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公爵令嬢に生まれたので断罪に備えていたら、なぜか王国最強になっていました  作者: 玉響すばる


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第81話 前期課程修了後に帰省しましたけれど、どうやら今回の帰省は「戻る」というより「少し外を知ったわたくしを家へ入れる」時間のようですわね

 三年次前期課程修了後の帰省は、これまでのどの帰省とも少し違っていた。


 夏季休暇の時は、騎士学校で得たものを持ち帰る帰省だった。

 冬季休暇の時は、騎士学校制服という立場ごと家へ戻る帰省だった。

 そして今回は、さらにその先にある。


 第八騎士団での仮出向を終え、三年前期課程も修了したうえでの帰省。


 つまり私はもう、ただ騎士学校に通っている公爵令嬢ではない。

 一度、王国騎士団の側の流れを見てきた者として、屋敷へ帰る。


 それは、思っていた以上に重かった。


 馬車の中で、私は窓の外を見ながら、自分の手元へ少しだけ視線を落とした。


 準王国騎士団服。


 もうこの服にも、だいぶ慣れた。

 だが、慣れたからといって軽くなったわけではない。


 騎士学校制服の時もそうだった。

 重さは、慣れると消えるのではない。

 前提になるのだ。


 今の私は、この服の意味ごと身体へ入れている。

 それが、以前の帰省との一番大きな違いだった。


 そして、だからこそ少し考える。


 何を持ち帰るか。

 何をそのまま屋敷へ持ち込むか。

 何を置いてくるか。


 仮出向から戻った時に考えた問いを、今度は家に対して考えているのだと気づいて、私は少しだけ可笑しくなった。


 よろしい。


 かなり面倒ですわね。

 ですが、悪くありませんわ。


 屋敷へ近づくにつれて、胸の奥が少しだけ静かに重くなる。

 懐かしさはある。

 だが、それだけではない。


 今回は、“元のわたくしへ戻る”感覚がほとんどないのだ。


 以前なら、帰る時には少しずつ屋敷の娘へ戻る感じがあった。

 今は違う。


 外を一度見て、順番の違いを身体へ入れたわたくしが、そのまま家へ入る。


 つまり今回の帰省は、

 戻る、ではなく、

 少し外を知ったわたくしを家へ入れる時間に近い。


 かなり重いですわね。


 屋敷へ着いた時、出迎えの空気はやはり整っていた。

 過剰ではない。

 だが雑でもない。

 ヴァルツェン公爵家らしい整い方である。


 父がいる。

 母もいる。

 兄もいる。

 オズヴァルトも、当然のようにいる。

 ミアとグレゴールの姿も見えた。


 私は馬車を降り、一礼した。


「ただいま戻りましたわ」


 視線が、まず準王国騎士団服へ集まる。


 ええ。

 そうなりますわよね。


 騎士学校制服の時より、さらに一段重い。

 しかも今回は、それを着たまま仮出向まで済ませている。

 見た目の違いではなく、意味の重さが違うのだ。


 母が最初に言った。


「……また、違うわね」


 私は少しだけ首を傾げた。


「何がかしら」


「前より“屋敷へ帰ってきた”感じが薄いの」


 その言葉は、かなり正確だった。


「ええ。わたくしも少し思いましたわ」


 父は黙っていたが、目がかなりよく見ている。

 髪。

 肩。

 立ち方。

 礼の沈み方。

 そして、服の着られ方。


 兄が先に口を開いた。


「何ていうか」


「何かしら」


「前より、さらに静かだな」


 それはたぶん、第八騎士団の三か月のせいなのだろう。

 不要な一拍。

 不要な言葉。

 不要な力み。


 そういうものを少し削られて帰ってきた結果が、まず立ち方に出ている。


 父がようやく言った。


「似合うな」


 その言葉は、前にも何度か聞いた。

 だが今回のそれは、今までで一番重かった。


 騎士服が似合う、でもない。

 騎士学校制服が似合う、でもない。

 準王国騎士団服を着て、一度外を見てきた者として立っていることごと、似合う。

 そういう意味に近かった。


 私は静かに答えた。


「ありがとうございます」


「褒めている」


 父は短くそう言った。

 そして続ける。


「だが、前より“家の娘”としてだけは見えなくなった」


 それも、かなり正しかった。


 母が小さく息を吐く。


「ええ。本当にそうなのよ」


 兄が腕を組みながら言う。


「騎士学校の時とも違うんだよな。今度は“向こうを見て戻ってきた”感じがする」


 悪くない表現だった。


 オズヴァルトがそこで一言。


「まずは動きを見たいですな」


 さすがである。

 話が早い。


 父もすぐに頷いた。


「そうだな」


 というわけで、帰って早々、私は庭へ出ることになった。

 もはや様式美に近い。


 礼。

 構え。

 歩法。

 入り。

 止め。

 戻り。


 準王国騎士団服でそれをやると、自分でも分かる。

 前より、“整えて見せる”感じが薄い。

 その代わり、“今そこへ必要な形を置く”方へ寄っている。


 終えると、少しの沈黙が落ちた。


 最初に口を開いたのはオズヴァルトだった。


「……静かになりましたな」


「ええ」


「夏とも冬とも違う」


「ええ」


 父が問う。


「何が違う」


 オズヴァルトは私を見たまま答えた。


