表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公爵令嬢に生まれたので断罪に備えていたら、なぜか王国最強になっていました  作者: 玉響すばる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

89/106

第80話 前期課程修了となりましたけれど、どうやら三年の前期とは「自分がどこまで進んだか」より「何を持って次へ渡せるか」で締まるようですわね

 三年次前期課程の終わりは、思っていたより静かに来た。


 一年次前期課程修了試験の時のような、露骨な消耗の総決算ではない。

 二年次の終わりのような、“次へ上がるか”の判定だけでもない。


 三年の前期は、もっと妙だった。


 すでに準王国騎士団服を着ている。

 すでに三か月ごとの仮出向がある。

 すでに、学校の外と繋がっている。


 つまり前期課程修了といっても、それは“ここまで学びました”の区切りではなく、“ここまで持ったものを、後期とその先へどう繋ぐか”の区切りなのだ。


 かなり面倒ですわね。


 ですが、かなり好きですわね。


 前期課程修了の数日前から、広場の空気は少しだけ張っていた。

 だが、一年の頃のような分かりやすい緊張とは違う。


 今の三年生は、もう“試験が怖い”だけの段階ではない。

 仮出向へ出た者は、学校の外の速度を知っている。

 残った者は、残った形で二年を通し続けてきた。

 戻った者は、順番の違いを学校の中へ再接続しようとしてきた。


 だから前期の終わりに意識するのは、

 自分がうまくやれるか、ではない。


 今の自分が持っている順番や位置や視界を、どこまで壊さずに次へ渡せるか。


 そこだった。


 主教官は前期課程修了にあたり、三年へ最後の総合訓練を課した。


 仮出向帰りと未仮出向組を混ぜる。

 二年生も混ぜる。

 役割を変える。

 教導役も入れ替える。

 指揮も回す。


 つまり、前期でやってきたことを全部一度に見る、というより、

 前期でズレた順番や進み方が、それでも一つの流れとして機能するかを見る訓練だった。


 それは、一年の頃よりずっと三年らしい試験だった。


 派手ではない。

 だが、深い。


 その日の朝、主教官は整列した私たちへ短く言った。


「三年前期課程修了をもって、三年の前半を締める」


 広場が静まる。


「見るのは単純な上手さではない」

「仮出向へ出た者は、持ち帰った順番をどう使うか」

「まだ出ていない者は、今の位置で何を残せるか」

「二年を見ている者は、何を急がせず、何をもう急がせるか」


 それで十分だった。


 よろしい。

 かなりよろしい締め方ですわね。


 私の組は、かなり混成だった。


 仮出向帰りの三年が私を含めて二人。

 まだ仮出向へ出ていない三年が一人。

 二年が四人。


 しかも途中で指揮役と教導役が入れ替わる。

 つまり、“自分のやり方だけで通す”のが最初から不可能な組み方だ。


 良い。

 かなり良いですわね。


 最初の小隊運動で、それはすぐ分かった。


 未仮出向の三年は、言葉がまだ少し長い。

 だが、その分だけ二年には通りやすい。

 仮出向帰りの私は、位置で通したい。

 だが、位置だけでは今の二年には速すぎる場面もある。

 もう一人の仮出向帰りは、切るのが早い。

 だが、早いぶんだけ二年が置いていかれかける。


 つまり、全員が少しずつ正しい。

 だが、そのままでは噛み合わない。


 そこで私は、ようやく三年前期の最後にふさわしいものを見た気がした。


 ああ。

 ここで問われているのは、“どれが一番正しいか”ではありませんのね。


 違う順番を持った者同士が、どうやって一つましな形へ寄せるか。

 それが大事なのだ。


 かなり面倒ですわね。

 ですが、かなり本質ですわね。


 訓練の途中、二年の一人が未仮出向の三年の指示を受けて少し止まりかけた。

 その瞬間、仮出向帰りの別の三年が切りたそうな気配を出す。

 私はそこで、その二人の間へ半歩だけ入った。


「今は、そのままでよろしいですわ」


 短く置く。

 二年は止まりきらず、三年の切りも半歩遅れる。

 だが、その分だけ全体は死なない。


 止めのあと、主教官が言った。


「今の、何をやった」


 私は答える。


「正しさを争わずに、流れを一つましな方へ寄せましたの」


「そうだ」


 短い肯定。

 だが、その短さがもう嬉しい。


「三年の前期で要るのは、そこだ」

