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公爵令嬢に生まれたので断罪に備えていたら、なぜか王国最強になっていました  作者: 玉響すばる


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第71話 第八騎士団へ仮出向しましたけれど、どうやらここは「学校で通る形」と「現場で残る形」の差を、容赦なく見せてくる場所のようですわね

 王国騎士団第八騎士団への仮出向初日、私は馬車を降りた瞬間に理解した。


 ああ。

 ここは、学校ではありませんわね。


 当然のことだ。

 当然のことだが、実際に足を踏み入れると、その当然が質量を持つ。


 空気の流れが違う。

 人の足が止まらない。

 視線が、訓練場の中だけで完結していない。

 準王国騎士団服を着た私たちを見ても、誰も珍しがらない。

 その代わり、“どこまで使えるか”を見る目だけがある。


 かなりよろしい。

 かなり嫌ですけれど。


 第八騎士団の駐屯地は、王都から極端に遠いわけではない。

 だが、近衛のような華やかさもなかった。

 整っている。

 きちんと機能している。

 だが、その整い方は“見せるため”ではなく“回すため”のものだ。


 良い。

 かなり良いですわね。


 私たち第二次仮出向組は、到着後すぐに整列させられた。

 人数は多くない。

 だが少なくもない。

 それぞれ行き先は違うが、同じく学校から出てきた者たちだ。


 前へ出てきたのは、第八騎士団の副長らしき男だった。

 四十代半ば。

 声は低い。

 怒鳴らない。

 だが、通る。


「王国騎士学校三年仮出向組」


 その一言で、空気がすっと締まる。


「歓迎はしない」


 よろしい。


 かなりよろしいですわね。


「歓迎が要るほど暇ではない。だが、使えるなら使う」


 短い。

 だが十分だった。


「ここでお前たちに求めるのは、学校の成績ではない」

「遅れず、崩れず、勝手をせず、必要な時に必要なだけ動くことだ」


 私はその言葉を、かなり真面目に受け取った。


 ええ。

 そうですわよね。


 学校の中では、“理解していること”にも価値があった。

 ここでは、それを動きに落とせなければ意味が薄いのだろう。


「なお」


 副長は続ける。


「ここでは“学校ではこうだった”は通らん」

「ここで通る形を覚えろ」


 それで説明は終わった。

 終わったが、十分すぎた。


 最初に与えられたのは、派手な任務ではなかった。


 装備確認。

 動線の確認。

 駐屯地内の持ち場。

 伝達経路。

 馬と歩兵の流れが交差する場所の把握。

 そして、日々の巡回へ出る前提での小隊運動。


 つまり、“ここで回るための基礎”である。


 良い。

 非常に良い。


 だが、そこで早くも学校との差が出た。


 学校では、まず説明が入る。

 意図が示される。

 そのうえで動く。


 ここは違う。

 意図は薄くしか言わない。

 それでも、動きながら拾えという形だ。


 最初の巡回動線確認で、私は少しだけ遅れた。

 目の前の交差点を見ていた。

 だが、その手前で“誰が次にどこへ入るか”の流れを拾うのが半拍遅かったのだ。


「ヴァルツェン」


 すぐに声が飛ぶ。


「はい」


「見るな。回れ」


 短い。

 だが、意味は分かった。


 見るだけでは足りない。

 “見て理解する”で一拍置くのが、ここではもう遅い。

 回る。

 その流れの中で理解しろということだ。


 かなり嫌ですわね。

 かなり良いですけれど。


 昼前には、小規模な巡回任務へついた。

 もちろん、本格的なものではない。

 だが、“学校の外を歩く”という意味では十分だった。


 先導するのは第八騎士団の中堅騎士。

 寡黙な男で、名をディートリヒと言った。


 彼は歩きながら、一度だけ私を見た。


「学校では優秀だと聞いている」


「ありがとうございます」


「ここでは、その話は一度忘れろ」


 ええ。

 でしょうね。


「はい」


「優秀なら、余計に忘れろ。優秀な者ほど、“分かっているつもり”で遅れる」


 それは、仮出向帰りの三年生たちが言っていたことと重なった。


 外では、“分かっているつもり”が一番邪魔。


 ええ。

 本当にそうなのですわね。


 巡回そのものは、剣を抜くようなものではなかった。

