第四話 おっさん、相談に乗る
やってきたのはすぐ隣。併設された小さな酒場だ。
カウンター四席、まばらに置かれたテーブル。客は冒険者が一組みだけ。
メニュー表すらない殺風景な店内は、飲んだらすぐ帰れとでも言わんばかり。
「ガド、酒と飯を二人分だ」
「へいへい」
バーンズさんが前掛けを着けたおじさんに雑な注文をした。名前で呼ぶくらいの仲だから通じるのか、それともこれが常識なのかは分からない。
好きな物を好きな店で食べられる世界の出身としては少し戸惑う。
バーンズさんはテーブルに両肘をついて体重を預けると、俺の冒険者タグを覗き込む。
そのまま上に移動した視線がぶつかった。
「えーっと、マサルか。奢る代わりと言っちゃなんだが、少し相談に乗ってくれや」
「力になれるかは内容次第ですけど、自分でよければ聞きますよ」
相談には慣れている。
一番やってはいけないのが中途半端に答えること。知ったかぶりをしたり、おべっかを使ってはいけない。
相手が納得する内容ではなかったとしても、真剣に考えて意見してくれたと評価してもらえたら十分だ。
俺はそうやって客の信頼を勝ち取ってきた。
『バーンズさんにはうちのマサルが世話になったからな。俺らも力になるぜ!』
『ハゲのお悩み相談か』
『好きな子がいるとかだったらどうする?』
『俺らに恋愛の話されてもなw』
『パンジィちゃんは渡さないぞ!』
それに、こっちは数も多い。どんな悩みでも解決できそうだ。
バーンズさんが難しい表情を浮かべ、口を開く。
「十六歳の馬鹿息子が人妻に手ぇ出しやがってな。八日前から牢屋にいる。一緒に会いに行っちゃくれねえか? 一人じゃ小っ恥ずかしくてよ」
「……えっと、急にすごい話ですね。全然いいですけど、どこの馬の骨だか知れない俺なんかより、付き合いが長い他の冒険者にお願いした方がよくないですか?」
「あいつら、釘刺したとこで何言いやがるか分からねえ。それに、俺みたいにぶっきらぼうな人間が、一丁前に息子の心配してるって思われるのも嫌だしな。新人に飯奢ったついでに、ちょっと顔見せに来たって方が自然だろ」
「なるほど、たしかに。そういうことなら構いませんよ」
相談てよりお願いだったか。喉渇いたしコンビニでも行こうぜってくらいの軽いノリで、牢屋に誘われてしまった。
付き添うだけで少しでも恩返しできるなら、断る理由がない。
さあ、料理が運ばれてきたぞ。
「ほらよバーンズ。うちで一番高い酒と、一番不味い飯だ」
「あんがとよ。この店が繁盛してる理由が分かるぜ」
ハードボイルドなやり取りの後、木のジョッキに飴色の酒がなみなみと注がれた。一リットル近くありそう。
大皿には卵と腸詰めの炒め物と丸いパンが乗っている。
自分で初めて作った料理もこんな感じだった。
俺の場合は丼にして焼肉のタレをぶっかけてやったけどな。
「さっさと食っちまえ」
「はい、いただきます」
バーンズさんに促され、まず酒を飲む。
量が多くて心配だったが、アルコールは強くない。コーン茶みたいな風味があり、グビグビいけてしまう。
続いて炒め物。
……味が薄い。燻した香りはあるけど、腸詰めから古い肉の臭いがして、スパイスがないからか気になってしまう。
お世辞にも美味いとは言えない。
「どうだ、微妙だろ?」
「まあ、そうですね」
「酒までついて千ミース。金が無え奴に腹一杯食わしてやるって、ガドなりの思いやりなのさ」
「え、安っ! 量は十分すぎるほどですね」
日本にもせんべろという、おつまみに加えて酒が二杯程度飲めるシステムがあるけど、腹は満たされない。
ペノンベンではパン一つ二百ミースで売られていたのに、この価格は大丈夫なのだろうか。原価で八割以上持っていかれているような。
他人のために身を削る。カッコイイ店主だ。
『粋だねぇ』
『俺も客に料理を運ぶときガドの真似しようかな』
『やめとけ不細工。店が潰れる』
『……あ? てめぇの鼻も潰してやろうか?』
『不細工は否定しないのな? プププwww』
人の頭の中で喧嘩しないで欲しい。
食事を終え、店を出たところでバーンズさんにお礼を言う。
「ご馳走様でした」
「おう」
「先にちょっと寄り道してもいいですか? スキルを試したくて」
「いいぜ、時間ならいくらでもある」
ヒートアップする妖精の言い争いを響かせながら、昨晩ベンチを使わせてもらった公園に移動した。
どんなモンスターになるのか分からないので、念のために池のほとりに立つ。
水面には俺が映っている。
白いワイシャツに水色のネクタイ。紺色のスラックスに黒い合皮のベルト。身だしなみに気を遣う方ではないが、それにしたって髪がボサボサだ。
「――チェンジ!」
気合を入れて叫ぶと、俺の体が一瞬にして縮む。
"うわっ!"
