幕間 続・エリザベートと公爵家秘密会議――ルクレツィアがかなり乙女である件について、いよいよ情報共有が行われる夜
エリザベートを加えた公爵家秘密会議が、妙に安定して回り始めてしまった頃。
ヴァルツェン公爵家では、さらに一歩踏み込んだ議題が持ち上がっていた。
ルクレツィア・フォン・ヴァルツェンが、実はかなり乙女である件について。
これは公爵家の中では、すでにある程度共有されている事実だった。
婚約の話を振られた時、露骨に絶望したこと。
その理由が「ちゃんと好きになった方でないと嫌ですの」という、驚くほど真っ当で驚くほど乙女らしいものであったこと。
兄の結婚話に対しても、“ちゃんとお好きで?”を真顔で確認したこと。
これらを総合すれば、ルクレツィアが表面の印象よりずっと乙女であることは、もはや公爵家内では半ば周知の事実だった。
だが。
その情報はまだ、エリザベートには共有されていない。
そして、母は思ったのである。
これは共有しておいた方が、かなり面白――ではなく、かなり有益なのではないか、と。
そんなわけで、その夜の小会議室には、父、母、兄、そしてエリザベートがいた。
父は最初から嫌な予感しかしない顔である。
兄は「また何か始まる」という顔だ。
エリザベートは、今回は議題を知らされていない分だけ少し不思議そうだった。
母だけが非常に穏やかである。
最初に口を開いたのは、当然母だった。
「エリザベート様」
「はい」
「今日は、ルゥについて大事な共有があります」
エリザベートはすぐに姿勢を正した。
「はい」
かなり真面目だ。
そこが良い。
父が低く言う。
「……その前に確認するが、本当に必要か」
「必要です」
母は即答した。
「かなり」
兄がぼそりと言う。
「まあ、エリザベート相手なら、知っておいた方がいいだろうな」
父は深く息を吐いた。
もはや止める気は薄いらしい。
母は扇を静かに閉じ、それから言った。
「ルゥは、かなり乙女です」
沈黙。
エリザベートが止まる。
父が止まる。
兄はすぐに顔を逸らした。
たぶん笑いを堪えている。
エリザベートは、数秒かけてその言葉を受け止めたらしかった。
そして、とても静かに聞き返す。
「……かなり、乙女」
「ええ」
母は穏やかに頷く。
「かなり、です」
エリザベートは少しだけ目を丸くした。
だが、驚きはしたものの否定の気配はない。
むしろ、何かが急速に繋がり始めている顔だった。
「それは……」
「はい」
「もしかして」
「はい」
母は嬉しそうに微笑んだ。
「婚約の話をした時の反応です」
エリザベートの表情が、そこで一気に理解へ寄った。
「ああ……!」
かなり良い反応である。
父が低く咳払いする。
「そこまで分かりやすく腑に落ちるものか」
「はい」
エリザベートは本気で頷いた。
「かなり」
兄が横で言う。
「だろうな」
母はそこで、当時の経緯を簡潔に説明した。
家族で婚約について一度聞いてみたこと。
その瞬間、ルクレツィアが露骨に絶望したこと。
そして理由を聞いてみたら、“ちゃんと好きになった方でないと嫌ですの”と、驚くほど真っ直ぐに言ったこと。
そこまで聞いた時点で、エリザベートはもう両手を軽く口元へ当てていた。
「まあ……」
それは驚きと歓喜が半々くらいの“まあ”だった。
父がその反応を見て、嫌そうな顔をする。
「なぜそこで喜ぶ」
エリザベートは、かなり真面目に答えた。
「だって、とても大事なことではありませんか」
「何がだ」
「ルクレツィア様が、そのようにきちんとご自身の心を重く見ていらっしゃることです」
その返しには、一切の作りがなかった。
母が満足そうに頷く。
「ええ。そうなのよ」
兄が苦笑する。
「この家では、その時点で全員けっこうやられたんだよ」
「でしょうね……」
エリザベートは、どこかうっとりしたように言った。
「そんなに真っ直ぐに、“好きになった方でないと嫌”と仰るなんて」
父が低く言う。
「普段のルクレツィアからは少々想像しにくいだろう」
「いいえ」
エリザベートは、意外にもすぐ首を振った。
「むしろ、今ならよく分かります」
兄が目を細める。
「どういう意味だ」
「ルクレツィア様は、真っ直ぐな方です」
静かな断言だった。
「騎士を目指していらっしゃることも」
「ええ」
「準王国騎士団服を着て立つことも」
「ええ」
「全部、ご自分で選び、重く見ていらっしゃる」
「ええ」
「でしたら、婚約や結婚だけを軽く扱われるはずがありません」
その整理は、とても美しかった。
父も、そこは否定しなかった。
むしろ少しだけ納得した顔になる。
「なるほどな」
母が楽しそうに言う。
「でしょう?」
「ええ。かなり」
エリザベートは本気だった。
「ルクレツィア様が乙女であることは、少し意外ではあります」
「ええ」
「ですが、本質としてはとても自然です」
兄がぼそりと言う。
「この会議、妙に理屈が通ってるんだよな」
父が短く言う。
「ルクレツィアの話は、だいたいそうなる」
少し沈黙が落ちたあと、母がさらに一歩踏み込んだ。
「そして、もう一つ共有しておきたいことがあります」
父が目を閉じる。
「まだあるのか」
「あります」
母はまったく揺るがない。
「ルゥは、“ちゃんと好きになった相手でないと嫌”というだけではなく」
