第十四話 報道タイムズ
ここは東京都――錦糸町にある寂れた中華屋。
OLがエビチリとご飯を美味しそうに頬張る。向かいに座るサラリーマンはネクタイを緩め、広東風のラーメンを熱そうにすする。
その横で、テレビの画面が切り替わった。
軽快な音楽とともに短いオープニングが流れ、続いてカメラが暖色のスタジオを映す。中央にアクリルのテーブルが置かれていた。
背筋を伸ばして立つ、真剣な表情の若い女性キャスターが口を開く。
「報道タイムズの小日向涼子です」
画面の下に『中年男性、ノルマのために異世界へ』とテロップが表示された。
「配信サイト――シュワッチで、日比谷優さん三十六歳が異世界に迷い込んだ様子が配信され、話題になっています」
動画が流れていく。初日の深夜、優が二つの月を見上げるシーンから始まった。
土下座をして金を借り、スライムになって牢屋の鍵を開けようとしている。
「総務省、デジタル庁双方の調べによりますと、この映像はAIなどにより生成されたフェイク動画ではないと確認されています。なぜ日比谷優さんが異世界に行ってしまったのか、原因を調査中です」
フォレスティアンの姿でネズミを捕まえ、ゴブリンからレイミーを救う様子へと続く。
優がゴブリンに組みつかれ、あわやといったところでスタジオに戻る。
「常に命の危険がある冒険者という職業で生計を立てているようですね。一刻も早い救助が望まれます。さて、日比谷優さんとは、いったいどのような人物なのでしょうか。報道タイムズでは、職場や関係者を取材しました」
再び映像が切り替わると、リポーターの男がマイクを持ち、アスファルトの上に立っていた。
彼が示す手のひらの先――駐車場には、営業車のライトバンが停まっている。カメラがズームしていくと、車体にはカネミツメディックスと書かれた青い文字が。
二階建ての小さな会社は下が倉庫になっており、医療機器を運ぶトラックから忙しなく荷受けが行われていた。
会議室へ移動すると、スーツ姿の男性が二人、両手を前で組んで待っていた。
表示されたテロップにより、一人は営業所の所長。もう一人は優が配属された営業二課の課長だと分かる。
リポーターがマイクを向け、話しかける。
「田口課長にお聞きします。日比谷優さんは普段どのような様子で働かれていたのでしょうか?」
「文句ばかり言ってましたが、真面目でしたよ。大きな案件をいくつも取ってきてくれたので、会社に貢献していたのは間違いないですね」
「日比谷優さんの奇怪な行動がSNSなど拡散されていますが、そのあたりについては?」
「ああ、変わった奴ですから。日比谷がお客様――病院の先生の家にパーティをするからって招かれまして。何を思ったのか、勝手に室内を漁って何十万円もするワインを開けたらしいです。やってること窃盗犯ですよ。そりゃもう大騒ぎ。でも、あいつは口が上手いので、色々と理由をつけて言いくるめ、逆に気に入られたみたいで。戦略なのか、天然なのか分かりませんけどね。……ふふっ」
田口が笑う。優より少し年上の彼は、口元に温厚さを感じさせるシワを作った。
良好な職場関係が窺える。
次に、カメラが所長に向く。
白髪交じりの髪に太い眉、岩を削ったような厳つい顔つきの初老の男だ。
「所長の荒木さん。突然の出来事に、会社としても驚かれていると思います。今回の件、どのように受け止めていますか?」
「うちの社員のことですから、可能な限り協力はしますよ。ですが、異世界ですからねぇ。現状は国の調査を待つほかありません」
「日比谷優さんはノルマに苦しんでいたそうですが、それについては?」
「会社とは成長していくものです。常に高い目標を掲げることに何か問題があるでしょうか。目標があるから人は動く。適当に仕事をさせて、大した成果を得られない社員をほったらかしにしていたら、そんな会社すぐに潰れますよ」
荒木は低い声で答えた。
さも当然だといった態度で、威圧感のある視線を飛ばす。
ここで会社のインタビューが終わる。
次に映ったのは、幹線道路沿いに建つ薄い茶色の建物。正面には『キノシタ腎クリニック』と書かれた銀の看板が掲げられている。
自動ドアが開くと、待合室の長椅子が見えた。女性のリポーターが優の営業先だと紹介している。
そのままカメラマンを引き連れ、院長室へと入っていく。
中は書斎のような雰囲気。目尻が少し垂れ下がった優し気な顔の年配の女医が座っていた。軽く瞼を閉じながら、腰を曲げて柔らかい所作で挨拶している。
「木下院長、日比谷優さんがいま異世界にいるのはご存じですか?」
「ええ。カネミツメディックスの課長さんから連絡があって、私も配信を見たんだけど、ずーっとハラハラしっぱなし。あの人ったら、やっぱり向こうでも変な人だったわ」
「このクリニックの立ち上げに関わったとお聞きしましたが」
「そう、お願いしたの。優さんてね、普段は嘘だか本当だか分からないような冗談ばかり言って楽しませてくれるんだけど、仕事は真面目なのよ。営業って堅苦しい人が多いじゃない? 私にはあの人くらいが話しやすくてちょうどよかったのに、しばらく会えないと思うと寂しくなるわねぇ」
木下は視線を外し、静かに微笑む。
だが、どこか遠くの世界でも見つめているかのような瞳は、潤んでいるようにも見える。
院長室に短い沈黙が落ちた。
心情を察してか、言葉を挟めずにいるリポーター。
スタジオへと画面が移り、神妙な面持ちで女性キャスターの小日向が頷く。
「次に、日比谷優さんのご両親と中継が繋がっています。加藤さーん」
閑静な住宅街にある一軒家。玄関の前に老夫婦が立っている。
その横で、マイクを構えたリポーターの女性が応える。
「はい、現場の加藤です。さっそく、お母様にお話を伺いたいと思います。いまの心境をお聞かせください」
マイクを向けられた優の母親は、ひどく疲れた顔をしていた。
彼女は深く頭を下げ、涙交じりに謝罪した。
「うちの息子がみなさんにご迷惑をお掛けして、本当に申し訳ありません。な、なんで……こんな、ことに……うぅっ」
溢れ出す感情を堪えられず、その場で崩れ落ちてしまう。
両手で顔を覆い、肩をしゃくり上げながら悲痛な声を漏らしている。
夫が大股を広げてしゃがむ。
すすり泣く妻の背中に手を乗せ、困った表情を浮かべながら話し始めた。
「ったく、泣くんじゃねえよ。恥ずかしいぞバカお前。これ、全国に放送されんだぞ。あんな野朗、放っときゃいいんだよ。自分の行動に責任持てねえようじゃダメだろっつーの。んとに、うちの息子がすみません」
両膝を揃えて正座し、妻の背中から手を離す。
両手でバンと地面を叩き、これでもかと頭を下げた。
「お願いします、息子を返してやってください! 誰でもいい、息子を助けてください! どうか、お願いだからどうか……」
震える声で、何度も懇願する父親。
どうしたらいいか分からず、リポーターが右耳のイヤホンを押さえる。
「以上、現場から加藤がお伝えしました。一旦CMです」
中華屋のテレビの中で、アイドルグループが歌いながら踊っている。
客のいなくなった店内には、やけに静かな空気が流れていた。




