ檻に入るんですよ」

「何言ってんだお前?」


 やったのならやり返されても文句は言えないと思う。日本の倫理観に照らし合わせたら間違ってるけどな。

 ――スライムの体なら変形できそうだし、鍵開けて空き巣でもする?

 妖精さんの言葉が脳裏に浮かんでいた。

 みんなフラットな関係に戻せばいい。


「――チェンジ!」


 視野の広がった世界の中で、液状になった体を動かす。

 頭……なのか? とにかく天辺から細い触手みたいなものを伸ばしていく。かなりの集中力が必要だ。

 先端をうにょうにょと変形させてみる。つむじの先に指が生えて、それを第二関節から曲げようとする感覚に近い。

 よし、イメージ通りにできた。これなら俺の作戦が実行できる。


”――チェンジ”


 人間の姿に戻り、にやりと笑う。

 バーンズさんに視線を向けて酒を飲み干す。


面白(おもし)れぇ」


 彼もまた悪い顔をしてグラスを空にした。

 何をするか伝わったらしい。


「では、行きますか?」

「うし! ……っと、その前に。交換したこの服、やっぱ返すわ」


 俺を巻き込んでしまった罪の意識からか、仕事量に対する報酬なのか。バーンズさんは大剣を床に降ろし、スーツを脱ごうとしている。

 返してくれるのならありがたいけど――


「待ってください。それはスーツといって、俺の国では勝負服なんです。大事な日に着たりもします」

「つまり、終わった後にしろってことだな? 俺はずいぶん貴重なもんを奪ったらしい」


 営業とは、短い時間で自分の価値を示し、相手の信頼を勝ち取る。つまりは戦いだ。スーツは勝負服と言っても過言ではない。

 ただ一つ勘違いさせて申し訳ないのが、二着で二万五千円の安物だってことだ。


『うおおおぉ! 盛り上がってきたな!』

『なんか二人ともカッコイイぞw』

『鍵開けって俺の案だよな? な?』

『さぁて、すけこましを助けに行きますかね』

『で、何するんだ?』


 さすがナビ役の妖精さん。初めて役に立った。

 牢屋の鍵を開けるところまでは思いついたけど、その先どうなるかは分からない。

 店を出て、牢獄前に到着。

 もう空は茜色に染まり、暗い入り口が不気味に感じてしまう。


「む、またか?」

「息子に言い忘れたことがあってな」

「問題は起こすなよ?」

「だったら昼間にやってんだろ」


 一日に二回も面会に来るのが珍しいのか、衛兵に怪しまれてしまった。

 だとて断られるでもなく、無事に通過できた。

 真っ暗な下り坂を降りていく。

 夕飯時らしい。香味野菜を炒めた匂いを風が運んでいる。


 自分の正義に従っての行動ではあるけれど、俺はもうすぐ罪を犯す。

 通り雨に襲われても、コンビニに捨てられたボロボロのビニール傘すら盗ろうとしなかったこの綺麗な手を汚す。 

 闇が思考を加速させ、心臓がバクバクと騒ぎ始めた。

 格子窓のある扉の前で立ち止まる。


「ラゾの野郎にカカァからの伝言がある。ったく、面倒だぜ」

「あんたも大変だな」


 部屋に入り、再びタグの確認。

 さあ、いよいよだ。


「ところで、マサルさんは何か用事があるのか? 入る必要がないならここで待っていても構わないぞ」


 気を引き締めたところで、衛兵に声を掛けられた。体がぴくりと跳ねる。

 小心者の自分を呪う。怪しまれたら作戦失敗だ。

 ここまできたら、とことんやってやる。


「あんまり他人に聞かれたくない話なんですが、誰にも言いませんよね?」

「ああ、秘密は守ろう」

「ラゾのやつ、同じ檻のワルガキにイジメられてるんですよ。牢を出たら女を紹介しろって脅されてるみたいで。俺の方でさっそく二人見繕(みつくろ)ってきましてね、これ以上殴られちゃ可哀想だから教えてやろうかと」

「囚人のくせにけしからんな。私だって彼女が欲しいのに、こんな場所で働かされているから出会いがないんだよ」

「三十歳くらいの冒険者でよければ、そのうち紹介しますよ」

「なに、本当か! よくやった。ほら、さっさと行け」


 ふう、危ないところだ。

 嘘を()いてみるもんだな。調子を合わせていたらなんとかなった。

 鍵を開けてもらい、背中を叩かれて送り出された。

 歩きだすと、後ろで錠前が閉まる音がする。

 まだ何もしていないのに、相変わらず囚人たちから嫌な視線を向けられている。


「親父! よかった、やっぱり助けに来てくれたんだな!」


 ラゾが鉄格子に張り付いて叫ぶ。

 昼にイジメについて触れたからか、新しい傷が増えていた。


「ひひっ、また可愛がられてぇのかラゾちゃんよぉ?」

「てめえがこっから出れるわけねえだろバーカ!」

「パパの目の前でぶん殴ってやろうか? ぎゃはははは」


 騒がしくなった檻の前で足を止める。


「ラゾ、そこをどけ。お前に用はない。マサル、いけるか?」

「はい、護衛をお願いします。――チェンジ」


 スライムに変身して、ずりずりと金属の棒を登っていく。


「お、おい。何してやがる」

「スライムになりやがったぞ」


 狼狽(うろた)えるワルガキども。だが、鉄壁の守り(バーンズさん)を前にして動けない。

 ようやく鍵穴まで辿り着いた。体をゆっくりと流し込んでいく。

 記憶が確かなら、中にピンがあるはず。

 押し上げてやればロックが外れ――


”あれ、ピンがない?”