「今までは、“学校で得たものを持ち帰る”動きでした」

「ええ」

「今回は、“向こうで削られたものがある動き”です」


 父が少しだけ目を細める。


「削られた、か」


「ええ。余計な一拍。余計な言葉。余計な“整えてから出す”気配。そのあたりが少し薄い」


 私はその言葉を、かなり素直に受け取った。


 ええ。

 たぶんそうですわね。


 母が静かに言う。


「前より、無理に綺麗にしようとしていないのよね」


 私はそちらを見た。


「そうかしら」


「ええ。結果として綺麗ではあるの。でも、綺麗に見せるために整えている感じが薄いのよ」


 それもまた、かなり本質だった。


 第八騎士団では、“正しい自分”より“その場を一つましにして抜ける自分”の方が役に立つと教えられた。

 それが、そのまま動きの順番へ出ているのだろう。


 兄が笑う。


「何か、嫌な感じが増したな」


 私はそちらを見た。


「褒めておりますの?」


「今回はかなり褒めてる」


「それは光栄ですわね」


 夕食の席では、当然ながら仮出向の話になった。


 父が聞く。


「第八騎士団はどうだった」


 私は少し考えた。

 だが、答えはわりとすぐ出た。


「回る場所でしたわ」


 兄が吹き出しかける。


「やっぱりそこか」


「そこですもの」


 母は苦笑しながらも続きを待った。

 私はそのまま言う。


「学校で通る形と、現場で残る形の差を、かなり露骨に見せてきましたわね」


「どう違う」


 父が問う。


 私は少しだけ整理し、それから答えた。


「学校では、“正しく理解して、正しい順で動く”に価値がありますわ」

「ええ」

「第八騎士団では、“遅れず、その場を一つましにして次へ渡す”方が先に見られましたの」


 食卓が少し静かになる。


 父が低く言う。


「つまり、正しさの順番が違うのか」


「ええ。全部を整えてから動く余地が、かなり薄いのですわ」


 母が私を見る目が少し変わった。

 心配ではない。

 むしろ、どこか深く見ている。


「それで、あなたは何を持ち帰ったの?」


 良い問いだった。


 私は一度だけ呼吸を置いてから答える。


「“何を先に切るか”ですわね」


「何を先に切るか」


「ええ。全部を正しくする前に、何を一つましにすれば流れが死なないか。そこを先に見る順番ですわ」


 オズヴァルトがそこで頷いた。


「それで、先ほどの動きの静けさか」


「ええ」


「ただし」


 来ましたわね。


「それを、そのまま屋敷でも騎士学校でも通すわけにはいかぬのでしょうな」


 私は少しだけ目を細めた。


「ええ。そこが面倒ですわ」


 父が言う。


「戻ってきたあとに、また調整が要るわけか」


「ええ」


「忙しいな」


「ええ。かなり」


 その返しに、兄が少し笑った。

 だが今回は、前のような面白がりだけではない。

 少しだけ、納得の混ざった笑いだった。


 母が最後に言った。


「でも、悪い顔ではないわ」


 私はそちらを見る。


「本当ですの?」


「ええ。前より少しだけ、“自分がどう見えるか”より“今そこへどう立つか”を先にしている顔になった」


 その言葉は、とても深く入った。


 ええ。

 たぶんそうですわね。


 その夜、自室へ戻って鏡を見ると、私もようやく分かった。


 同じ屋敷。

 同じ部屋。

 同じ自分の顔。


 だが、前より“整った令嬢”の見え方が薄い。

 その代わり、“何かあればすぐ次へ切れる者”の顔が少しだけ前へ出ている。


 良い。

 かなり良いですわね。


 ただし、それを屋敷の中へそのまま流し込めば、たぶん少し硬い。

 ならば、また切る。

 家の中で急がせなくていいものは、急がせない。

 外で削った順番を残しつつ、家の速度へも再接続する。


 なるほど。

 今回の帰省は、そういう帰省なのですわね。


 私はその夜、記録帳を開いた。


 三年前期課程修了後に帰省。

 今回の帰省は、“戻る”というより、“少し外を知ったわたくしを屋敷へ入れる”時間に近い。

 お父様は、前より家の娘としてだけは見えなくなったと仰った。

 お母様は、前より“綺麗に見せるために整えている感じ”が薄いと仰った。

 オズヴァルトは、向こうで削られたものがある動きだと評した。


 そこまで書いて、私は少しだけ手を止めた。


 それから最後に、一行だけ静かに足した。


 どうやら今回の帰省で必要なのは、“外で得たものを誇って持ち帰ること”ではなく、“少し外を知った順番のまま、それでも家の中で急がせなくてよいものを切り分けて立つこと”のようですわね。


 ……かなり面倒で、かなり良い帰省ですわ。


 私は羽根ペンを置き、準王国騎士団服の袖を静かに撫でた。


 よろしい。


 帰ってきたのだ。

 ならば次は、このわたくしを家の中へどう馴染ませるかである。


 それもまた、今のわたくしには必要な調整なのだろう。


 ――こうしてルクレツィア・フォン・ヴァルツェンは、三年前期課程修了と第八騎士団での仮出向を終えた上での帰省により、“外を少し知った自分”をそのまま屋敷へ持ち込みながら、それでも家の中で急がせなくてよい順番を静かに切り分けていく、新しい種類の帰省へ入っていくのだった。

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