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公爵令嬢に生まれたので断罪に備えていたら、なぜか王国最強になっていました  作者: 玉響すばる


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第84話 エリザベート様は、どうやらわたくしを物凄く気に入ってしまわれたようですわね

 兄の婚約者であるエリザベート・フォン・レインベルクが公爵家へいらしてから数日後、母が何とも言えない顔で私を呼んだ。


 何かと思った。

 家の段取りか。

 兄の結婚に関する話か。

 あるいは、また私に対する“もう少し柔らかくなさい”系のご指導か。


 だが、少し違った。


「ルゥ」


「何かしら」


「あなた、エリザベート様に何をしたの?」


 私は少しだけ目を瞬かせた。


「何をした、とは」


「そのままの意味よ」


「何もしておりませんわ」


 母は扇を軽く口元へ当てた。

 その目が、少しだけ面白がっている。


「でも、あちらから随分とあなたのお話が出ているの」


 私はそこで、ほんの少しだけ嫌な予感がした。


「どういう意味かしら」


「“ルクレツィア様は本当に素敵な方ですね”」

「“思っていた以上にお優しいのですね”」

「“落ち着いていて、なのにきちんと熱をお持ちで”」

「“またぜひお話したいです”」


 ……なるほど。


 かなり気に入られておりますわね。


 母はそこで静かに笑った。


「どうやら、物凄く気に入られたみたい」


「心当たりがありませんわ」


「本当に?」


「ええ。本当に」


 だが、母の言うことにも理屈はあった。

 あの日、私はたしかにエリザベート嬢をかなり真面目に見た。

 妹として、兄の相手として、少し厳しめに見た。

 そして、良い方だと分かったから、その後はかなり素直に接したつもりでもある。


 なるほど。

 それが逆によろしかったのかもしれませんわね。


 父はその話を聞いて、露骨に嫌そうな顔をした。


「ルクレツィアが気に入られるのは、まあ分かる」


「何ですの、その言い方は」


「だが」


 父は私を見た。


「お前が変に懐かれると、またややこしいことにならんか」


「なりませんわ」


 すると兄が横から入る。


「いや、なる気しかしない」


「失礼ですわね」


「でも、エリザベートがあそこまでお前を気に入るとは思わなかった」


 兄は少しだけ肩をすくめた。


「帰ったあとも、お前の話を結構してたぞ」


「どういう」


「“ルクレツィア様はすごい方ですね”とか、“思っていたよりずっと真っ直ぐで可愛らしい方ですね”とか」


 私はそこで、少しだけ沈黙した。


 可愛らしい。


 ……誰の話ですの?