 触手がどんどん奥まで入っていく。

 感覚によると、小さな窪みがある板状の物が三枚。その後ろが板バネで固定されている。


『溶かせないの?』


 いや、それは最終手段だ。壊すわけにはいかない。

 そもそも俺の消化液で金属が腐食するのか分からない。


『鍵穴的にレバータンブラー錠かも! 中にある金属板にロック用の道が切り込まれてて、それを真っ直ぐにしながら(かんぬき)を引き抜けばいけると思うんだが……どうだ、伝わるかこれで?』

『有識者キター!』

『泥棒の妖精か?』


 なるほど、意識を集中してみたら確かにある。上が弧を描いたTの字を反時計回りに九十度傾かせたような穴だ。三枚の金属板それぞれで位置が違う。

 (かんぬき)から垂直に飛び出た突起が、左上に引っ掛かることでロックされているらしい。

 慎重に体を操作する。板を調整して切り込みが一本道になるよう整えていく。

 ……よし、あとは(かんぬき)だ。

 板を固定する触手はそのまま残し、先端を吸盤みたいにした触手を新たに生やす。

 さすがに二本はコントロールが難しい。人間の状態であれば、冷や汗で全身がびしょ濡れになっているはずだ。

 閂に貼りつけて、全力で引き抜く!


"は、ず、れ、ろおおおぉ!"


 ずずっ……と、鍵穴が僅かに震えた。

 閂が動く。

 

"ぬりゃあああああっ!"


 静止摩擦力さえ超えてしまえばこっちのもの。

 カチャッとミッションクリアの音が聞こえた。


「この街でバーンズって名を聞きゃ泣く子も黙る。なあ、チンピラども? 俺を知らねえとは言わせねえぞ」


 俺ですら腰を抜かしそうになるほどの威圧感を帯びた低い声。これを真正面から浴びるなど想像したくもない。

 バーンズさんは拳を握り込み、ごきりと関節を鳴らす。

 そして、ゆっくりと入り口の鉄格子を開いた。

 本来、猛獣を閉じ込めるための檻の中に、さらに恐ろしい化け物が入っていく。


「ゆ、許してください。ほんの出来心で……」

「あ、うぁ……」


 囚人たちはみな口を開け、魂が抜け落ちたかのような表情を浮かべて絶望している。


「死にたくなきゃ、マヌケ(ヅラ)(さら)してねえで砕けるくらい歯ぁ食いしばっとけ。俺の息子と遊んでくれた礼だ。ありがたく受け取りやがれ」


 鬼の前だと、人ってのは従順になるらしい。

 聞こえてくるのは乾いた音と鈍い音。

 必死に口を引き結ぶ愚か者たちの鼻は潰され、腕がへし折られた。

 気を抜けば死ぬ。ごめんなさいと叫ぶことすらできない。蹂躙(じゅうりん)された血塗(ちまみ)れの男が五人、見るも無残な姿で床に転がっている。

 そのうちの一人――青髪の男に手を伸ばすバーンズさん。首根っこを掴み、無理矢理立ち上がらせて問う。


「おう、誰にやられたか言ってみろ」

「じ、自分たち……で、やりました……」


 そのまま宙に浮かされて、コヒュッと苦しそうに(うめ)きながら、自らの命を(つな)ぐ最適解を返す。


「いいかゴミクズども、お利口さんにしてなきゃ次はねえぞ?」


 睨みを利かせて見回すと、地べたに這いつくばった者たちがこれでもかと(うなず)く。

 もう安心だろう。少なくとも俺が彼らの立場であれば、イジメを続けようなどとは思わない。


「親父……その……」

「また様子見に来るからよ」


 バーンズさんが外に出たところで鍵を閉める。

 もうコツは掴んだ。開ける方が難しい。

 俺の仕事も終わりだ。


"――チェンジ"


 (うつむ)いて涙を流すラゾを残し、地上に戻ってきた。


「ようやくこいつを返せるな」


 スーツの上着を受け取る。

 バーンズさんの右手の甲から白いものが飛び出していた。

 何発も殴ったせいで骨折したのだろう。


「それ、早く治療したほうがいいんじゃ」

「ん? ……がはは、あいつらの歯が刺さってやがる。大した傷じゃねえよ。それより、ほら」


 その右手を硬く握り、前に突き出してきた。

 俺も拳を重ねる。


「お疲れ様でした」

「マサル、ありがとな。困ったことがあれば言えよ」

「こちらこそ、お世話になりました」


 バーンズさんが手を振りながら去っていく。

 見上げれば、夜空から黄金の瞳が覗いている。

 今日の俺はどう映っただろうか。


「妖精さんたちもありがとね。助かったよ」


『なぁに、俺らにかかればこんなもんよ!』

『バーンズさん怖すぎたなw』

『正しいかどうかは抜きにして、良いことしたと思いますよ』

『そうかぁ? 暴力を暴力で解決しただけやん』

『ダークヒーローってとこか?w』


 暴力に頼ったのは確か。賛否両論あって当然だ。自分の行動を正当化するつもりはない。

 たまたま授かっただけのスキルによるものではあるけど、スライムになれる俺だからこその解決策を見出せた。

 反省すべき点は多々あれど、お世話になった人を助けられたのは素直に嬉しい。


 今日はもう疲れた。また公園に向かう。

 まだまだ問題は山積みだけど、考え方に変化を感じられた一日だった。

 ベンチで横になり、眠りにつく。

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