幕間 エリザベートは、ルクレツィアを見て静かに思う――ああ、この方は本気で騎士を目指していらっしゃるのだ、と
最初に会った時から、不思議な方だと思っていた。
ルクレツィア・フォン・ヴァルツェン。
公爵家の令嬢。
容姿は整い、立ち姿も美しく、言葉も端正。
少し静かにしていれば、そのまま“完璧な公爵令嬢”として通る方だ。
けれど、実際に向かい合ってみると、すぐに分かる。
この方は、それだけではない。
むしろ、そこへ収まりきらないものを、きちんと内側へ持っている。
最初にヴァルツェン公爵家を訪れた日、エリザベートは少なからず緊張していた。
当然である。
婚約者の家。
公爵家。
そして、その婚約者が大切にしている妹。
しかもその妹は、ただの令嬢ではない。
騎士学校へ進み、今は準王国騎士団服を着ているという。
話としては聞いていた。
だが、正直に言えば、最初は半信半疑でもあった。
公爵令嬢が騎士学校へ進む。
しかも、準王国騎士団服を着ている。
もちろん制度としてあり得るのだろう。
だが、家格ある令嬢が、本当にそこまで“騎士の側”へ自分を置いているのかと言われれば、少し想像しにくかった。
珍しい進路。
少し変わった令嬢。
そのくらいの認識だったのだ。
けれど、実際に会ってみて、その認識はすぐに崩れた。
応接の間で初めて顔を合わせた時、ルクレツィアは準王国騎士団服を着ていた。
その姿は、たしかに美しかった。
けれど、エリザベートが目を奪われたのは美しさだけではない。
着ている、ではなかったのだ。
そこに立っている。
しかも、“着慣れている”とも少し違う。
もっと自然だった。
その服の意味ごと、もう身体へ入れている立ち方だった。
ああ、とエリザベートはその時に思った。
この方は、本気なのだ。
ただ目立つために。
ただ変わっていると言われるために。
ただ家から少し外れたことをしている、という程度ではない。
本当に、騎士を目指している。
そのことが、立ち方だけで分かってしまった。
それは少し衝撃だった。
衝撃だったが、嫌なものではない。
むしろ逆で、エリザベートはその瞬間に、かなり心を惹かれていた。
公爵令嬢なのに、ではない。
公爵令嬢でありながら、そこまで真剣に自分の進路を背負っている。
その事実が、ひどく眩しかったのだ。
ルクレツィアの受け答えは、最初こそ少し硬かった。
それも当然だろう。
兄の婚約者として、自分は見られている。
そのことを、あの方は最初からきちんと理解していた。
だからエリザベートも、ルクレツィアが自分を“妹として厳しめに見る”つもりでいることを、すぐに察した。
けれど、それが嫌ではなかった。
むしろ、嬉しかった。
雑に受け入れられるより、ずっと誠実だったからだ。
ルクレツィアは、ちゃんと見る。
そのうえで良し悪しを決める。
それは騎士的ですらある、とエリザベートは思った。
そして、実際に見られてみると分かる。
ルクレツィアは冷たくない。
鋭く見てくる。
少しも誤魔化さない。
けれど、その鋭さに意地悪さがないのだ。
良いと認めた相手には、変に駆け引きをしない。
そこが、とても好ましかった。
さらに心を撃ち抜かれたのは、兄について尋ねられた時だった。
どういうところを良いと思ったのか。
妹として、当然の問いだ。
だが、その問いをあれほどまっすぐ向けられるとは思っていなかった。
エリザベートはその時、少しだけ嬉しくなっていた。
ああ、この方は本当にお兄様を大切に思っているのだ、と。
兄の婚約者だから受け入れる、ではない。
兄の隣に立つ者として、本当にふさわしいかを見ている。
だからこそ、その問いにはきちんと答えたかった。
そして答えたあと、ルクレツィアが短く「それなら、なおさら良かったですわ」と言った時、エリザベートはかなり深く安堵した。
この方に認められた。
そう思ったからだ。
それは不思議な感覚だった。
本来なら、婚約者の妹に認められることが、そこまで大きいはずはない。
けれどルクレツィアは、ただの妹ではない。
家の中の人でありながら、外の気配も纏っている。
令嬢でありながら、騎士の側の目も持っている。
だから、その方に認められるのは、思った以上に嬉しい。
そして二度目に公爵家を訪れた時には、その思いはさらに強くなった。