 兄がその反応を見て笑う。


「今、“自分のことか?”って顔したな」


「心外ですわ」


「いや、かなり分かりやすかったぞ」


 母は穏やかに言う。


「でも、分からなくもないのよね。あなた、あの日はかなり素直だったでしょう?」


「きちんと見るべき場でしたもの」


「そう。その“きちんと見る”が、向こうにはかなり響いたのだと思うわ」


 そこへオズヴァルトが、いつものように静かに言った。


「お嬢様は、良いと認めた相手には変に駆け引きをなさらぬので」


 私はそちらを見る。


「それは褒めておりますの?」


「かなり」


 よろしい。

 では受け取りますわ。


 だが、その話はそこで終わらなかった。


 数日後、エリザベート嬢から母宛てに書簡が届いたのである。

 結婚の段取りに関する丁寧な文面。

 家への礼。

 そして、その末尾に一文。


 もし差し支えなければ、またルクレツィア様ともお話しする機会をいただければ幸いです。


 母はその文面を読んで、完全に笑っていた。


「これは本格的ね」


 兄は頭を抱えた。


「お前、何をしたんだよ」


「ですから、何もしておりませんわ」


「してるんだよ。存在で」


「意味が分かりません」


 父は本気で嫌そうな顔のまま言った。


「……また娘の扱いが一つ増えたな」


「良いことではなくて?」


 母が言うと、父は即答した。


「悪いとは言っていない。面倒だと言っている」


 だが、その“面倒”の中に、少しの安心が混じっているのを私は知っている。


 兄の婚約者と妹が不和になるより、よほど良いに決まっているのだ。


 そして、しばらくして実際にもう一度、エリザベート嬢が公爵家へ来ることになった。


 今度は、前回ほど堅い意味ではない。

 段取りの確認もあるが、それだけではない。

 もう少し家族として空気を重ねるための来訪、という感じに近かった。


 私は応接の間へ入った瞬間、前回との違いに気づいた。


 目が合った時のエリザベート嬢の表情が、明らかに柔らかい。


「ルクレツィア様」


「エリザベート様」


 礼を交わす。

 だが、そのあとの笑みが、前回より自然だった。


「またお会いできて嬉しいです」


 かなり真っ直ぐだった。


 私は少しだけ目を細める。


「こちらこそ」


 するとエリザベート嬢は、本当に嬉しそうに続けた。


「この前お話ししてから、ずっとまたお会いしたいと思っておりましたの」


 母が横で扇の向こうに笑いを隠している。

 兄はすでに嫌な予感しかしない顔をしている。


 私は少しだけ首を傾げた。


「そうなのですか」


「ええ。ルクレツィア様は、思っていた以上にお優しくて、思っていた以上に真っ直ぐで、しかもとても可愛らしくて」


 私はそこで、わずかに沈黙した。


 可愛らしい、がまた出ましたわね。


 兄が横から言う。


「エリザベート」


「はい?」


「ルクレツィアは、そのへんをあまり自覚していないから、真顔で固まるぞ」


「まあ」


 エリザベート嬢は少しだけ目を丸くした。

 それから、私を見て、くすりと笑う。


「本当にそうですね」


 これは少々、調子が狂う。


 だが嫌ではない。

 むしろ、かなり受け入れやすい部類の崩し方だった。


 昼食の席では、前回より明らかに会話が柔らかかった。

 父ももう“見定める側”の顔を薄くしている。

 母は最初から機嫌が良い。

 兄は、婚約者と妹が妙に早く打ち解けていることに少しだけ困っている。


 そこが少し面白かった。


 食後、母が案の定言った。


「ルゥ、エリザベート様と少し庭をご案内して差し上げたら?」


「ええ」


 私は素直に立った。

 エリザベート嬢も嬉しそうにこちらを見る。


 庭へ出ると、春の気配がほんの少しだけ風へ混じっていた。

 歩きながら、私は前回よりずっと話しやすい空気になっていることを感じる。


「ルクレツィア様」


「何かしら」


「この前から思っていたのですが」


「ええ」


「あなたのそういうところ、本当に素敵です」


 私は少しだけ瞬いた。


「そういうところ、とは」


「きちんと見て、きちんと考えて、それでも変に冷たくならないところです」


 かなり真面目に言われたので、私は少しだけ困った。


 困ったが、嫌ではない。

 むしろ、嬉しいと言うべきなのだろう。


「ありがとうございます」


「それに」


 エリザベート嬢は、少しだけ言葉を探すようにして続ける。


「お兄様を大事に思っていらっしゃるところも、すごく好きです」


 私はそこでようやく理解した。


 ああ。

 この方、本当にわたくしをかなり気に入っておられますわね。


 その好意は、社交の言葉ではない。

 もっと素直なものだ。


 兄の婚約者として妹と良い関係を築きたい、という配慮ももちろんあるだろう。

 だが、それだけではない。

 人として、かなり好かれている。


 そこまで来ると、私もさすがに少しだけ照れる。


「エリザベート様」


「はい」


「少々、持ち上げすぎではなくて?」


「いいえ」


 即答だった。


「ルクレツィア様は、もっと自覚を持たれた方がよろしいです」


「何の自覚かしら」


「素敵な方だという自覚です」


 それは少々、対処に困る言葉だった。


 私は騎士学校でも、第八騎士団でも、こういう真っ直ぐな持ち上げられ方には慣れていない。

 強いとか、厄介だとか、嫌な感じが増したとか、そういう評価ならまだ分かる。

 だが、“素敵”は少々別である。


 私が言葉に詰まると、エリザベート嬢は本当に楽しそうに笑った。


「やはり、その反応も可愛らしいです」


 なるほど。

 これはかなり駄目ですわね。


 何が駄目かと言えば、調子が狂う。


 兄の婚約者だからきちんと接する。

 見極める。

 必要なら距離を取る。

 そういう構えを、向こうが自然に柔らかく崩してくるのだ。


 しかも嫌味がない。

 だから余計に強い。


「お兄様」


 私が思わずそう呼ぶと、庭の少し離れたところにいた兄が振り返る。


「何だ」


「エリザベート様が少々強いですわ」


 兄は一瞬だけ止まり、それから笑った。


「だろうな」


「助けませんの?」


「無理だ」


 母が遠くで笑っている。

 父は本気で少しだけ頭を抱えていた。


 庭から戻る頃には、私はもう一つ分かっていた。


 エリザベート嬢は、兄に対してだけではなく、家そのものへ入ろうとしている。

 しかも、無理に溶け込もうとするのではなく、自然に関係を作る形で。


 それはかなり強い。

 そしてかなり良い。


 帰り際、エリザベート嬢は私の手をそっと取って言った。


「またお会いしたいです、ルクレツィア様」


 私は少しだけ目を見開いた。

 だが、その手の取り方があまりに自然で丁寧だったので、嫌だとは思わなかった。


「ええ」


 私は素直に答える。


「わたくしもですわ」


 その瞬間、エリザベート嬢の笑みが本当に嬉しそうに深まった。

 兄がその横で、少しだけ複雑そうな顔をしていたのが面白い。


 その夜、私は記録帳を開いた。


 エリザベート様は、どうやらわたくしを物凄く気に入ってしまわれたようですわね。

 最初は兄の婚約者として、きちんと見ようと思っていた。

 だが今は、それだけではなく、普通にかなり良い方だと思っております。

 しかも、どうやら向こうもわたくしをかなり良く思ってくださっている。

 少々持ち上げすぎでは、と思う場面もありましたけれど、嫌ではありませんでしたわ。


 そこまで書いて、私は少しだけ手を止めた。


 それから最後に、一行だけ静かに足した。


 どうやら本当に良い方というのは、兄の相手として安心できるだけでなく、妹のこちらまでかなり自然に懐柔してしまうもののようですわね。


 ……かなり強い方でしたわ。


 私は羽根ペンを置き、少しだけ笑ってしまった。


 お兄様は良い方を選んだ。

 そしてその良い方は、どうやら私のことまでかなり気に入ってしまった。


 それなら、もう妹として異論はない。


 むしろ今後が少し楽しみなくらいである。


 ――こうしてルクレツィア・フォン・ヴァルツェンは、兄の婚約者エリザベートが再び公爵家を訪れた一日を通して、その相手が兄にとって良い方であるだけでなく、自分に対しても驚くほど素直な好意と関心を向けてくることを知り、いつの間にか自分もまたその人をかなり好ましく思い始めていることに気づくのだった。

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