第十話 おっさん、スライムを吸う
フォレスティアンに変身した俺は、スライムを探しながら森を駆ける。
聴覚と嗅覚で危険を察知できるこの体の方が都合がいい。
スライムは夜になると隠れてしまうが、昼間なら餌を食べているはず。
樹上を注意深く観察する。
さて、早速一匹目を発見した。
美味しそうに葉っぱを食べている。
とぐろを巻いた木に登り、ネコパンチ。ぺちんとスライムを地上へと叩き落とす。
俺も一緒に飛び降りて、華麗に着地。
スライムの本体は核。臓器とはまた違うのだが、ここで思考するし、核を失えば死ぬ。脳や心臓といった重要な器官に近い。
つまり、弱点である。
"――チェンジ!"
人間の姿に戻り、槍で突く。
リーチの長いこの武器なら、消化液が飛散しても大丈夫だろう。
だが、液体の中で浮遊する核にはなかなか当たらない。
卵の白身から、殻の破片を取り除こうとしても避けられるような感覚だ。
「くそっ!」
スライムは必死に逃げようとしているが、俺が歩くよりも遅い。
その背……なのかどうか分からないけど、ぷにぷにボディに槍を打ち込む。
なるほど、あの液状の体が奴の防壁なのだ。
水流によって、核の位置が変わってしまう。
『なにしてんの?w』
『おっさん不器用か?』
『ほら、老眼きてるからさ』
『あんだけ突かれても死なないんだ』
『こいつ兄貴じゃねえよな?w』
いやいや、真面目にやってるから。
ならば、こちらにも考えがある。その特性を逆に利用してやればいい。
まずは核の下側にゆっくり槍を突き刺す。そして、穂先を地面と水平に、スライムごと持ち上げる勢いで振り抜く。
「――そおいっ!」
柄がしなり、軽々とスライムを引き裂いた。
女の子がプールで水を掛け合ってはしゃぐような一撃が、スライムの体内に激流を生む。
飛び出した液体を追いかけて、核が空中に浮かび上がる。
消化液が霧散していく。
核が体外に出ると死ぬらしい。俺も注意しなければ。
ゴブリンに比べるとかなり少ないが、無事に吸えた。
「いまさら兄貴の名前を出すのはやめてくれない? 俺だってちょっと過ったけどさ。兄貴は人間じゃないから……」
冒険者とはモンスターを倒して稼ぐもの。どうせ見つけたらみんな狩る。殺っちまったもんはしょうがない。
兄貴は恩人だけど、一々変身して確認するほどだろうか。
俺たちは敵同士。気を遣うのもなんか違う。
『ごめんてw』
『そんな落ち込むなよ』
『哀愁漂ってるな』
……さて、中身を取り出すとしよう。
魔石まで粉々にしては元も子もない。俺は核に革靴を乗せ、ゆっくりと力を込めていく。
パキッと音がしたところで拾い上げる。
「五十ミースだけあってかなり小さいな」
パチンコ玉くらいの魔石が入っていた。
貴重な収入源だ。リュックに放り込む。
「――チェンジ!」
再びフォレスティアンに変身して、スライムを探す。
倒し方さえ分かってしまえばこっちのもの。あとは単純作業だ。
レイミー君情報によると、森の浅い場所には危険なモンスターはいない。
耳と鼻に意識を集中しておけば、安全は担保されている。
"結構いるな"
ちょっと走っただけで、またスライムを発見した。
今度は左右の木に一匹ずつ。大量である。
『鳴き声かわよw』
『あっ、奥の茂みのとこにもいる!』
『ほんとだ、あんなのよく見つけたね』
『あいつら周囲の景色を反射するから、勝手に保護色になるのか』
『子供の頃ザリガニ見つけるの上手い奴いたよなw』
じっと動かないスライムは、よほど注意深く観察しないと見逃してしまう。
妖精さんたちが索敵を手伝ってくれるから助かる。目が何千個にも増えて頼もしい。
猫と人間の姿を切り替えながら、流れ作業で倒していく。
このままのペースでいけば、街で傷薬を買って夕食を取れるくらいには稼げそうだ。
ゴブリンの臭いがしたら、すぐさま逃げる。
あいつらにはまだ勝てない。
ネズミがいたら捕食する。
……うん、やっぱり美味い。妖精さんたちは阿鼻叫喚の騒ぎ。
野生の本能に身を任せ、狩って狩って狩りまくる。
日暮れには、スライムの魔石が九十四個も集まっていた。
"そろそろ帰るか"
街に向かって駆ける。
微々たる積み重ねであっても、これだけ吸えば明らかに肉体が強化されている。
景色があっという間に流れていく。
ひゅうと鳴る風の音が高揚感に変わる。軽自動車からスポーツカーに乗り換えたみたいだ。
相変わらず体力はなく、すぐ息切れしてしまう。
歩きながら呼吸を整えてまた走るを繰り返す。
でも、それにしたって速い。
森を抜ける頃には、もうすっかり暗くなっていた。
"――チェンジ!"