ルクレツィアは相変わらず準王国騎士団服を着ていた。
けれど前回と少し違う。
前より柔らかい。
だが、芯は薄くなっていない。
エリザベートには、その違いが分かった。
たぶん、一度外を見てきたのだろう。
しかも、それをただ“格好良い経験”として持ち帰ってきたのではない。
順番ごと変えて帰ってきたのだ。
そこまで分かってしまうと、もう駄目だった。
好きになってしまう。
人として。
女性として。
義理の妹になるかもしれない方として。
かなり、好きになってしまう。
なぜならルクレツィアは、珍しいだけの人ではないからだ。
珍しい進路。
珍しい服。
珍しい立場。
そんなものだけなら、少し見れば飽きる。
けれどこの方は違う。
珍しい上に、本気だ。
しかも、その本気が真っ直ぐで、変にねじれていない。
公爵令嬢なのに準王国騎士団服を着ているのではない。
準王国騎士団服を着るだけの覚悟で、きちんとそこへ立っている公爵令嬢なのだ。
それが、ひどく格好良かった。
そして、格好良いだけでなく、可愛らしいところがあるのもいけなかった。
少し褒めると固まる。
自分が“素敵だ”とか“可愛らしい”とか言われることに、まだあまり慣れていない。
強いだの、厄介だの、嫌な感じが増しただの、そういう評価にはある程度耐性がありそうなのに、真っ直ぐな好意には少し弱い。
そこがまた、ずるい。
あれほどしっかり立っているのに、その種の言葉には少し困ってしまう。
その反応が、たまらなく愛らしい。
エリザベートは二度目の来訪の帰り道、馬車の中で何度も思い返していた。
ルクレツィアは、思っていた以上に優しい。
思っていた以上に真っ直ぐだ。
そして、思っていた以上に可愛らしい。
けれど、その根のところには、確かに騎士を目指す人の熱がある。
それが見えたからこそ、エリザベートはもう完全に心を掴まれていた。
推せる。
それが一番近い言葉だった。
この方は推せる、と本気で思ったのである。
兄の妹だから、ではない。
将来義理の妹になるかもしれないから、でもない。
そんな立場の話を一度外しても、ルクレツィア・フォン・ヴァルツェンという人そのものが、非常に推せるのだ。
珍しくて。
格好良くて。
真っ直ぐで。
少し不器用で。
なのに可愛らしい。
しかも、本気で騎士を目指している。
これを推さずにいられるだろうか。
いや、無理だろう。
エリザベートは、その日以降、兄と話していてもついルクレツィアの話題を出してしまうようになった。
「ルクレツィア様は本当に素敵な方ですね」
「ルクレツィア様は、見た目だけではなく中身まで格好良いです」
「でも、少し褒めると困ってしまわれるところが本当に可愛らしいです」
「またお会いしたいです」
兄が少し複雑そうな顔をするのも分かる。
だが仕方ない。
だって、本当に良いのだから。
そしてエリザベートは静かに決めていた。
今後、ルクレツィアともっと仲良くなる。
兄の婚約者としてだけではなく、自分自身の意思で、この方と話したい。
この方が何を見て、何を背負い、何を目指しているのか、もっと知りたい。
あの準王国騎士団服の意味を、もっと近くで見てみたい。
公爵令嬢でありながら、そこへ本気で立とうとしているその人を、もっと見ていたい。
そんな気持ちを抱きながら、エリザベートはふと笑った。
兄はきっと、ルクレツィアのことを妹として見すぎている。
だからあのすごさも、可愛さも、少し当たり前になっているのだろう。
もったいない。
本当に、もったいない。
ルクレツィア・フォン・ヴァルツェンは、もっと世間に見つかってよい方だ。
いや、見つかるとそれはそれで大変そうだが、それでもそう思うくらいには魅力的だ。
だからエリザベートは、心の中で静かに決める。
この先、わたくしはルクレツィア様をかなり推しますわ、と。
それは婚約者の妹だからという義理ではなく、もっと個人的で、もっと素直な好意から来る決意だった。
――こうしてエリザベートは、準王国騎士団服を着て公爵令嬢らしさと騎士を目指す熱の両方を自然に纏って立つルクレツィアを見て、この方は本気で騎士を目指しているのだと深く理解し、その真っ直ぐさと格好良さと可愛らしさの全部にすっかり心を奪われ、静かに、しかし全力で「推す」側へ回ることを決めたのだった。