「仮出向帰りの順番が全部上というわけではない」

「未仮出向の教え方が全部遅いわけでもない」

「混ざった時、何を残せばいいかを切れ」


 その言葉で、私は少しだけ息を吐いた。


 ええ。

 ようやくはっきりしましたわね。


 仮出向から戻ってきてからずっと、自分が何を持ち帰ったかを気にしていた。

 どう二年へ渡すかも考えた。

 だが三年前期課程修了で問われるのは、そのさらに先だった。


 持ち帰ったもの同士。

 持ち帰っていないもの。

 まだ育てるべきもの。

 それらを混ぜた時、どう一つましな形へ整えるか。


 そこまで来てようやく、“三年の前半を終えた者”なのだろう。


 昼休憩、レオンが言った。


「何か、やっとまとまってきた気がするな」


「ええ」


「仮出向行った組と、まだの組と、戻ってきた組とで、ずっとちょっとずつ噛み合い切らなかっただろ」

「ええ」

「でも、今は“どっちが正しいか”より“今どれを残すか”になってきた」


 イリーナが水筒を持ったまま頷く。


「三年っぽいわね」

「ええ」

「好きじゃないけど」


 私は少しだけ笑いそうになった。


「わたくしは少々好きですわ」


「知ってる」


 カイルが静かに言う。


「前期が終わるって、そういうことなんだろ」


 その通りだと思った。


 一年の前期修了は、自分が崩れないかの確認だった。

 二年は、三年の駒としてどこまで理解して動けるかだった。

 三年の前期修了は違う。


 違う順番、違う速度、違う立場を持った者たちが、それでも一つの流れを保てるか。


 そこに尽きる。


 午後の後半には、二年へ短い講評を返す時間があった。

 私はそこで、一つだけ言った。


「全部を同じ速さでやらなくてよろしいですわ」


 二年たちがこちらを見る。


「今の自分にとって急がせるべきものと、まだ急がせない方がよいものを切りなさい」

「そうすると、崩れ方が少しましになりますの」


 それは、前の私なら言えなかった言葉だと思う。

 前なら、“全部をましにしなさい”に近かっただろう。


 今は違う。

 全部ではなく、切る。

 その順番を渡す。


 それが今の私の教導なのだろう。


 訓練の締めで、主教官は三年へ言った。


「前期課程修了」


 広場が静まる。


「ここまでで、お前たちはもう“学校の中だけの三年”ではない」

「仮出向へ出た者も、これから出る者も、戻った者も、全部含めて一つの三年だ」


 短い。

 だが深い。


「後期で見るのは、卒業に向けて何を削り、何を残すかだ」

「前期で得た順番を、ここで終わりだと思うな」

「次へ渡せ」


 その最後の言葉が、今日一日で一番重かった。


 次へ渡せ。


 ええ。

 そうですわね。


 前期課程修了とは、自分の中で完結することではない。

 ここまで持ったものを、後期へ、二年へ、卒業へ、騎士団へ、どう渡していくかの始まりなのだ。


 かなり面倒ですわね。

 ですが、かなり良いですわ。


 その夜、私は記録帳を開いた。


 三年前期課程修了。

 どうやら三年の前期とは、“自分がどこまで進んだか”を確認する段階ではなく、“違う順番や速度や立場を持った者たちの間で、何を残せば流れが一つましになるか”を切れるようになる段階のようですわね。

 仮出向帰りであることも、未仮出向であることも、それだけでは答えではない。

 混ざった時に、何を急がせず、何を急がせるか。

 そこを切れることが、前期の締めに近いのかもしれませんわね。


 そこまで書いて、私は少しだけ手を止めた。


 それから最後に、一行だけ静かに足した。


 どうやら三年の前期課程修了とは、“自分が強くなった”で終わるのではなく、“自分の持った順番を、次へどう渡すかを考え始める”ことで初めて締まるようですわね。


 ……かなり面倒で、かなり良い前期でしたわ。


 私は羽根ペンを置き、準王国騎士団服の袖を静かに撫でた。


 よろしい。


 前期は終わった。

 ならば次は後期だ。


 削るべきものと残すべきものを、もっとはっきりさせていけばよい。


 そのための後半なのだから。


 ――こうしてルクレツィア・フォン・ヴァルツェンは、三年次前期課程修了を迎え、自分がどこまで進んだかを誇るよりも、持った順番や位置や視界を、後期とその先へどう渡していくかを考える段階へ静かに移り、卒業へ向けた三年の後半へ、また一つ深い足場を持って入っていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