驚いたはずなのに、音が出ていない。でも、俺はいま声を発したという確かな自覚がある。
さらに、視野が全方位に広がっていた。
馬の視界は三五〇度らしい。あいつらもこんなふうに見えているのだろうか。
視力はだいぶ落ちているようで、この目では後ろの席から黒板の文字を読み取るのは不可能だろう。
慣れない視界に脳がバグって気持ち悪い。
「スライムに変身するスキルとは珍しい。接近して視界から消え……いや、踏み潰されて終わりか。戦闘じゃ役に立たねえな」
バーンズさんが俺の体を見下ろしながら考察している。
スライム――どの小説でもゲームでも、最弱のモンスターという扱い。俺はチートスキルを貰ったはずだ。まさかそんなわけ……。
ずりずりと這いながら池に近づいていく。
水鏡で映してみると、薄い水色の透き通った体の中に銅色の核が浮かんでいた。
スライムと聞いてイメージする何通りかのうち一つ、そのまんま。終了のお知らせ。
"えぇ……マジかよ。これじゃゴブリンに勝つとか無理だろ。いよいよ詰んだか?"
この核が俺の本体だ。変化したときから不思議と理解している。
若干の粘度がある周りの液体も俺の一部ではあるのだが、核から生み出された擬似的な肉体って表現が近い。
全身を伸び縮みさせて動く様はまるでナメクジ。これなら間違いなく人間形態の方が強い。
"妖精さん、俺の声って聞こえてる?"
『なんかくぐもった声になったけど、一応聞き取れる』
『マサル、お前も丸くなったもんだな』
『よ、弱そ~w』
『そういえば服どこいった?』
妖精さんたちとは会話できた。
言われてみれば、服が消えている。
"――チェンジ"
人間に戻ると変身前の状態。リュックを背負っているし、シャツもスラックスも着ている。
なんとも都合のいい親切設計だ。
『ま、まあまあ。なんとかなるってw』
『スライムの体なら変形できそうだし、鍵開けて空き巣でもする?』
『服溶かせるのかな?』
『とりあえず風呂でも覗きに行こうぜ! って、風呂なんてあんのか?』
『馬鹿ばっかw いい加減気付きな? スライムの視点ならいつでもスカートの中見放題だってことに』
ダメだこいつら。俺を犯罪者にしようとしてやがる。
これだけの数がいるのに、使える案が一つもないとは呆れてしまう。
「バーンズさん、もう行けます」
「悪ぃけど頼むわ。まあ、スキルなんかおまけみたいなもんだから、気にすることねえぞ? ゆっくりやればいい」
あからさまに落ち込んでいたからな。顔に出ていたのかもしれない。背中を叩かれ、励まされてしまった。
めでたく使えないスキルだと認定されたようだ。肩を落としながら牢獄へと向かう。
街の端、その外壁近く。積み上げられた石で囲われただけの、不自然な入り口があった。
地下へと続いているのだろう。真上から降り注ぐ陽光が暗闇に押し返されている。
人が一人通れるくらいの狭さ。衛兵が二人立っている。
「息子に面会したい」
「どうぞ。壁伝いに歩いてください」
許可をもらい、なだらかな傾斜の道を進む。
すぐに光は届かなくなり、目が役に立たない。指先を伝う、壁を固めるための石と木の感触だけが頼り。緩やかにカーブしている。
生温い風が吹き抜けていく。どこかに別の入り口があるのだろうか。
しばらくすると、明かりが見えた。闇をわずかに薄める程度の頼りない光だ。
平らな地面に到着すると、道幅が少し広くなる。一本道で、ずっと奥の方が暗い。あっちから風が流れてきている。
通路にある扉の一つ。格子窓を覗くと、向こうは小さな部屋になっており、衛兵が一人イスに座っていた。
「最近捕まったラゾと話したい」
「いま開ける」
内側に開いた扉に導かれ、中に入る。
衛兵は俺たちの冒険者タグを見て、壁に掛けられた入出を管理する木の板に名前を書く。そして奥の扉へと移動し、錠前を外してくれた。
その先が牢屋。五から六人ずつ収容されている檻がいくつも並んでいる。
「四つ目の右側だ。短めにな?」
「あいよ」
囚人たちはみな薄汚れたボロボロの服を着て、頭を丸く刈られていた。
太い鉄格子に背をもたれて地べたに座り、視線だけをこちらに流している。
「お、親父!」
若い男が立ち上がり、通路側に駆け寄った。
赤い髪に甘いマスク。あれが息子さんか。女性が放っておかないな。
バーンズさんが不細工とは言わないが、おそらく母親似なのだろう。
「おうラゾ。近くで飯食ったついでに来てやったぞ。いい暮らししてそうだな」
「頼む、ここから出してくれ! 殺されちまうよ!」
誰かが吹き出した。それをきっかけに、下卑た笑いが広がっていく。
近くで見ると、ラゾは体中アザだらけ。同じ檻の囚人たちにやられたのだろう。叫んだせいで唇の左下にある傷口が開き、血が流れだす。
「元気そうで何よりだ。じゃあ、またな」
少し顔を合わせただけで、もう帰るらしい。
振り返ったバーンズさんは、鬼より怖い仮面を被っていた。思わず目を逸らしてしまう。
「待ってくれ親父、助けてくれ! もう二度と馬鹿な真似はしないから!」
ラゾの悲痛な声……涙が混じり、震えている。
だがその父親は背を向けたまま、呼ばれようとも歩を止めず、早足で進んでいく。
俺はその背中を追いながら、何も言えなかった。