モンスターの姿では門番に殺されるかもしれない。人間に戻っておく。
ランニングのペースで走り出す。
一歩の伸びが違う。俺は運動が得意ではないけれど、いまなら陸上部のエースに負けないタイムが出るかもしれない。
「こりゃすげえ」
レイミー君が、吸えなくなる頃には次のモンスターと戦えるくらい強くなっていると言っていた。
俺はスライムがまだだから、この身体能力でもゴブリンに挑むには早いというわけだ。
まあ、あのレイミー君ですら殺されかけたのだから当然か。どんだけ強いんだよあいつら。
槍を見つけたときに、最悪逃げたらいいしとりあえず戦ってみよう――とかいう甘い考えに至っていたら死んでたな。
『こんだけ稼げば美味い飯食えそう』
『まず宿じゃね?』
『マサルにはベンチがあるしなぁ』
『体洗ってなくて気持ち悪くないのかな?』
『不潔なおっさん……響きからして最悪』
さて、門までやって来た。
肺も強化されているようで全然疲れていない。
妖精さんは無視だ。
「街に入りたいのですが」
「登録証を提示せよ!」
外から街に入るときには、冒険者のタグを見せる必要があるらしい。
店をやっている人にも、専用のギルドみたいなのがあるのかも。みんな何かしらの身分証を持っているのだろう。
もし冒険者になる前に街の外に出ていたら……恐ろしすぎて想像したくない。
「通ってよし!」
首からぶら下げたチェーンを引き上げると、門番の馬鹿でかい声が響く。
まずはギルドに寄って換金だな。
街は食事時ということもあり、活気と美味しそうな匂いで溢れていた。
魚を炭火で焼く屋台の店主に、「一本どうだい?」なんて呼び止められたが、俺はまだ一文無しだ。値段だけ聞いて遠慮しておく。
丸っと太くて食べ応えがありそうだったけれど、七百ミースもするらしい。ニジマスより大きかったので、あれ一本でお腹一杯になるだろう。
そう考えたら安上がりなのかもな。
客引きを苦笑いで躱しながらギルドに到着。中は一仕事終えた冒険者達で騒がしい。
今日の成果を自慢したり、情報交換をしたり、ただ仲が良い者同士で喋っていたり。俺もいつかはあの輪に入れるのだろうか。
受付には妖精たちのアイドル――パンジィちゃん。俺の前に並んでいた冒険者が飲みに誘っていた。
『マサル、そいつ殴れ』
『こういうときのために槍があるんだろうが。刺し殺せ!』
『あのダボ断られてやがる。ざまあwww』
『犬みてえな顔してるくせにナンパしてんじゃねえよ。猫になって出直せカス!』
『てか、働きすぎじゃね? ずっとパンジィちゃん一人でやってる』
『飲みに誘われてたし、もうすぐ交代なのかね?』
滅茶苦茶すぎて吹き出しそうになる。
こいつらガラ悪すぎだろ。妖精ってもっとキラキラして可愛らしいイメージだったのに。
「すみません、魔石を換金したいのですが」
「それなら、先にギルドの裏にある作業場へお願いします。討伐証明部位や魔石の種類に応じた札が発行されますので、それをお持ちになってまたいらしてください」
そういう仕組みなのね。
外に出て、かなり遠くにある裏口に回る。『作業場』、『買取はこちら』と書かれた二枚の看板の横にある大きな扉を開く。
中は野球の試合ができそうなほど広い。前掛けを身に着けた筋骨隆々の男たちが、忙しなく働いていた。
『うわっ、すげええええぇ!』
『なんだあのモンスター! でっか!』
『バーンズさんもあんなのと戦ってるのかな?』
『いずれマサルも……』
『ゾウさんより大きい!』
床に寝そべるのは、下アゴがシャベルみたいな形状にしゃくれた巨大なイノシシ。鋭い牙が突きだしている。
そのモンスターから、職員が慎重にチョコミントカラーの毛皮を剥ぎ取っている。
他にも未知の化け物がたくさん。もしかすると、ギルドの中にいた冒険者たちは、この作業が終わるのを待っているのかもしれない。
「魔石の買い取りをお願いします!」
「あー、新人さん? そこのテーブルの上に並べといてよ」
ここにもまたルールがあるのか。
リュックを開いて、砂利みたいな魔石をじゃらじゃらと取り出す。
ゴブリンとスライムで別にして、スライムのほうは一列が五個になるようまとめていく。
「なんだおっさん、気が利くじゃん。えーと、九十四個ね? はい、受付に持ってって」
手渡されたのは、ゴブリン一、スライム九十四と書かれた木の板。おそらく魔道具なのであろう機械でスタンプが押されている。
ズルができないように対策しているのかもしれない。
再度パンジィさんの元を訪れ、俺はこの世界で初めての収入――五千ミースを手に入れた。千ミースの硬貨が五枚。財布にしまう。
なぜだか達成感がある。
人助けをしたからだろうか。
命を懸けたからだろうか。
……いや、違う。成長の実感だ。
達成できるわけない膨大なノルマを追いかけていた前職の医療機器販売。営業先が決まっているルートセールスってのは、数字を伸ばすのが難しい。
どうせ無理なのに、何をやらされてるんだろう……ってな毎日だった。
それに比べて冒険者はいい。スライムの次はゴブリンって目標があり、いずれ手が届く。
どんどん稼ぎもでかくなるだろうしな。
「さて、あとは食って寝るだけだ」
レイミー君からおすすめの店を事前に聞いている。
異世界の美味しい料理を試してみたい。
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