 だが、そこに価値がないわけではない。


 人の流れ。

 荷の動き。

 街路の狭さ。

 曲がり角。

 見通し。

 そして、“何も起きていない時に、どこを見ているか”。


 それらの全部が、学校の総合訓練より少しだけ曖昧で、少しだけ速かった。


 訓練では、どこかに“これは訓練だ”が残る。

 ここではそれが薄い。

 だから余計な力を入れると、すぐ浮く。


 私は巡回の途中で、そのことを強く理解した。


 ある交差点で、前を歩く騎士が立ち止まらずにわずかに角度を変えた。

 それだけで、後ろの流れがするりと変わる。

 声はない。

 だが、意味はある。


 それを見た瞬間、私は第一次仮出向組が戻ってきた時の“削られている感じ”を思い出した。


 ああ。

 こういうことですのね。


 余計な言葉。

 余計な確認。

 余計な止まり。


 そういうものが、ここではすぐに邪魔になる。

 だから削られて帰ってきたのだ。


 午後、第八騎士団の訓練場で、私はもう一つ差を見た。


 基本訓練自体は、学校とそう変わらない。

 歩兵前進。

 短い接触。

 位置の入れ替え。

 槍と剣の切り替え。


 だが、密度が違う。


 学校では“覚えるため”の反復がある。

 ここでは“外した時にすぐ分かる”反復になる。


 つまり、上手くいったかどうかの判定が、少しだけ厳しい。


「今の、遅い」

「はい」

「理由」

「見てから動きました」

「そうだ。動きながら見ろ」


 こういうやり取りが、容赦なく続く。


 私はそこで、ようやく理解した。


 第八騎士団は、“学校で通る形”と“現場で残る形”の差を、容赦なく見せてくる場所なのだ。


 学校での私は、かなりましな方だったのだろう。

 だが、ここではそれだけでは足りない。

 学校で積んだものを前提にした上で、さらに不要な一拍を削られる。


 それが、この三か月の意味なのだろう。


 夕方、仮出向組だけをまとめて短い講評があった。


 副長は短く言った。


「初日としては悪くない」


 よろしい。


 それだけで十分うれしいですわね。


「だが、学校の匂いがまだある」


 ええ。

 当然ですわね。


「別に悪ではない。学校の基礎があるから回せる」

「だが、“学校だから通る”が混ざっている限り、ここでは一拍遅い」


 その言葉を、私は静かに飲み込んだ。


 学校の匂い。

 それを全部捨てる必要はない。

 だが、残し方を間違えると邪魔になる。


 かなり面倒ですわね。

 かなり良いですけれど。


 宿舎へ戻る前、ディートリヒが私へ短く言った。


「ヴァルツェン」


「はい」


「お前、見える方だな」


「ええ」


「だが、見える者ほど“整えてから動く”癖がある」


 鋭い。

 かなり鋭い。


「ええ」


「ここでは、それが邪魔になる場面がある」


「はい」


「先に回れ。整えるのは、その中でやれ」


 その言葉は、今日一番深く入った。


 先に回れ。

 整えるのは、その中でやれ。


 学校では、整えてから動く余地が少しあった。

 ここでは違う。

 回る。

 その中で整える。


 たぶん、この差が大きい。


 その夜、私は仮出向先の自室で記録帳を開いた。


 第八騎士団初日。

 ここは、学校で通る形と現場で残る形の差を、容赦なく見せてくる。

 学校の基礎は意味がある。

 だが、“学校だから通る一拍”があると、ここでは遅い。

 見るな。回れ。

 整えるな、ではない。回りながら整えろ。

 それが今日一番重い学びでしたわね。


 そこまで書いて、私は少し手を止めた。


 それから最後に、一行だけ静かに足した。


 どうやら仮出向初日に削られ始めるのは、“分かってから動く”という学校の中でまだ許されていた余白のようですわね。


 ……かなり嫌ですけれど、嫌いではありませんわ。


 私は羽根ペンを置き、準王国騎士団服の袖を静かに撫でた。


 よろしい。


 ここは学校ではない。

 ならば、ここで残る形を覚えればいい。


 それだけの話である。


 ――こうしてルクレツィア・フォン・ヴァルツェンは、第八騎士団への仮出向初日にして、“学校の中で整えてから動く感覚”と“現場で回りながら整える感覚”の差を真正面から突きつけられ、三か月で削られるべきものの輪郭を、早くも一つ掴み始めるのだった。

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