エリザベートが静かに待つ。
兄は、どこかで来ると分かっていたように少しだけ顔を覆った。
「たぶん、理不尽の時に崩れず、見ているものが浅くなくて、自分の頭で考えて、必要な時に前へ出られる方でないと、そもそも惹かれにくいのだと思うの」
エリザベートは、そこで完全に止まった。
「……まあ」
今度の“まあ”は、かなり大きかった。
兄がすぐに言う。
「条件が重いんだよ」
「重い、ですか?」
エリザベートが聞き返す。
母は頷く。
「ええ。かなり」
「けれど」
エリザベートは少し考え、そして静かに言った。
「それも、ルクレツィア様らしいと思います」
父が低く言う。
「やはりそう見るか」
「はい。あの方は、ご自分が重く見ているものに対して、相手の側にも軽さを求めていないのでしょう」
かなり鋭かった。
兄が小さく笑う。
「ルクレツィア本人より整理が上手いんじゃないか」
「それはどうかしら」
母はそう言ったが、かなり満足そうだった。
エリザベートは、しばらく静かに考えていた。
やがて、少しだけ頬を緩めて言う。
「私、ますます好きになってしまいました」
父が頭を抱える。
兄が「ああ、やっぱりそうなるんだな」という顔をする。
母だけが完全に嬉しそうだった。
「どうしてですの?」
「だって」
エリザベートは本気で答える。
「普段はあれほど格好良くて、筋が通っていて、騎士として本気で立っていらっしゃるのに」
「ええ」
「心の大事なところは、ちゃんと少女のままでいらっしゃるのでしょう?」
「……ええ」
「そんなの、好きにならないはずがありません」
兄が思わず言う。
「そこでさらに推しが強くなるのか」
「当然です」
エリザベートは一切ぶれなかった。
「むしろ、今まで以上に大事に推したいです」
父が重く息を吐いた。
「推すな」
「無理です」
即答だった。
強い。
かなり強い。
母がそこで、少しだけ真面目に問う。
「では、エリザベート様」
「はい」
「その情報を踏まえた上で、今後どう接するのがよいと思われます?」
良い問いだった。
エリザベートは少しだけ考える。
だが、答えはやはり早い。
「止めません」
兄がまたかという顔をする。
「ただし」
エリザベートはそこで続けた。
「ルクレツィア様がきちんと受け取れる量で、です」
母が頷く。
「ええ」
「急に強く押しすぎると、きっと固まってしまわれる」
「ええ」
「でも、だからといって全く伝えないのも違う」
「ええ」
「ですから、“あなたのそういうところが素敵です”を、一つずつきちんと伝えたいです」
その答えは、かなり良かった。
兄が少しだけ呆れたように笑う。
「本当に手加減する気はあるんだな」
「あります」
エリザベートは頷く。
「でも、引く気はありません」
「だろうな」
父が低く言う。
「つまり、ルクレツィアの乙女な部分を理解した上で、なお推すと」
「はい」
「しかも、より丁寧に」
「はい」
父はそこでようやく、少しだけ諦めた顔になった。
「……婚約者候補が娘の対処法まで完全に掴み始めている」
母が穏やかに微笑む。
「良いことではなくて?」
「悪くはない」
それが父の最大限の譲歩だった。
少し沈黙が落ちたあと、兄がぽつりと言う。
「でも、ルクレツィア本人はこの会議の内容を知ったらまた固まるだろうな」
全員がその光景を想像したらしい。
部屋の空気が少しだけ柔らかくなった。
母が言う。
「ええ。かなり」
エリザベートも、少しだけ嬉しそうに笑った。
「でも、その反応もきっと可愛らしいのでしょうね」
「そこへ戻るのか」
兄が半ば呆れ、半ば笑いながら言う。
だが、エリザベートは本気だった。
「だって、本当にそうなのですもの」
この言葉が出る限り、たぶんルクレツィアの推し活は止まらないのだろう。
少しだけ量を調整しながら、しかし確実に深く続いていく。
それが、この夜の全員の共通認識になりつつあった。
最後に、母がまとめた。
「では結論ですわね」
父が黙って頷く。
兄も肩をすくめる。
エリザベートは静かに待つ。
「ルゥがかなり乙女である件は、エリザベート様にも正式共有する」
「その結果」
母は少しだけ楽しそうに続けた。
「エリザベート様の推しはさらに深まった」
「ええ」
「ただし、今後は“ルゥがきちんと受け取れる量で、一つずつ丁寧に推す”方針とする」
「はい」
「そして、ルゥの乙女な部分は、欠点ではなく、かなり大事にすべき可愛らしい本質である」
父はその最後の一文に少しだけ嫌そうな顔をしたが、反対はしなかった。
兄も、もはや諦めの境地で頷く。
エリザベートは、かなり嬉しそうだった。
つまりこの夜の続・公爵家秘密会議は、ルクレツィアの“かなり乙女な件”が婚約者候補へ正式共有された結果、その魅力と推され度がさらに一段上がるという、本人不在のところで少々気の毒ではあるが、公爵家全体としてはかなり平和で、かなり満足度の高い結末に着地したのである。
――こうして、エリザベートを加えた続・公爵家秘密会議は、ルクレツィアがかなり乙女であるという極めて重要な情報を正式共有したことで、エリザベートの推し活をさらに深化させると同時に、その乙女さを“少々遅れて育った可愛らしい本質”として改めて家全体で大事に扱う方向性を固める夜となったのだった。




